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第16話 母親の恋人

 ……歳は三十代中盤ってところか。


「あら、#雄一__ゆういち__#さん。もう商談は終わったの?」

「ようやくベッカー商事の株を買い占めることができたよ。これで、あの会社は、実質、私のものだ」

「そう。それは良かったわね」

「そんなことより、子供をからかうのは感心しないな」

「なぁに? 妬いてるの? 大丈夫よ。あなたが本命。この子は、つまみ食いみたいなものなんだから」

「お前は相変わらずだな。いい加減に痛い目、見るぞ」


 そう言って、雄一と呼ばれた男が青手木のお母さんの横の椅子に座り、にこやかな顔をして、僕を見てくる。


「君も本気にしないようにな」

「ちょっと、せっかく落とせそうなんだから、邪魔しないでくれない?」

「十代は止めとけと言ってるだろう。この年齢はすぐ本気になるし、何をするか分からん。せめて二十以上にしときなさい」

「えー。何をするか分からないところがいいんじゃない」


 僕のことを話しているのに、完全に僕のことを忘れているような感じだ。

 まるで、この場に僕がいないかのような……。


「青手木のお父さんですか?」


 なんとなくムッとしたので、自分の存在をアピールするために当たり障りのないことを言ってみる。

 が、雄一(なんか、さんを付ける気がしない)は急に顔をしかめた。


「そんな年に見えるかね?」


 うーん。

 二十くらいの時に青手木が生まれたなら、十分あると思うんだが。

 どうやら、僕の質問はお気に召さなかったようだ。


「雄一さんは、私の、こ、い、び、と、よ」


 うふ、って感じで青手木のお母さんが人差し指を顎につけて言う。


「何番目の恋人なんだかな」

「だから、本命はあなたって言ってるじゃない。子供じゃないんだから、妬かないの」


 また、二人だけの世界に入っている。

 良い母親と思ったのは撤回する。

 この人、完全におかしい。

 頭のネジが外れてるどころか、ネジ自体、はまってるところがない。


 なるほど。

 青手木も変だと思ったが、この母親と比べれば、可愛いものだ。


「……設楽様のいらっしゃったんですね。すぐにもう一つ、紅茶をお持ちします」


 二つの紅茶とクッキーが乗った皿を、お盆に乗せて持ってきたメイド長さんがテラスに入ってくる。


「いや、私はコーヒーにしてくれ」


 おい!

 そこは「お構いなく」じゃねえのか。

 ダメだ。

 僕、この男、好きになれねえ。


 僕と青手木のお母さんの前に、それぞれ紅茶を、テーブルの真ん中にクッキーが乗った皿を置くメイド長さん。

 そして、キビキビとした動きで家の中へと戻っていく。


 ああ、行かないで!

 三人にしないで!

 ……てか、帰りたい。

 なんだ、この拷問。

 ホント、最近の僕はついてない。




 無視して話し続けられるという拷問から開放されたのは、約一時間後だった。

 その一時間の間、僕はひたすらリスの様にクッキーをかじっていたのだ。


 ……美味しかったけど。


 青手木のお母さんと雄一は、なんか話が弾み(内容は覚えていない)、いきなり出かけてしまった。

 もちろん、僕に一言も声を掛けずにだ。

 展開についていけず、十分くらいボーッとしていたら、メイド長さんに「そろそろお帰りになられますか?」と声をかけられ、ハッと現実に戻ってきたわけだったのだ。


 メイド長さんに見送られ、玄関まで移動する。


「お邪魔しました」


 ペコリと頭を下げる。


「今度は入る時も、玄関からにしてくださいね」


 ……ニコリと笑って言われた。

 額に血管が浮き出てる。


 ヤベエ、超、怒ってる。

 ……当たり前か。


「じゃあ、僕はこれで!」


 慌てて、ドアを開けようとした時だった。


「あ、待ってください」


 不意に呼び止められ、振り向くと、メイド長さんの手には、紙袋が握られていた。


 ……どうやって出した?

 さっきは持ってなかっただろ。

 あなたは次元の違うポケットとか持ってるロボットかなにかか?


「これ、お土産です。グレイランドの特注のお弁当が入ってますので」


 グレイランドと言うのは、超、高級料理店の名前だ。

 そこの特注とくれば、ウン万円はするだろう。


「いや、お構いなく」


 ホントは食べたいよ。

 だって、こんな機会がなければ、一生食べれないもの。

 でもさ、不法侵入した家で、そんな高価なお土産もらってかえるなんて、食った後に罪悪感で死んでしまいそうだ。


「ホントに、また来てくださいね」


 メイド長さんは僕の方に駆け寄って来て、僕の手に紙袋を持たせる。


「最近のシオ様は、本当に変わりました」

「……え?」

「お弁当を作って、それを持って玄関でイノリ様を待っている姿はとても嬉しそうです」

「……」


 さすが、ずっと青手木を見てきただけある。

 あの無表情を見て、感情を読み取れるとは。


「初めて自分が作った料理を全部食べてもらえたと、喜んでいました」

「……あ、あの。あなたも、青手木の料理を食べたことあるんですか?」

「三ヶ月入院することになりました。私もまだまだ修行が足りません」


 目を伏せて、悲しそうに言うメイド長さん。


 いやいや、修行って……。

 メイドになるためには、拷問にも耐える訓練が必要なんだろうか。

 熊よりも強い毒の耐性をもたないといけないからな。

 メイドも、なかなか厳しい職業らしい。


「この家のメイドさんって、あなただけなんですか? こんな広い家を一人で掃除とかするのって、大変だと思うんですけど」


 そう。僕は青手木の家に来てから、メイドさんは、目の前のメイド長さんの姿しか見ていない。

 おかげで、結構自由に家を探索できたんだけど。

 大きな家だから、もっとたくさんいるものだと思っていた。


 まあ、面倒を見るのは青手木一人だから、少なくても大丈夫なんだろうか?

 掃除とかは大変そうだけど。


「恥ずかしながら、私以外のメイドは入院中なんです」

「……ああ、なるほど」


 あいつ、メイドたちにも料理の毒見をさせたんだな。

 ……メイドさんたちが倒れたものを、僕に食べさせるなよ。


 ここに来て、青手木が僕を暗殺しようとしているのではないかという疑惑が再び浮上する。

 やっぱりあれか? 未亡人萌えを目指しているんだろうか。


「シオ様は、とても不器用な方ですから、今まで友達ができたことがないんです。しかも、奥様は、あのような方ですから……。顔には出してはいませんが、寂しかったんだと思います」


 すでに両親が他界している僕にとって、まだ両親が生きている青手木は恵まれている。

 ……そう思っていたけど、生きているのに心を通わせるどころか、話もろくにしない関係というのはどういう感じなんだろうか?

 それはそれで、辛いんだろうな。

 僕が想像できないほどに。

 しかも、青手木は父親の顔すら見たことがないと言っていた。


「イノリ様、どうか、これからもシオ様を宜しくお願いします」


 深々と頭を下げる、メイド長さん。青手木のお母さんと同じセリフだった。

 ただ、青手木のお母さんは、言葉だけって感じがしたけど、メイド長さんは、心の底からそう思っていることが伝わってくる。 


 キリキリと胃が痛む感じがした。


 僕は青手木との関係を切る為に、ここに来たのだ。

 青手木のことを友達と思うどころか、迷惑だと思っている。

 そんな僕に、この言葉は反則だと思う。


「また来ます」


 そう言って、僕は逃げるように青手木の家から出ていった。

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