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第11話 それはデートのように

 青手木と手を繋いで歩き始めて三十分くらいした時だった。

 いきなり、僕の腹がグゥっと鳴る。しかもかなりデカイ音だ。


 ……ヤバイ。

 色んな意味で。


 まず、恥ずかしい。

 よく女の子が、お腹の鳴る音を聞かれて恥ずかしがっているのを見るが、男だって恥ずかしいのだ。


 次に、この流れとして昼飯を食べようということになるだろう。

 まあ、当然だ。

 普通ならとっくに昼飯を食べ終わっている時間だからな。

 僕は朝飯も食べていないから、正直、腹が減りすぎて、目が回ってきた。


 だが、ここで重要な問題が浮上する。

 僕の財布の中には四十円しかない。

 例え、割り勘だったとしても、この園内に八十円の飯が売っているとは思えない。

 かと言って、奢ってもうらうなんて、僕のプライドが許さない。


 どうしよう。

 我慢するか、解散か。

 ……解散だな。


「なあ、青手木、そろそろ……」

「私、お弁当、作ってきました」

「……え?」


 普通はこういう場所に来た時は、その場所の店で食うものだ。

 というか、持ち込んでもいいものなのか?


 まあ、青手木に普通を求める時点で、間違っているのかもしれないが。

 さて、困ったぞ。

 考えてみたら、帰ったところで僕の家に食物はない。

 せいぜい、塩を舐めたり、たらふく水を飲むくらいしかできない。


 普通であれば、弁当をつくてきてくれたことを喜ぶべきところではあるが、青手木の料理は食べ物ではなく危険物だ。

 餓死か、爆死か。


 ……とんでもねえ選択になったな。


 僕は目を閉じ、月見里さんの顔を思い浮かべる。

 勇気が湧いた。

 前のめりに死のう。




 テラスがある店で聞いてみると、あっさりと了解がとれた。

 持ち込みOKだそうだ。

 というか、あまり客がいないから、期待してないようだった。

 いや、期待してないって……。ダメだろ。


 とにかく、僕と青手木はテラスのテーブルの上に、青手木が作ってきた弁当を広げている。

 今日はデートということで気合を入れたのか、重箱だ。

 量から見て、二人分はある。

 自分の分も作ってきたようだ。


 うーん。見た目は美味しそうなのになぁ。

 しかし、見た目で判断すると、文字通り、痛い目にあう。

 さらに心にまで傷を追うというおまけつきだ。


 なんだろう、このギャップ。

 全然、萌えねえな。


 青手木が僕に箸を渡してくる。

 今回は、自分のペースで食べられると安心していると……。


「あーん」


 青手木が唐揚げを箸でつかんで、僕の口へと持ってくる。

 反射的に口を開け、食べてしまう。

 ぐぅ。相変わらずの威力だぜ。


「な、なあ……青手木。お前は食わないのか?」

「いえ、食べます。あ、申し訳ございません。正しくは、食べさせてもらいます」

「……は?」

「あーん」


 青手木は目を閉じて、口を開けた。


 ……なぜ目を閉じる必要がある。

 あ、いや、そこじゃねえ。


「なにしてるんだ?」

「食べさせてください」


 ……恋人というより、餌をもらう前の雛鳥のように見えるのだが。

 とにかく、僕は卵焼きをつかんで青手木の口に放り込む。

 何事もなく食べている。やっぱり、なんとも無いようだ。


「……そういえば」

「ん? どうした?」


 ぽつりとつぶやく青手木。


「他の人と一緒にご飯を食べるのは初めてです」

「……」


 確かに青手木は学校でも一人で弁当を食べていた。

 いつも一人でいるというイメージが強い。


 ……僕も人のことは言えないけど。


「友達と、ということだよな?」

「いえ、一人以外で食べることです」

「その言い方だと、家族とも一緒に食べたことがないように聞こえるぞ」

「そう言ったつもりですけど」

「いやいや、待てよ。そんなわけないだろ」

「……どうしてしょうか?」


 本当にわからないといった感じで、首をかしげる青手木。


「子供の頃はどうしてたんだよ? 一人で食べれなかった時は」

「メイドに食べさせてもらっていました」

「青手木の両親はそんなに仕事が忙しいのか?」

「いえ。どちらも仕事はしていません」

「……え? いや、だって、それじゃ……」

「私の家がどうして、あそこまでお金持ちか不思議ですか?」

「ああ」

「元々、母方の親がお金持ちらしいです。私から見れば、祖父ですね」

「らしいって……」

「よくわからないんです。実際に会ったこともありませんし」

「……」


 おっと。

 なんか、話が重そうだな……。

 あまり聞いちゃいけないことだったか?


 僕はもういいと言おうとしたが、青手木は淡々と話を続ける。


「父親の方も、財閥の一人息子らしいです。そこからもお金が入ってくるみたいですから」

「……自分の父親のことなのに、随分と曖昧な言い方するんだな」

「こちらも、話を聞いただけで実際会ったことがありません。ですから、はっきりと言うことはできないんです」

「……会ったことがない? も、もしかして、その……」

「いえ、生きているはずですよ」

「だったら、どうして会ったことがないんだ? 自分の子供だぞ」

「生物学的には親ですが、法律的には……戸籍上では親ではありません。特に育てる義務はないのでしかたないと思います」

「ど、どういうことだよ?」

「私、妾……今の言葉で言うと愛人の子供なんです。遊びで付き合っていたら、私が出来た、と母が言っていました。父親の方もどこかの官僚の娘と婚約が決まっていたらしく、母と結婚することはできなかったようです」

「……そっか。辛かったな」

「辛い? そう思ったことはありませんけど」

「……」


 無表情のまま答える青手木。

 本当にそう思っているのか、強がりを言っているのかはわからない。

 それ以上、何も聞くことができなかった。青手木もそれからは何も話そうとはしない。


 僕たちは無言のまま、交互に食べさせ合ったのだった。

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