青手木と手を繋いで歩き始めて三十分くらいした時だった。
いきなり、僕の腹がグゥっと鳴る。しかもかなりデカイ音だ。
……ヤバイ。
色んな意味で。
まず、恥ずかしい。
よく女の子が、お腹の鳴る音を聞かれて恥ずかしがっているのを見るが、男だって恥ずかしいのだ。
次に、この流れとして昼飯を食べようということになるだろう。
まあ、当然だ。
普通ならとっくに昼飯を食べ終わっている時間だからな。
僕は朝飯も食べていないから、正直、腹が減りすぎて、目が回ってきた。
だが、ここで重要な問題が浮上する。
僕の財布の中には四十円しかない。
例え、割り勘だったとしても、この園内に八十円の飯が売っているとは思えない。
かと言って、奢ってもうらうなんて、僕のプライドが許さない。
どうしよう。
我慢するか、解散か。
……解散だな。
「なあ、青手木、そろそろ……」
「私、お弁当、作ってきました」
「……え?」
普通はこういう場所に来た時は、その場所の店で食うものだ。
というか、持ち込んでもいいものなのか?
まあ、青手木に普通を求める時点で、間違っているのかもしれないが。
さて、困ったぞ。
考えてみたら、帰ったところで僕の家に食物はない。
せいぜい、塩を舐めたり、たらふく水を飲むくらいしかできない。
普通であれば、弁当をつくてきてくれたことを喜ぶべきところではあるが、青手木の料理は食べ物ではなく危険物だ。
餓死か、爆死か。
……とんでもねえ選択になったな。
僕は目を閉じ、月見里さんの顔を思い浮かべる。
勇気が湧いた。
前のめりに死のう。
テラスがある店で聞いてみると、あっさりと了解がとれた。
持ち込みOKだそうだ。
というか、あまり客がいないから、期待してないようだった。
いや、期待してないって……。ダメだろ。
とにかく、僕と青手木はテラスのテーブルの上に、青手木が作ってきた弁当を広げている。
今日はデートということで気合を入れたのか、重箱だ。
量から見て、二人分はある。
自分の分も作ってきたようだ。
うーん。見た目は美味しそうなのになぁ。
しかし、見た目で判断すると、文字通り、痛い目にあう。
さらに心にまで傷を追うというおまけつきだ。
なんだろう、このギャップ。
全然、萌えねえな。
青手木が僕に箸を渡してくる。
今回は、自分のペースで食べられると安心していると……。
「あーん」
青手木が唐揚げを箸でつかんで、僕の口へと持ってくる。
反射的に口を開け、食べてしまう。
ぐぅ。相変わらずの威力だぜ。
「な、なあ……青手木。お前は食わないのか?」
「いえ、食べます。あ、申し訳ございません。正しくは、食べさせてもらいます」
「……は?」
「あーん」
青手木は目を閉じて、口を開けた。
……なぜ目を閉じる必要がある。
あ、いや、そこじゃねえ。
「なにしてるんだ?」
「食べさせてください」
……恋人というより、餌をもらう前の雛鳥のように見えるのだが。
とにかく、僕は卵焼きをつかんで青手木の口に放り込む。
何事もなく食べている。やっぱり、なんとも無いようだ。
「……そういえば」
「ん? どうした?」
ぽつりとつぶやく青手木。
「他の人と一緒にご飯を食べるのは初めてです」
「……」
確かに青手木は学校でも一人で弁当を食べていた。
いつも一人でいるというイメージが強い。
……僕も人のことは言えないけど。
「友達と、ということだよな?」
「いえ、一人以外で食べることです」
「その言い方だと、家族とも一緒に食べたことがないように聞こえるぞ」
「そう言ったつもりですけど」
「いやいや、待てよ。そんなわけないだろ」
「……どうしてしょうか?」
本当にわからないといった感じで、首をかしげる青手木。
「子供の頃はどうしてたんだよ? 一人で食べれなかった時は」
「メイドに食べさせてもらっていました」
「青手木の両親はそんなに仕事が忙しいのか?」
「いえ。どちらも仕事はしていません」
「……え? いや、だって、それじゃ……」
「私の家がどうして、あそこまでお金持ちか不思議ですか?」
「ああ」
「元々、母方の親がお金持ちらしいです。私から見れば、祖父ですね」
「らしいって……」
「よくわからないんです。実際に会ったこともありませんし」
「……」
おっと。
なんか、話が重そうだな……。
あまり聞いちゃいけないことだったか?
僕はもういいと言おうとしたが、青手木は淡々と話を続ける。
「父親の方も、財閥の一人息子らしいです。そこからもお金が入ってくるみたいですから」
「……自分の父親のことなのに、随分と曖昧な言い方するんだな」
「こちらも、話を聞いただけで実際会ったことがありません。ですから、はっきりと言うことはできないんです」
「……会ったことがない? も、もしかして、その……」
「いえ、生きているはずですよ」
「だったら、どうして会ったことがないんだ? 自分の子供だぞ」
「生物学的には親ですが、法律的には……戸籍上では親ではありません。特に育てる義務はないのでしかたないと思います」
「ど、どういうことだよ?」
「私、妾……今の言葉で言うと愛人の子供なんです。遊びで付き合っていたら、私が出来た、と母が言っていました。父親の方もどこかの官僚の娘と婚約が決まっていたらしく、母と結婚することはできなかったようです」
「……そっか。辛かったな」
「辛い? そう思ったことはありませんけど」
「……」
無表情のまま答える青手木。
本当にそう思っているのか、強がりを言っているのかはわからない。
それ以上、何も聞くことができなかった。青手木もそれからは何も話そうとはしない。
僕たちは無言のまま、交互に食べさせ合ったのだった。