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第10話 初デートの企み

 日曜日。

 午前九時四十五分。

 遊園地『スリス』の入口前。

 僕は物陰に隠れながら、その場所を見ていた。


「……やっぱり、もう来てたか」


 高そうな白いコートを着た青手木が、一人ポツンと立っている。

 一応、デートということを意識したのか、いつもとは違う感じの服を着ている。


 ……高そうな服だな。

 まあ、似合ってるけど。


 スリスの開園時間は十時。

 そもそもほとんど客がいない遊園地だから、開園前から来ている人間は皆無だ。

 だから、物凄く青手木が目立っている。

 で、僕はここで何をやっているかというと、作戦一を実行しているのだ。


 名づけて、『遅刻作戦』。


 ……まんまだな。


 とにかく、待ち合わせ時間に遅れるという作戦だ。

 しかも、五分や十分じゃなく、一時間単位で。

 まあ、正確に言うと青手木が怒って帰るまでだ。

 つまり、僕は青手木とデートをする気はない。


 青手木が帰ったのを確認後、青手木の携帯に電話して(無理やり番号交換をさせられた)逆ギレするという作戦だ。

 それまでは、青手木から、かかってくる電話は全て無視。

 ここまですれば、さすがの青手木も僕のことを嫌いになるだろう。

 もう一つ。なぜ、僕が待ち合わせの時間よりも早く来ているのか。

 普通に考えれば、遅れてきても作戦に支障はない。

 それどころか、青手木が帰るまで隠れて見ているなんて、時間の無駄だと思うだろ。


 が、甘い。それは素人の考えだ。


 作戦とは言え、僕が誘ったのに相手を待たせるんだぞ。

 罪悪感があるじゃねーか!


 少なくても、相手と同じ時間は待つ。

 これで少しは僕の心も安定するというものだ。

 それにしても、この日を迎えるまで、本当に長く感じた。


 青手木とデートの約束をしてから、日曜日までの間、僕の家にこさせるわけにはいかないので、僕が青手木の家に行って、見送ってもらうという方法を取った。

 わざわざ遠回りして。

 いつもより早起きして。


 帰りも青手木の家に寄って、お出迎えをしてもらってから、帰宅するという虚しい行為を続けた。

 家に帰ると、前の日、どんなに綺麗にしていても、部屋の中が荒らされているのには、本当に凹んだ。

 僕が学校に行っている間に、青手木が掃除をしに来ているのだろう。

 幸い、授業中だから、他の生徒に見られるということはなかった。


 ……本当に長かった。

 この一週間、元々短かった睡眠時間は、さらに半分になっていたし、朝、青手木の家に寄った時に渡される、手作り弁当を処理する(食べる)のが、本当に辛かった。


 が、それも今日で開放される。

 そう思うと、今までの疲れも吹っ飛ぶというものだ。

 その時、冷たい風が吹く。


 うおっ! 寒っ!


 目の端に自動販売機が写ったが、頭を振って、青手木の監視に戻る。

 ……暖かいものが飲みてぇけどな。金がもったいない。

 くそっ、家からお湯を持ってくれば良かった。

 また、冷たい風が襲いかかってくる。


「……ち、ちくしょう」


 僕は自動販売機まで走り、財布を開ける。

 残金二百八十円。


 ……あぶねえ。

 よくこれで月見里さんをデートに誘ったな、僕。


 給料日まで、あと二日。

 ここでなけなしの金を使ってもいいものだろうか。

 そんな僕の悩みを吹き飛ばすように、風が吹く。


 無理!


 僕は素早く、二百四十円を入れる。

 ホットココアと……青手木はコーヒーで良いかな。

 ガコンと二回音がした時、僕はハッとする。


 ……青手木の分はいらなかっただろ。


 ここでコーヒーを持って青手木のところに行けば、僕の計画が破綻するところだった。

 今行ったら、十分の遅刻くらいになってしまう。

 それじゃ、リアルの遅刻だよ。

 二本の缶を持って、さっきの場所に戻る。

 相変わらず入口には、青手木一人だけが立っていた。




 十二時十分。

 つまり、待ち合わせ時間から二時間以上が経過している。

 その間、青手木は微動だにしないで、同じ姿勢で立ち続けていた。


 ……絶対、あいつロボットだろ。


 きっと僕の人生を狂わせるために未来からやって来たに違いない。

 待っている二時間、青手木は僕に電話をかけることはなかった。


 いや、それくらいはしろよ。

 青手木くらい美人だったら、誰かに声をかけられるんじゃないかって思ったけど、二時間が経って、入っていった客は二組のカップルだけだった。

 入っていくとき、不思議そうな目で青手木を見ていったけど。


 にしても、そろそろ帰ろよ。

 見てて、痛々しいだろ。

 せめて、動け。まさか、待っている間に石になったとかか?


