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第19話 グダグダな気持ち

 学校の昇降口。


 外靴から上靴に履き替え、廊下を歩く。

 結局、朝の青手木はいつも通りだった。


 朝ご飯を用意し、僕を起こし、食べさせてくれ、お弁当を渡して見送ってくれた。

 毒気が抜けるくらい、普通だった。

 男女が一晩、一緒の布団で寝るという、かなり刺激的なことの後だったというのにだ。


 ……まあ、何も無かったんだから、当たり前と言えば当たり前か。


 文字通り、男女が一晩、一緒の布団で寝ただけだ。

 僕が気にしすぎなだけなのか?

 そこに、ダダダと誰かが走ってくる音が聞こえてくる。


「イノリくーん。待ってー」


 ……あっ。


 僕は足を止め、呆然とした。


「今日は微妙に早いんだね。おかげで話す時間が短くなっちった」


 月見里さんが僕の隣で足を止め、笑いかけてくる。

 うわっ。何を考えてるんだ、僕は。

 何よりも優先していた、朝の安らぎの時間を忘れるなんて……。


「イノリくん?」

「あ、いや。……おはよう」


 頭が真っ白になって、こんな言葉しか出てこなかった。


「おやおや? 今日はなんか、余所余所しいぞ。……もしかして、まだ体調悪いの?」

「ん? ……ああ、いやいや。風邪は治ったよ。大丈夫」


 そうだった。昨日は風邪ということで学校を休んだんだった。


「イノリくんが学校休むなんて、初めてじゃない? 私、ビックリしちゃったよ」


 ああ、そうだった。

 地味に皆勤賞も消えたことにショックを受ける。


「さ、行こ。チャイム鳴っちゃうよ」


 月見里さんが歩き出したので、僕も慌てて隣を歩く。


「昨日はさー。お見舞いにでも行こうかなって思ったわけよ」

「え? ぼ、僕の?」

「学校を休むくらいなんだから、相当やられてるんじゃないかって思ったし、イノリくん、一人暮らしだから、大変かなって」


 うう。月見里さん、優しい。泣けてくる。

 でも、そういう手があったのか。


 『学校を休んで、お見舞いに来てもらう』


 脳内にしっかりとメモる。

 ……かなり、消極的な作戦だが。

 お見舞いに来てくれなかったら、ただ、学校をサボるだけになっちまう。


「でもさー。それはマズイと思ったわけよ」


 月見里さんが口を尖らせる。


 え? なに? 来てくれないの?

 この作戦、ダメなの?


「だって、イノリくんには青手木さんがいるじゃない。逆にお邪魔虫になっちゃうでしょ。目の前でイチャついてるのを見るのは、さすがに独り身としては、辛いわけですわ」


 ボトっとカバンを落とす僕。


「ん? どうしたの? 急に立ち止まって」


 何考えてるんだよ、僕は。

 僕は月見里さんが好きだ。

 これが全てだったはずだろ。


 それなのに僕は、青手木を受け入れつつある。

 青手木を家に泊まらせ、一緒に寝て、一緒にご飯を食べ、お見送りをしてもらう。

 ……完全に青手木のペースだ。まるで夫婦じゃねーかよ。


 さらに馬鹿なことに、僕はその状況に対して、ちょっと悪くないかなと思っていることだ。

 青手木のことばかり考えていて、一番重要な『昇降口で月見里さんを待つ』という日課させ忘れる始末だ。


 状況に流されるのは、ある程度仕方ない。

 ……いや、仕方なくないけど。

 でも、気持ちだけは絶対にブレちゃダメだ。

 しっかりしろ! 千金良イノリ!


 僕は思い切り、両手で挟み込むように自分の頬を叩く。


「ど、どしたの? イノリくん、急に」


 ドン引きされてしまった。

 が、今は、そんなことを気にしている場合ではない。


「月見里さん!」


 僕は月見里さんの両肩をガッと掴む。


「おおう! い、イノリくん、こ、ここは学校だぜ」


 顔を真っ赤にして、アタフタしている月見里さん。


 ……可愛い。

 いや、だから、違うって。


「今日の昼休みに、話したいことがあるんだ。屋上に来てくれないか?」

「屋上って入れないよ。鍵かかってるもん」


 ……そうだった。

 告白というと屋上って感じがしたから、つい。


「じゃ、じゃあ。体育館裏で」

「人、いっぱいいるけど大丈夫? 逆に話しづらいよ?」

「……ああ。えっと、じゃあ……」

「第二理科室は? あそこなら、誰もいないよ。鍵もかかってないし」

「う、うん。じゃあ、そこで」

「お弁当食べてからでいい?」

「あ、そうだね。それでいいよ」

「じゃあ、昼休み、第二理科室でね」


 月見里さんは僕の手をスルリと抜け出して、教室まで走っていった。

 後ろ姿を見送った後、僕は愕然とする。

 いわゆる、Orzの体勢ってやつだ。


 一世一代の告白をしようって時なのに、なんてグダグダなんだ。

 後半、完全に月見里さんペースだったじゃねえかよ。

 なんてダメ人間ぷりだ。


 チャイムが鳴る。


 が、心に負ったダメージが抜けない。

 まあ、いいや。皆勤賞が無くなった今、遅刻ぐらい。

 僕はチャイムが鳴り終わった後も、しばらく起き上がれなかったのだった。

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