月明かりが僕と青手木を照らす。
僕の家から青手木の家までは、街灯がほとんどない道だった。
こんな道を青手木一人で帰らせるわけにはいかず、家まで送って行っているのだ。あくまで、仕方なく。
青手木は、朝、僕の家に着いた時にリムジンを一旦帰したらしい。
そういえば、僕が家を出るときにはリムジンは停ってなかった。
だから、帰るときに電話して迎えに来てもらうはずだったが、携帯の電池が切れてしまったのだという。
しょうがないから、僕のを貸してやろうとしたが、番号を覚えてないとあっさりと言いやがった。
……いや、家の電話番号を忘れるなよ。
ホント、肝心なところで抜けてるよな、こいつ。
で、青手木は平然とした顔で、歩いて帰ろうとした。
すでに深夜一時を過ぎているのにだ。
この辺は別に治安が悪いってわけじゃないけど、何かあったら僕の後味が悪い。
ただ、それだけだ。
「おい。なんで、後ろを歩いてるんだ?」
歩きながら振り向く。
青手木は僕の家からずっと、僕の斜め後ろを歩いていた。
「妻というものは、夫の三歩後ろを歩くものです」
それ、かなり古い情報じゃねえのか?
一体、誰が青手木に夫婦像を教えたんだ?
……青手木の親がそうなんだろうか?
「とにかく、話しづらい。横を歩け」
「……でも」
「妻は夫の言うことを聞くもんじゃないのか?」
「……」
青手木は黙って僕の隣を歩き始める。
……しまった。
今のは失言だ。
青手木を妻と認めるような発言だった。
今度からは気を付けよう。
ホントに。
「なあ、青手木。朝は僕の家に来なくていいぞ。お前がいなくても、ちゃんと起きるし、朝ごはんも食べる」
……ちゃんと起きるのはホントだが、朝ごはんは嘘だ。
だって、金ねえし。
「いえ。お見送りさせていただくために、イノリさんの家に行きます」
うーん。なんか変な感じだな。お見送りをするために、わざわざ家に来るって。大体、お見送りって一緒に住んでないと意味ないんじゃないのか?
「僕が来なくて良いって言ってもか?」
「これだけは譲れません」
……まったく、変なところで頑固者だな。
恐らく、どんなふうに説得しても、曲げたりしないだろう。
大体、こいつの性格もわかってきた。
となれば、やはりあの作戦を実行に移すしかない。
「なあ、青手木。今度の日曜、デートしないか?」
「デート……ですか?」
くっ! 本当はデートという言葉を使いたくなかったが、仕方ない。
「ほら、全然お互いのことを知らないのに、結婚なんてできないだろ?」
「知る必要があるのでしょうか?」
……おいおい。
マジかよ。ホント、結婚してくれるなら誰でもいいんだな。
それなら、僕じゃなくて、他の人を探してくれよ。
「とにかく、一般的に結婚する前にはデートをするもんなんだ。だから、な? デートしようぜ」
……なんで、僕が頼む方になってんだろう。
なんか、理不尽だ。
いやいやいや。
これは作戦なんだ。
「わかりました。デートさせていただきます」
「じゃあ、今度の日曜、朝の十時に待ち合わせな。場所は『スリス』の入口で」
スリスと言うのは、この街にある、二つの遊園地の古い方のことだ。
「わかりました」
よし! 上手くいった。
僕の作戦はこうだ。
青手木に嫌われるためには、ある程度時間がかかる。
それを僕の家でやっていたのでは、いつ、また変な噂が立つかわからない。
だから、デートという形で、外に連れ出し、そこで嫌われるようなことをするしかない。
場所を遊園地にしたのは、あそこならほとんど誰もいないからだ。
さらに、今度の日曜、月見里さんは『dawn』の方に行くと言っていたから、まず鉢合わせすることもない。
うーん。我ながら完璧な作戦だぜ。
「送っていただいて、ありがとうございました」
気がつくと、目の前に物凄い豪邸が現れていた。
ここが、青手木の家か。
よくテレビとかで出てくる、アメリカの富豪の家って感じだ。
とにかくデカイとしか言い様がない。
「今、リムジンを手配するので待っててください」
「あ、いや、良い。歩いて帰る」
「いけません」
「走って帰りたいんだよ。最近、体力が落ちてきてるしさ」
もちろん嘘だ。リムジンに乗るわけにはいかないからな。
「とにかく、日曜日は空けとけよ。じゃあな」
僕は青手木の返事を待たずに走り出す。
これで作戦の第一段階は成功した。
あとは当日、どうやって青手木に嫌われるかだ。
……それにしても。
僕は月を見ながらぼんやりと考える。
人生初のデート。
月見里さんとじゃなくて、青手木とになっちまった。