 ……。


 なんで、そこまで待ってられる。

 二時間だぞ。怒って帰れよ。


 ……。


 相変わらずの無表情の青手木。

 くそ。全く動こうとしない。


 ……。


 ダメだな。

 恐らく、一日待たせたところで帰らないだろう。

 ヘタをすれば、明日になっても動かないかもしれない。


 ……作戦失敗だな。


 僕はため息をついて、青手木の元へと走った。


「何で帰らないんだよ」


 声をかけると、青手木は僕の顔を無表情で見上げる。

 そして、いつも通り、淡々と答えた。


「帰る理由がありません」

「二時間も遅刻したんだぞ。理由としては十分だと思うけどな」

「私は、そうは思いません」

「……悪かった」

「何がですか?」

「遅れてきて。本当にごめん」

「気にしてません」


 ……いっそ、恨み言の一つでも言って欲しかった。


 これじゃ、僕が悪者じゃないか。

 まあ、今回は完全に僕が悪いんだけど。

 ……反省。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 僕が歩き出すと青手木は隣にやってくる。

 並んで歩く、僕と青手木。

 幸い、この遊園地は入園料がかからない。

 入口の門をくぐる。


 うーん。

 本当に人がいないなぁ。


「デートというのは、何をするんですか?」


 不意に青手木が聞いてくる。


「そりゃ……」


 遊園地に来てるんだ。

 乗り物に乗るに決まっている。

 が、さすがに乗り物に乗るには金がかかる。


 青手木に言えば、出してくれそうだが、それだけは絶対にダメだ。

 格好悪すぎる。

 ……遅刻した上に奢ってもうらうって、男として最低だろ。


「一緒に歩くんだ」

「そうですか」


 黙って歩き続ける青手木。

 それで納得できるんだ。ある意味すげえよ。

 お互い、沈黙したまま十五分ほど並んで歩く。


 ……なんだこれ?

 全っ然楽しくねえ。

 デートってこんななのか?


 その時、僕たちの前をカップルが走って行った。

 仲良く手を繋いで。

 突然、青手木が立ち止まった。


「ん? どうした?」

「先ほどの二人……夫婦でしょうか?」

「いや、大学生くらいだったから付き合っているだけだろ」

「……それでは、まだ婚約の状態ということでしょうか」

「うーん」


 どうやら、青手木の中では付き合うというのは結婚前提という認識らしい。

 実に重たい。


「私たちと同じということですね」

「まあ、そう……なのかな?」


 一瞬、違うと言おうかと思ったが、面倒なので止めた。

 頑張って説明したところで、絶対に理解してもらえないだろうし。


「それでは……」


 青手木がスっと手を出してくる。


「……なんだ? 何か欲しいのか?」


 奢って欲しいなんて、無理だぞ。僕の財布には四十円しか入ってないんだからな。


「手をつなぎましょう」

「……は?」

「先ほどの人たちみたいに」

「……」


 まあ、付き合ってるなら、手をつなぐくらい当たり前だろう。

 かと言って、僕たちもそうするのは抵抗がある。

 このままだと、完全に青手木のペースに引き込まれてしまう。


「……どうかしましたか?」


 無表情で、ジッと僕の顔を見てくる。


「つないでいただけないんですか?」


 なんだ、この重圧は?

 やめろよ、真顔でプレッシャーかけるの。

 あー、もう。わかったよ。


「ほらよ」


 僕は青手木の手を握る。


 これはサービスだ。

 作戦とは言え、二時間も待たせたんだからな。

 これくらいはしてやらないと。


 なんだかんだ言って、僕って流されてばっかりだよな。

 そんなことを考えながら歩く。

 繋いだ青手木の手は冷え切っていた。


 僕は罪悪感に苛まれながら、繋いだ手に力を込める。

 僕の手で、少しでも青手木の手を温めてやりたかった。

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