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第13話 突入

 月曜の昼。


 僕は青手木家を見上げる。


 うむ。

 やっぱり、デカイ家だ。


 なぜ、学校をサボってまで、こんなところにいるかというと、昨日のデートで、青手木の本気度がわかったからだ。

 で、なにをしなければならないかも、わかった。


 婚姻届。

 これが全ての始まりであり、僕を苦しめる根源となるものだ。

 つまり婚姻届さえ、なんとかすれば状況は変わるはず。

 青手木だって、婚姻届がなければ強くは出られない……と思う。


 だが、面と向かって婚姻届をよこせと言ったところで、素直に渡してくれるとは思えない。

 だから、青手木の部屋に侵入して婚姻届を始末しようというわけだ。

 事前に婚姻届は青手木の机の中にあるとリサーチ済みだし、今、青手木は僕の部屋を荒らしている。

 ……いや、掃除してくれているから、家にいないことも確認済みだ。


 よし、行くか。


 僕は青手木家の裏にまわり、塀をよじ登る。


 ……あれ?

 もしかして、これって犯罪か?


 ふと、そんなことが頭をよぎる。

 確か、不法侵入ってやつだよな。

 捕まったら、どうなる?


 ……いや、僕の人生がかかってるんだ。

 少し位のリスクを負うのはしょうがない。

 僕は塀の上から青手木家の敷地内を見渡す。


 どうやら、番犬のドーベルマンはいないようだ。

 大体、こういう家って獰猛な犬がいたりするんだよな。

 よく映画とかで見かけるし。

 その対処法として、ポケットには犬缶が入っているのだ。


 僕は塀の上から跳んで、敷地内へと着地する。


 おお。

 すごい良い芝生だ。

 着地した時の衝撃がほとんどなかった。まるで、綿毛の上に降りたような感覚だったぞ。


 ……言い過ぎか。


 塀から十メートルくらい芝生が続いていた。

 ところどころに大きな気が植えてあって、よく手入れされていることもわかる。


 さて、どこから入ろうかな。

 ウロウロと歩いていると、あるものが目に入る。


「うおっ! プールだ!」


 思わず声が出てしまった。

 外にプールがあるなんてテレビ以外で見るのは初めてだ。

 プールの部分には屋根があり、よくリゾートとかで見る椅子(水着のお姉さんが座るやつ)なんかも置いてあった。


 うーん。

 青手木がこれに座って、トロピカルなジュースを飲んでいる絵がまったく思いつかない。

 おそらく、青手木自身は使ったことないんだろうな。

 そんなことを考えていると、偶然、窓が開いているところを見つけた。


 チャーンス!


 僕は二、三度辺りを見渡した後、素早く内部へと侵入した。

 罪悪感と高揚感が僕を包む。


 おお。

 なんか、スパイみたいだな、僕。

 ……あれ? 罪悪感はないかも。

 さて、上手く侵入できたのはいいが、困ったぞ。


 右を見ても、左を見ても廊下が続いている。

 ドアもない。

 しかも、こんなところに、誰かがきたら隠れるところもないぞ。


 一気に心臓の鼓動が大きくなる。

 さっきの高揚感も吹き飛んだ。

 僕は慎重に左に進む。

 こういう時は左手に沿ってあるけば良いと、ゲームの攻略本に書いてあった。

 いや、ホント、ダンジョンみたいだな。青手木の家って。

 五分ほど廊下を進むと、階段を発見する。


 上への階段と、下への階段。

 ここは一階なので、下に行くということは地下ということだ。

 まさか、青手木の部屋が地下ということはないだろう。いじめじゃないんだからな。

 僕は階段を上っていく。

 いい加減、誰かと会うんじゃないかと思っていたが、まったくその心配はなかった。


 全然、人気がねえな。

 まさか、青手木、メイドがいるって嘘をついたのか?


