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第8話 真夜中の惨状

 異変はすぐに感じることができた。


 というのも、僕の家のドアに鍵がかかってなかったからだ。

 いつも学校帰りにそのままバイト先に行くので、家に帰るのは十二時を過ぎる。


 今は深夜の十二時十分。

 なぜこの時間に鍵が空いているのか?

 今日の朝、僕はドアに鍵をかけずに学校へ行った。

 青手木が家にいたからだ。


 ……あいつ、まだいるのか?


 一瞬、青手木が鍵をかけ忘れて帰ったのかと思ったが、人がいる気配がする。

 泥棒という線も頭をよぎったが、取るものがないのに長居はしないだろう。


「……ただいま」


 玄関でそうつぶやくと、奥から青手木が歩いて来る。

 三つ指添えて頭を下げる青手木。


「お帰りなさいませ」


 うーん。なんか、この光景も慣れてきたなぁ。

 って、ダメだろ!

 いつの間にか、受け入れている自分に喝を入れる。


「どうして、家にいる?」

「お出迎えするのは、妻として当然です」

「言うと思ったよ」


 こんなやり取りにも、すっかりお馴染みになってしまった。


「僕が帰ってくるまで待ってたのか?」

「もちろんです」

「暇だったんじゃないか?」

「いえ、お掃除してましたから」

「……なに?」


 急いで靴を脱ぎ、青手木の横を通り抜けてリビングまで走る。

 確かに、キッチン(というほど立派ではないけど)までは入ることを許した(いや、許してはいないが)。

 だけど、部屋まで荒らされたのではたまらない。

 大体、僕の部屋は掃除するほど汚くない。というか、散らかるほど物がないのだ。


 ……しかし。


 部屋は見事に荒らされていた。

 そう、文字通り、荒らされていたのだ。

 部屋の中は、物が散乱している。

 泥棒だって、ここまではしないだろう。


 タンスの中の服が全て引っ張り出され、本棚にある数少ない本も床にばらまかれている。

 一番びっくりしたのが、足の踏み場もないほど、何かの欠片が散乱していたことだ。

 拾って、よく見てみると、それは皿や茶碗の破片だった。

 さらに所々、赤いものが落ちている。


 どう見ても血だよな、これ。怖ぇよ。

 へえ、僕の部屋って結構、物があったんだな。

 ……ん? 違う。そうじゃない。


「青手木」

「はい」


 いつの間にか横に立っていた青手木が無表情のまま返事をする。


「お前、掃除してたって言ってたよな?」

「はい」

「これはどういうことだ?」

「すいません。まだ、掃除の途中だったんです」

「逆に散らかってるよ!」

「……?」

「いやいや。何言ってんの? って顔するなよ! 僕が出ていくよりも明らかに部屋が汚くなってるだろ! 掃除の途中ってレベルじゃねーって」

「……夕御飯の支度、してませんでした」


 ポツリと青手木がつぶやく。鮮やかなスルースキルだった。


「大丈夫だ。もう食べたから」


 こんな疲れた状態で青手木の料理を食べさせられたら、さすがに死んでしまう。

 バイトで夕御飯が出たことをこれほど感謝したのは初めてだ。


「では、掃除の続きをさせていただきます」


 青手木は破片を気にせず、裸足のままトコトコと歩き出す。

 その歩いたところには、赤いものが足跡のように着いていく。

 やっぱり、青手木の血だったのか。


「青手木、ストップ」

「……なんでしょう?」


 何事もなかったように振り向く青手木。

 ……こいつ、神経通ってないんじゃないか?


「血が出てるぞ」

「……そうですね」


 自分の血の跡を見下ろす青手木。

 すると何を考えているのか、近くにあった僕の服(白のTシャツ)で血を拭いた。


「おい! 何してんだよ!」

「汚れていたので、拭きました」

「僕の服を使うなよ!」

「……?」


 なんとなく、この部屋がこうなった理由がわかった気がする。


「とにかく、こっちに来い。あ、破片を踏まないようにな」


 本や服の上を踏んでやってくる青手木。もちろん、血の足跡をつけながらだ。

 さよなら。

 僕の本と服たち。


「ここに座れ」


 壁に立てかけていた、折りたたみ式の椅子を広げて座らせる。

 そして、青手木の足の裏を見る。案の定、傷だらけになっていた。


「ちょっと待ってろ」

「でも、まだ掃除の途中です」

「いいから、動くなって」

「……はい」


 僕は破片を踏まないように押入れまで移動する。

 押し入れの奥に置いてある救急箱を持って、青手木の元へと戻る。

 包帯を取り出し、青手木の足に巻いていく。


「自分でやります」

「動くなって言ってるだろ」

「……はい」


 青手木は真面目に掃除をしたんだろう。

 一時間や二時間じゃ、ここまでここまではできない。


 ……頭が良いのに、運動もできるのに、抜けていて不器用なんだな。


 青手木は無表情のまま、僕が包帯をしていくのを黙って見ている。

 でも、どこかバツの悪そうな感じがするのは気のせいだろうか。

 うっ、ヤバイ。少し、可愛いって思っちまった。


「青手木、今日はもう帰れ」

「……でも」

「もうこんな時間だ。親も心配するだろ」

「親は家にいません」

「ん? そうなのか?」

「三ヶ月に一度、帰ってくるかどうかです」

「ふーん」


 まあ、金持ちってそういうものなのかもな。

 きっと仕事が忙しいんだろう。

 ということは、家に帰っても一人か。寂しいだろうな。


 僕も一人暮らしを初めて二年目だけど、今でも時々寂しいって感じることがある。

 学校でも友達がいないから、月見里さんが唯一の僕の癒しだ。

 青手木はその友達すらいない。どう思っているんだろうか。


 って、ダメだ。変に感情移入するなって。


「とにかく家に帰れ。これは命令だ」

「……わかりました」


 少し寂しそうに青手木は答えた。

 相変わらずの無表情だったけど。

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