飯を食い終わった後、再び、手をつないで園内を歩く。
恐ろしいことに、前ほど青手木の料理にダメージを受けなくなっていた。
今は少し、胃がキリキリと痛む程度だ。
人間って凄いよな、こんなに短期間で適応するものなのか。
なかなか解散と言い出せなくて、ダラダラとデート(らしきもの)を続けている。
さらに、僕たちの近くをカップルが通るたびに、青手木の手を握る力が少しだけ強くなる。
それがなんとなく、こいつを一人にできない感じがしたのだった。
まあ、あんな話を聞いた後だから、僕が勝手にそう感じているのかもしれないけど。
そんなことを考えている時だ。
「おや? イノリくんだ」
「……へ?」
不意に後ろから声をかけられ、僕は振り向いた。
そして、そこには月見里さんの姿が。
正確に言うと、月見里さんと弓道部の部員たちがいたのだった。
「あらら。お暑いねぇ。デート中だったかな?」
月見里さんと一緒にいる弓道部員たちが、キャーキャーと騒ぐ。
「え? あ、いや、違う違う!」
慌てて僕は青手木の手を放す。
「……」
ジッと僕の方を見上げる青手木。
なんだ?
文句でもいいたいのか?
が、今は却下だ。
何もしゃべるなよ。
頼むから。
「またまたぁ。そんなに照れなくったっていいのにぃ」
頭の後ろで手を組み、ニコニコとする月見里さん。
くっ……。
なんて残酷な笑顔なんだ。
なんだよ、その興味津々な感じ。
ちょっとは嫉妬してくれよ。
「な、なんでここに? 『dawn』の方に行ったんじゃなかったの?」
「あー、うん。最初は、あっちに行ったんだけどね。混んでてさ。全然乗り物乗れないから、こっちに来ちゃったってわけだよ」
「そ、そうなんだ……」
油断していた。ちっ、遊園地なんて来なきゃよかった。
この状況を見られないために来たのに……。
まったく意味ねえ。
「ねえ、カヤ。そろそろ行こうよ」
弓道部の一人が、月見里さんの袖をクイクイと引っ張る。
「じゃあね、イノリくん。お邪魔虫は退散するぜー」
楽しくおしゃべりしながら、月見里さんは弓道部員たちと歩いていってしまう。
……ホント、なにやってんだ、僕。
僕が好きなのは月見里さんなのに。
人生初のデートを、好きでもない青手木としている。
さらに、それを月見里さんに見られた。
……最低だ。
くそっ、くそっ、くそっ!
無性に腹が立つ。
さっき、一瞬でも、少しでも楽しいって思っちまった自分が許せない。
なんなんだよ! これは!
そんな時だ。
青手木が僕の手を握ってくる。
「行きましょう」
「放せよ!」
僕は青手木の手を振り払った。
「お前、なんなんだよ!」
「……私はイノリさんの妻です」
「いい加減にしろよ!」
わかってる。こんなことは、ただの八つ当たりだ。
「おかしいって。僕たち、まだ高校生なんだぜ。結婚なんて、早すぎる」
「男子が十八歳。女子が十六歳」
「ああ?」
「結婚できる年齢です。イノリさんも私も十七歳です。ですので、早すぎるということはないと思いますが」
「そんなこと言ってるわけじゃないんだよ!」
「……」
「この際だ。はっきり言う。僕はお前のことが好きじゃない。だから、お前とは結婚できない」
……そうだ。最初からこう言えばよかったんだ。
僕の完全な拒絶に対し、青手木はまったく表情を変えず答える。
「イノリさんは最初に、私のことを好きだと言いました」
「あれは寝言だ!」
「仮にそうだったとしても、私とイノリさんは婚姻届けに名前を書いて、捺印をしました。つまり、結婚するという契約を結んだんです。だから、結婚するんです。例え、イノリさんが私を好きではないにしてもです」
「本当に誰でもいいんだな。お前」
「誰でもいいわけではありません。婚姻届けに名前を書いてくれた人ではないと結婚できませんから」
「たまたま、一番初めに、僕が書いた。ただ、それだけだろ」
「はい」
まっすぐ僕の目を見る青手木。
僕は青手木のことが好きじゃないと言った。
青手木も僕のことが好きというわけではない。
それなのに、結婚すると言う。
「お前、変だよ! 結婚って、そんなんじゃないだろ!」
「……?」
「結婚ってさ。好きな人同士で、するもんだよ。ただ、名前を書けば良いってわけじゃない」
「どんな感じですか?」
「ん?」
「人を好きになるって、どんな感じなんですか?」
「そ、そりゃ……」
「イノリさんの言うように、好きな方以外とは結婚できないなら、私はこの先も、ずっと結婚できないということになります。でも、それは嫌です。私は絶対に結婚したいです」
「……な、なんで、そんなに結婚にこだわるんだよ」
「幸せのためです」
ダメだ。こいつ、本気で言ってる。
好きでもない奴と結婚したところで、絶対上手くいかないに決まってる。
それこそ、幸せなんて程遠い。
だけど、それを青手木に言ったところで通じないだろう。
「イノリさんは、婚姻届けに名前を書いてくれました。それが手違いだったとしても。……私はイノリさんと結婚します。たとえ、それでイノリさんに恨まれ、憎まれてでも」
相手に恨まれてでも結婚したい。青手木にとって、結婚というの一体なんなんだろうか。
「終わりだ」
「……?」
「デートは終わりだ。今日は、これで解散にしよう」
「わかりました」
僕の提案をあっさり受け入れる。
踵を返し、僕に背を向けて歩き出す青手木。
もっと早くこう言えば良かった。
そうすれば、月見里さんに見られずにすんだのに。
数歩歩いた後、ピタリと立ち止まり、振り返る青手木。
「今日はデートしていただいて、ありがとうございました。それでは、また、明日、お待ちしております」
その言葉だけを淡々と言い放って、再び青手木は歩き始めた。
青手木の結婚に対する執着は、一種の呪いのように僕を取り巻いている。
なんとなく青手木に嫌われる。
そもそも、そんな考えが甘かった。
青手木は本気だ。僕も気持ちを切り替えないといけない。
このままいけば、青手木と結婚させられてしまう。
大きく深呼吸をして、僕も出口へと歩き出した。