 らせん状の階段を上り、二階へと到着する。

 二階も、広く長い廊下が続いていた。

 一階と違うところは、何個かドアがあるというところだ。


 どうしようかな。


 僕は左右を交互に見る。

 青手木に部屋の場所を聞いておけばよかった。

 ……いや、そんなことをしたら、怪しまれるか。

 とにかく、しらみつぶしに行くしかないよな。

 左側の一番近いドアを開ける。


 その部屋は何もないガランとしていた。

 明らかに、誰も使ってない部屋。

 そのくせ、僕の部屋とリビングがすっぽり入るくらい広い。


 もったいねえなぁ。


 ドアを閉め、隣のドアを開く。

 また、同じく何もない部屋。

 ちっ、ハズレか。

 宝箱くらい置いとけよな。


 ……まあ、モンスターがいないだけ、ましか。


 そんなことを繰り返しながら、三十分ほど経過する。

 いや、ホント半端ねえくらい広いな。青手木家は。


 二十くらいの部屋を覗いたが、その全てが外れだった。

 誰も使っていない部屋ばかりで、まるでここは廃屋じゃねーのかと思ったほどだ。

 ただ、使っていないとはいえ、掃除はしてあった。


 それで、青手木家にはちゃんとメイドがいるという確信を得ることができる。

 あいつが掃除してるなら、綺麗になってるわけないからな。


 それにしても、もったいない。一部屋くらいくれよ。

 ……おまけで青手木がついてくるなら、いらねーけど。


 ようやく、最後のドアの前へとたどり着く。


 ……最後の最後かよ。

 ホント、僕って運がねーよな。


 ドアノブをつかみ、勢い良くドアを開く。


「……」


 ガランとした部屋。

 今までの部屋となんら変わらない部屋だった。


 えーと。

 もしかして、青手木の部屋って無いのか?

 あいつ、家の中でいじめられてるのか?

 家主なのにメイドにいじめられるって……シュールだろ。

 ってか、クビにしろよ。

 そんなメイドたち。


 ……わかってる。

 どうせ、青手木の部屋は地下なんだろ?

 今、考えてみると、あいつの部屋は地下という方が、妙にしっくりくる。

 が、ただ、信じたくないだけだ。


 だって、また地下まで降りて、今の作業を繰り返すんだぞ。

 地下だって、嫌がらせのようにこれくらい広いに決まってるし。

 ふと、無表情の、青手木の顔が頭に浮かぶ。


 ……イラァ。

 うわ、やべえ。マジで殺意湧いたぞ。


 ……逆恨みもいいところだよな。

 部屋がデカいのは青手木のせいじゃないのに。


 ため息をついて、階段の方へと戻る。

 くそ、地下か。ホント、ダンジョンを攻略している気分になってきた。

 仕方なく、階段の方へと歩いている時だった。

 僕は信じられないものを発見する。


 嘘……だろ。

 さっきはドアを開けるために、後ろをよく見てなかったから気づかなかったのだが……。


「階段……」


 それは三階へと登る階段だった。


「うう……」


 思わず、その場で四つん這いになる。

 涙で床が歪んで見える。


 いじめか?

 一体、青手木は僕をどこまで苦しめれば気が済むんだ。


 ち、ちくしょう……。

 月見里さん、僕はどうすればいいんだ。


 脳裏に月見里さんの元気な笑顔が浮かび上がる。


 よし、頑張ろう。


 僕は涙をグイっと拭い、立ち上がる。

 いつもそうだ。月見里さんは僕に勇気を与えてくれる。


 さて、どうしようか。


 地下か三階か。

 確かに青手木は地下が似合う。

 が、冷静になって考えろ。家の主が地下に住むって……。


 無いだろ。

 例え、青手木が地下に住みたいと言っても、きっとメイドさんたちが止めるはずだ。

 うん。そうだ。

 そうに違いない。


 僕は三階への階段に足を踏み出した。

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