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第12話 最低な気持ち

 飯を食い終わった後、再び、手をつないで園内を歩く。


 恐ろしいことに、前ほど青手木の料理にダメージを受けなくなっていた。

 今は少し、胃がキリキリと痛む程度だ。

 人間って凄いよな、こんなに短期間で適応するものなのか。


 なかなか解散と言い出せなくて、ダラダラとデート(らしきもの)を続けている。

 さらに、僕たちの近くをカップルが通るたびに、青手木の手を握る力が少しだけ強くなる。

 それがなんとなく、こいつを一人にできない感じがしたのだった。


 まあ、あんな話を聞いた後だから、僕が勝手にそう感じているのかもしれないけど。

 そんなことを考えている時だ。


「おや? イノリくんだ」

「……へ?」


 不意に後ろから声をかけられ、僕は振り向いた。

 そして、そこには月見里さんの姿が。

 正確に言うと、月見里さんと弓道部の部員たちがいたのだった。


「あらら。お暑いねぇ。デート中だったかな?」


 月見里さんと一緒にいる弓道部員たちが、キャーキャーと騒ぐ。


「え? あ、いや、違う違う!」

 慌てて僕は青手木の手を放す。

「……」


 ジッと僕の方を見上げる青手木。


 なんだ?

 文句でもいいたいのか?

 が、今は却下だ。

 何もしゃべるなよ。

 頼むから。


「またまたぁ。そんなに照れなくったっていいのにぃ」


 頭の後ろで手を組み、ニコニコとする月見里さん。


 くっ……。

 なんて残酷な笑顔なんだ。

 なんだよ、その興味津々な感じ。

 ちょっとは嫉妬してくれよ。


「な、なんでここに? 『dawn』の方に行ったんじゃなかったの?」

「あー、うん。最初は、あっちに行ったんだけどね。混んでてさ。全然乗り物乗れないから、こっちに来ちゃったってわけだよ」

「そ、そうなんだ……」


 油断していた。ちっ、遊園地なんて来なきゃよかった。


 この状況を見られないために来たのに……。

 まったく意味ねえ。


「ねえ、カヤ。そろそろ行こうよ」


 弓道部の一人が、月見里さんの袖をクイクイと引っ張る。


「じゃあね、イノリくん。お邪魔虫は退散するぜー」


 楽しくおしゃべりしながら、月見里さんは弓道部員たちと歩いていってしまう。


 ……ホント、なにやってんだ、僕。


 僕が好きなのは月見里さんなのに。

 人生初のデートを、好きでもない青手木としている。

 さらに、それを月見里さんに見られた。


 ……最低だ。

 くそっ、くそっ、くそっ!


 無性に腹が立つ。

 さっき、一瞬でも、少しでも楽しいって思っちまった自分が許せない。


 なんなんだよ! これは!


 そんな時だ。

 青手木が僕の手を握ってくる。


「行きましょう」

「放せよ!」


 僕は青手木の手を振り払った。


「お前、なんなんだよ!」

「……私はイノリさんの妻です」

「いい加減にしろよ!」


 わかってる。こんなことは、ただの八つ当たりだ。


「おかしいって。僕たち、まだ高校生なんだぜ。結婚なんて、早すぎる」

「男子が十八歳。女子が十六歳」

「ああ?」

「結婚できる年齢です。イノリさんも私も十七歳です。ですので、早すぎるということはないと思いますが」

「そんなこと言ってるわけじゃないんだよ!」

「……」

「この際だ。はっきり言う。僕はお前のことが好きじゃない。だから、お前とは結婚できない」


 ……そうだ。最初からこう言えばよかったんだ。

 僕の完全な拒絶に対し、青手木はまったく表情を変えず答える。


「イノリさんは最初に、私のことを好きだと言いました」

「あれは寝言だ!」

「仮にそうだったとしても、私とイノリさんは婚姻届けに名前を書いて、捺印をしました。つまり、結婚するという契約を結んだんです。だから、結婚するんです。例え、イノリさんが私を好きではないにしてもです」

「本当に誰でもいいんだな。お前」

「誰でもいいわけではありません。婚姻届けに名前を書いてくれた人ではないと結婚できませんから」

「たまたま、一番初めに、僕が書いた。ただ、それだけだろ」

「はい」


 まっすぐ僕の目を見る青手木。

 僕は青手木のことが好きじゃないと言った。

 青手木も僕のことが好きというわけではない。

 それなのに、結婚すると言う。


「お前、変だよ! 結婚って、そんなんじゃないだろ!」

「……?」

「結婚ってさ。好きな人同士で、するもんだよ。ただ、名前を書けば良いってわけじゃない」

「どんな感じですか?」

「ん?」

「人を好きになるって、どんな感じなんですか?」

「そ、そりゃ……」

「イノリさんの言うように、好きな方以外とは結婚できないなら、私はこの先も、ずっと結婚できないということになります。でも、それは嫌です。私は絶対に結婚したいです」

「……な、なんで、そんなに結婚にこだわるんだよ」

「幸せのためです」


 ダメだ。こいつ、本気で言ってる。

 好きでもない奴と結婚したところで、絶対上手くいかないに決まってる。

 それこそ、幸せなんて程遠い。

 だけど、それを青手木に言ったところで通じないだろう。


「イノリさんは、婚姻届けに名前を書いてくれました。それが手違いだったとしても。……私はイノリさんと結婚します。たとえ、それでイノリさんに恨まれ、憎まれてでも」


 相手に恨まれてでも結婚したい。青手木にとって、結婚というの一体なんなんだろうか。


「終わりだ」

「……?」

「デートは終わりだ。今日は、これで解散にしよう」

「わかりました」


 僕の提案をあっさり受け入れる。

 踵を返し、僕に背を向けて歩き出す青手木。


 もっと早くこう言えば良かった。

 そうすれば、月見里さんに見られずにすんだのに。

 数歩歩いた後、ピタリと立ち止まり、振り返る青手木。


「今日はデートしていただいて、ありがとうございました。それでは、また、明日、お待ちしております」


 その言葉だけを淡々と言い放って、再び青手木は歩き始めた。

 青手木の結婚に対する執着は、一種の呪いのように僕を取り巻いている。


 なんとなく青手木に嫌われる。

 そもそも、そんな考えが甘かった。

 青手木は本気だ。僕も気持ちを切り替えないといけない。

 このままいけば、青手木と結婚させられてしまう。


 大きく深呼吸をして、僕も出口へと歩き出した。

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