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第15話 募る苛立ち

 一階のベランダ(あ、テラスっていうのか?)に連れて行かれ、僕と青手木のお母さんは向かい合って座っている。


 まるでお見合い?

 ……いや、違うな。

 悪さをした子供を叱る母親の図って、ところか。


 チラリと青手木のお母さんの表情を伺う。

 ニコニコと笑いながら、僕の顔をジロジロと見てくる。


「あ、あの……」


 沈黙に耐えられず、思わず声を出そうとした時、いきなり青手木のお母さんは手をパンパンと叩く。

 数秒後。


 一人のメイド姿の女性がテラスへと現れた。

 大体、二十歳中盤くらいかな。でも、なんかオーラというか、貫禄がある。メイド長ってやつだろうか。


 にしても、危っねえ。今、地下の方から出てきたぞ。

 もし、あの時、三階じゃなくて地下に行ってたら、完全にアウトだったな。


「お茶とお菓子を二人分、用意してちょうだい」

「かしこまりました。それで……あの、こちらの方は?」


 チラリと僕の方を見る、メイド長さん(暫定でこう呼ぶことにした)。


「聞いて、この子、シオの友達らしいわよ。世の中には、そんな珍獣もいるのね」


 クスクスと笑う、青手木のお母さん。

 ……いや、珍獣って。

 否定はしないけど。

 確かに、青手木と友達になれるなんて奴は珍獣扱いされてもしかたないからな。

 僕は違うからな。友

 達じゃなくて、婚約者だ。


 ……もっとダメじゃねーか。


「あの、お名前は……?」

「ああ、そういえば聞いてなかったわね」


 青手木のお母さんとメイド長さん、二人の視線が僕に注がれる。


 うーん。

 今日は、なんかジロジロ見られる日だな。


「あ、千金良です。千に、金に、良いと書いて、ちぎら」

「あら、性格だけじゃなくて、苗字まで珍しいのね」

「千金良……イノリ様……ですか?」

「知っているの?」

「ええ、まあ」


 不審そうに僕を見るメイド長さん。

 恐らく、青手木が僕の家に行ってることを知っているのだろう。

 それなのに、家主の僕がここにいる。

 明らかに怪しい事態だ。


 マズイな。

 そのことを言われたら、万事休す。

 何も事情を知らない青手木のお母さんだからこそ、この状況に納得してるけど(……普通は不審がると思うけど、そこは流石、青手木の親ってことにしておく)突っ込まれたら、今度こそ、弁解できない。

 不法侵入ってやつで、通報されてしまう。


「紅茶は何にしましょうか?」

「ん? そうね……アールグレイでお願い」


 メイド長さんは、話を逸らしてくれた。

 ふう、助かったぜ。


「イノリ様も同じでよろしいでしょうか?」

「え? あ、は、はい」


 油断していたところに、急に話を振られて、声が上ずってしまった。

 メイド長さんは一礼をして、下がっていく。


「ねえ、千金良くん」


 テーブル越しに、青手木のお母さんが迫ってくる。


「な、なんでしょう?」

「これからも、シオのこと宜しくね」


 ニッコリと微笑んだ。


 うわっ、反則だよ。

 その笑顔。

 ちょっと、ドキっとしちまった。


「あの子、あんな性格だから、友達なんて出来た試しないのよ。少し心配だったのよね。でも、家にまで遊びに来てくれる友達がいて、安心したわ」


 ……ものすごい罪悪感。


 僕は友達ではなく婚約者で、家に来たのは遊びにではなく婚約届けを奪いに来たんです。


「ちょっと変わった子だけど、そのうち慣れるはずだから、見捨てないであげてね」


 いや、少しじゃない。大分変だよ。

 それに、慣れるって……見捨てないでって……。


 やっぱり青手木のお母さんだ。変なところが似ている。

 それにしても、青手木の話から、結構冷たい母親って感じがしてたけど、そうでもなさそうだ。

 ちゃんと青手木のことを心配している、良いお母さんじゃないか。


「私もほとんど、家にいないから、寂しいと思うの。だから、遠慮とかしないで、ドンドン遊びに来てちょうだね」


一瞬、頭の中に、遊園地でのことが頭によぎった。

 表情は無表情なのに、どこか寂しそうな雰囲気を出した、あの青手木の顔。


「……あの、青手木……いや、シオさんからは、お母さんはほとんど家にいないって聞いたんですけど……」

「ええ、そうね。この前帰ってきたのは、半年前だったかしら」


 半年。さらっと言ったけど、そんな長い間帰らないなんて……。

 寂しい思いをさせてるって感じてるなら、もう少し帰ってあげればいいのに。


「仕事もしてないとも聞きました」

「あら、あの子、そんなことまで話してるの? やーね。恥ずかしいじゃない」

「どうして、もっと家にいてあげないんですか?」


 言ってから、ハッとする。

 あんまり他人の家のことに口出しするのは良くないことなのに。


「だって、デートで忙しいんだもの」

「……は?」


 え? 聞き違いか? デート?

 今、自分の娘より、デートを優先してるみたいなこと、言わなかったか?


「それにしても、千金良くんって、結構、私の好みかも。どう? 私の恋人にならない?」


 今度は妙に色っぽい表情をしてくる。

 でも、今度はドキっとはしなかった。頭が真っ白になったから。


「私、若い子好きよ。元気だもの。千金良くん、まだ経験ないでしょ? 色々教えてあげるわ」


 一体、何を言ってるんだ? この人は? 娘の友達に対して、言う言葉じゃないだろ。


「おいおい。私が家にいることを忘れてないか?」


 そう言って、テラスに入って来たのは口ひげを生やした、スーツ姿の男だった。

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