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第7話 遊園地のお誘い

 一時間目終了後。ようやく朝の衝撃が落ち着き、眠気が襲ってきていた。

 いつものように休み時間は寝て過ごすことにしよう。


「ねえ、イノリ君、ちょっと良いかな?」


 ちょうどうつ伏せになろうとした時に、後ろから声がした。

 振り向かなくてもわかる。月見里さんの声だ。

 というか、そもそも僕に話しかけてくるのは月見里さんしかいない。

 僕は勢い良く振り向く。


 後ろで手を組んで、立っている月見里さんがいた。

 いたずらっぽく微笑んでいる。


 ヤバイ。本当に可愛い。


「な、なに? ど、どうかした?」


 思わず声が上ずってしまった。教室で話しかけられるなんて、本当に久しぶりで、びっくりしたからだ。


「イノリ君ってさ、青手木さんと付き合ってるの?」

「……え?」

「今日の朝、イノリ君のアパートの前にリムジンが停ってたって、話題だよ」

「……」

「沼っちが……。あ、弓道部の子ね。朝、通りかかった時に見たんだってさ」

「……」


 くそ、油断した。

 確かにリムジンなんか目立つからな。

 この街でリムジンを持ってるなんて、青手木の家くらいしかないだろう。


「婚約まで進んでるって聞いたけど、実際どうなのかな?」

「……」


 マズイ。非常にマズイ。


「あとあと、あの噂ってホントなの?」

「え? あの噂?」

「青手木さんって、誰とでも付き合うらしいけど、それには条件があるって」

「なに?」

「婚姻届けに名前を書かせるって話だよ。付き合うイコール結婚ってことだね。青手木さん、美人だけど、結婚までって言われると皆、引くみたい。そりゃそうだよね。高校生で結婚までは考えられないって」


 やけにテンションが高い月見里さん。

 嫉妬の微塵も感じられない。

 どちらかというと、噂話に沸く、一般的な女生徒のようだ。


「ま、まさか。そんな話、デ、デマだよ」


 かろうじてそう言うのが精一杯だった。


「そうなんだ? でも、付き合うなら真剣にね。結婚までは考えないにしても、大切にしてあげるんだよ」

「い、いや、違うって。デマって言ったのは、青手木と付き合ってるってところ」

「あれ? そうなの? じゃあ、リムジンの話は?」

「そ、それは……その……。あ、そう。忘れ物を届けにきてくれたんだ。あいつ、結構律儀なところがあってさ」

「忘れ物? 青手木さんの家に行ったの? イノリくん」

「ああ、いやいやいや。ほ、ほら、その、学校でだよ。なんかさ、青手木のカバンの中に、僕の教科書が入ってたみたいでさ」

「……なんですと?」


 首を傾けて考え込む月見里さん。


 くっ、やっぱり、苦しいか?

 まあ、そりゃそうだろう。僕と青手木の机は離れている。

 教科書が混じるなんてことは、ほぼ百パーセントないだろう。


「そ、それよりさ! 月見里さん、今度の日曜休みって言ってたよね? どこか遊びに行かない?」

「およ?」


 月見里さんの顔がキョトンとなる。


 ……はっ!

 今、僕、苦し紛れに何て言った?

 さりげなく月見里さんをデートに誘ったんじゃないのか?


 偉いぞ!

 僕!

 さすがだ、僕!

 勢いに任せて、長年でできなかったことをやったぞ!


 しかし、月見里さんは寂しそうな顔をして、


「うーー。ごめんね」


 と、両手を顔の前で合わせて謝ってきた。


 フラレたーーーーーーー!!!

 ショック……。

 一日暇だけど、僕と出かける暇はないと。


 まあ、そりゃそうだろう。

 僕と月見里さんの関係なんて、朝、ちょっと話すくらいの仲だ。


 でも改めて、面と向かって断られると凹むな。

 やっぱり、脈がなかったのか……。


「今度の日曜日、弓道部の皆と『dawn』に行くことになったんだ。大会前のリフレッシュってことでさ」

「え? 『dawn』? 遊園地の?」


 この街には二つ遊園地がある。

 一つは潰れかかった、古い遊園地。で、もう一つが話に出てきた『dawn』だ。

 『dawn』は最近オープンした、最新の乗り物がそろっている。


 噂では一つの乗り物に乗るのに、一時間待ちが当たり前らしい。

 ……そんなの待ち疲れするだけだろ。

 でも、とりあえず先約があるから、僕の誘いを断ったということに安堵する。

 月見里さんは友達を大事にする人だ。

 その友達と一緒に遊びに行くなんて、本当に久しぶりだろう。ぜひ、楽しんできて欲しい。


 朝、月見里さんの机に集まって話していたのは、その計画を立てていたのだろう。

 チャイムが一時間目の休み時間の終りを告げる。


「ホントごめん。今度、また誘ってね」


 そう言って、去っていく月見里さん。

 ふう。なんとか誤魔化せた。

 でも、これは良い方に転がったんじゃないか?


 月見里さんは「また誘って」と言ってくれた。

 これで次はもっと誘いやすくなったと思う。


 ……社交辞令な感は、ものすごくあるけど。

 まあ、気にしない。

 悲しくなるから。


 それにしても、厄介だな。

 家の中なら青手木との会話が聞かれないから、嫌われるのはちょうどいいかと思っていたけど、完全に逆だった。

 青手木が僕の家に通っていると噂になれば、今度こそ誤魔しきれない。

 青手木にリムジンを使うなと言ったところで、家の付近を歩いているのを見られたら意味がない。


 となると、僕の家はダメだ。テリトリー内と言っても、リスクが大きすぎる。

 やっぱり、外で、誰も見てないところで、だよなぁ。

 そう考えながら、二時間目の先生が来るまでの時間を寝るために、僕は机に突っ伏したのだった。

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