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第9話 デートの約束

 月明かりが僕と青手木を照らす。


 僕の家から青手木の家までは、街灯がほとんどない道だった。

 こんな道を青手木一人で帰らせるわけにはいかず、家まで送って行っているのだ。あくまで、仕方なく。

 青手木は、朝、僕の家に着いた時にリムジンを一旦帰したらしい。


 そういえば、僕が家を出るときにはリムジンは停ってなかった。

 だから、帰るときに電話して迎えに来てもらうはずだったが、携帯の電池が切れてしまったのだという。

 しょうがないから、僕のを貸してやろうとしたが、番号を覚えてないとあっさりと言いやがった。


 ……いや、家の電話番号を忘れるなよ。

 ホント、肝心なところで抜けてるよな、こいつ。


 で、青手木は平然とした顔で、歩いて帰ろうとした。

 すでに深夜一時を過ぎているのにだ。

 この辺は別に治安が悪いってわけじゃないけど、何かあったら僕の後味が悪い。

 ただ、それだけだ。


「おい。なんで、後ろを歩いてるんだ?」


 歩きながら振り向く。

 青手木は僕の家からずっと、僕の斜め後ろを歩いていた。


「妻というものは、夫の三歩後ろを歩くものです」


 それ、かなり古い情報じゃねえのか?

 一体、誰が青手木に夫婦像を教えたんだ?

 ……青手木の親がそうなんだろうか?


「とにかく、話しづらい。横を歩け」

「……でも」

「妻は夫の言うことを聞くもんじゃないのか?」

「……」


 青手木は黙って僕の隣を歩き始める。


 ……しまった。

 今のは失言だ。

 青手木を妻と認めるような発言だった。

 今度からは気を付けよう。

 ホントに。


「なあ、青手木。朝は僕の家に来なくていいぞ。お前がいなくても、ちゃんと起きるし、朝ごはんも食べる」


 ……ちゃんと起きるのはホントだが、朝ごはんは嘘だ。

 だって、金ねえし。


「いえ。お見送りさせていただくために、イノリさんの家に行きます」

 うーん。なんか変な感じだな。お見送りをするために、わざわざ家に来るって。大体、お見送りって一緒に住んでないと意味ないんじゃないのか?

「僕が来なくて良いって言ってもか?」

「これだけは譲れません」


 ……まったく、変なところで頑固者だな。

 恐らく、どんなふうに説得しても、曲げたりしないだろう。

 大体、こいつの性格もわかってきた。

 となれば、やはりあの作戦を実行に移すしかない。


「なあ、青手木。今度の日曜、デートしないか?」

「デート……ですか?」


 くっ! 本当はデートという言葉を使いたくなかったが、仕方ない。


「ほら、全然お互いのことを知らないのに、結婚なんてできないだろ?」

「知る必要があるのでしょうか?」


 ……おいおい。

 マジかよ。ホント、結婚してくれるなら誰でもいいんだな。

 それなら、僕じゃなくて、他の人を探してくれよ。


「とにかく、一般的に結婚する前にはデートをするもんなんだ。だから、な? デートしようぜ」


 ……なんで、僕が頼む方になってんだろう。

 なんか、理不尽だ。


 いやいやいや。

 これは作戦なんだ。


「わかりました。デートさせていただきます」

「じゃあ、今度の日曜、朝の十時に待ち合わせな。場所は『スリス』の入口で」


 スリスと言うのは、この街にある、二つの遊園地の古い方のことだ。


「わかりました」


 よし! 上手くいった。


 僕の作戦はこうだ。

 青手木に嫌われるためには、ある程度時間がかかる。

 それを僕の家でやっていたのでは、いつ、また変な噂が立つかわからない。

 だから、デートという形で、外に連れ出し、そこで嫌われるようなことをするしかない。


 場所を遊園地にしたのは、あそこならほとんど誰もいないからだ。

 さらに、今度の日曜、月見里さんは『dawn』の方に行くと言っていたから、まず鉢合わせすることもない。

 うーん。我ながら完璧な作戦だぜ。


「送っていただいて、ありがとうございました」


 気がつくと、目の前に物凄い豪邸が現れていた。

 ここが、青手木の家か。

 よくテレビとかで出てくる、アメリカの富豪の家って感じだ。

 とにかくデカイとしか言い様がない。


「今、リムジンを手配するので待っててください」

「あ、いや、良い。歩いて帰る」

「いけません」

「走って帰りたいんだよ。最近、体力が落ちてきてるしさ」


 もちろん嘘だ。リムジンに乗るわけにはいかないからな。


「とにかく、日曜日は空けとけよ。じゃあな」


 僕は青手木の返事を待たずに走り出す。

 これで作戦の第一段階は成功した。

 あとは当日、どうやって青手木に嫌われるかだ。


 ……それにしても。


 僕は月を見ながらぼんやりと考える。

 人生初のデート。


 月見里さんとじゃなくて、青手木とになっちまった。

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