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第6話 進まない計画

 十五分後。

 僕はなんとか現世に留まっていた。

 脂汗を流し、這いつくばっているが、かろうじて生き延びた。

 二、三度、意識が遠のいたが、そのたびに脳裏に月見里さんの顔が浮かび、耐えることができた。


 ありがとう。

 月見里さん。

 あなたは、僕の命の恩人です。


 最後の付け合せのレタスを食べさせられた時(なんと、驚くことに、レタスも爆発物だった。調理されていないのにだ)僕は「こんな物食えるか」と言う言葉が口から出かかった。

 だが、僕は食べ物を粗末にしないことをポリシーとしている。

 そこを曲げるくらいなら、死んだほうがマシだ。


 まあ、あれを食べ物と分類するのかという議論は置いておいて。

 それに、僕の為に作ってくれた物だからな。残さず食べるのが礼儀というものだろう。

 とにかく僕は青手木の拷問を受けきったのだ。

 汗を拭い、息を整えて、僕は青手木の前へ座り直す。

 そして、両手を合わせる。


「ご馳走様でした」


 いただきますで始まり、ご馳走様で終わる。

 それが僕の流儀だ。

 そんな僕の言葉が聞こえなかったかのように、全く反応しない青手木。


「……」


 ジッと僕の顔を見てくる(もちろん無表情)。


 ……やっぱり、ちょっとテレるな。

 青手木は少し(いや、物凄くか)奇抜な行動を取るが、かなりの美人だ。

 そんな青手木に見られると緊張してしまう。

 こうして見ると、男共が騒ぐもの分からんでもない。

 まあ、月見里さんには、負けるけどな。


「どうした?」

「イノリさんが初めてです」

「なにがだ?」

「私の料理を食べて、倒れなかったのは」

「そんな物を食べさせるなよ!」


 ふざけんな!

 自分の料理が危険って、知ってたんじゃねえかよ!

 それに初めてって……。

 よく、死ななかったな、僕。

 熊より強い男、千木良イノリ。


「イノリさんとは好みが合うようです。これなら結婚生活も上手くいくはずです」


 目の前で悶絶していたのに、好みが合うって……。

 こんなものを毎日食わされたら、1ヶ月で死ぬ自信があるぞ。

 早く青手木に嫌われなくては。まさか、命の危険まで関わってくるとは思わなかった。




「それでは、勉学、頑張ってください」


 青手木は玄関で三つ指ついて、頭を下げる。

 朝食のダメージを抱えながらも、必死で着替え(青手木が手伝おうとしたが、断固として断った)準備をして家を出るところだ。

 そろそろ出ないと、月見里さんとの甘美な朝の一時が送れなくなる。


「あー、うん。どうも」


 なんか、調子が狂う。

 ……それって、妻っていうよりメイドっぽくなってないか?


 今日も青手木には、学校を休んでもらうように言った(まあ、最初から行く気はなかったようだが)。


「五分待っていただければ、リムジンを呼びますが?」

「や、め、ろ!」


 そんなことをしてみろ。完全に青手木家にお婿に行ったと噂になる。


「お前も早く帰れよ」


 青手木は食器を洗うから、もう少し家にいるのだという。

 あまり、他人に家の中を触られたくないのだが、仕方ない。


「じゃ、行ってくる」


 僕がドアに手をかけた時だった。

 不意に、後ろに引っ張られる感覚がした。

 振り向くと、青手木が僕の制服の端を掴んでいる。


「……どうした?」

「忘れ物です」

「あん? 教科書は入ってるし、今日は体育もねえし、大丈夫だと思うぞ」

「違います」


 青手木は顔を上げ、目をつぶり、そっと唇を近づけてくる。


「ちょ、ちょっと待て! なんのつもりだ!」


 目を開けて、首を傾げる青手木。


「行ってきます、のキスですけど?」


 なんだ、その円満な夫婦像は?

 すげードキドキするだろ!


 僕は動揺を見破られないように、軽く咳をする。


「いいか、青手木。僕たちはまだ結婚してない。そういうことは、夫婦になってからだろ」

「……そうですね。失礼しました」


 そう言って、顔を離す青手木。


 ふう。危なかった。

 何とか僕のファーストキスは守ったよ、月見里さん。

 ……でも、ちょっと惜しいことしたかな?

 あー、いやいや。ウソウソ。嘘だから。

 それにしても……。

 青手木に嫌われるという計画……全く進んでねえな。




 学校に着いて、昇降口で十五分ほど待っていたが、月見里さんは来なかった。


 どうしたんだろう?

 今日は休みなのか?

 月見里さんが学校を休むなんて、初めてな気がする。

 僕の中では月見里さんは元気の塊みたいな存在だったから、風邪とは無縁だと思っていたのに。


 一瞬、朝練を休んだのではと思ったが、風邪で学校を休むよりも有り得ないことだ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、予鈴が鳴り始める。

 僕は慌てて教室へと向かった。



 教室に入ると、すでに月見里さんが席に座っていた。


 あれ?

 今日、休みじゃなかったんだ?

 やっぱり、朝練を休んだのかな?

 あとは、早く終わった、とかか?


 朝の幸せな一時を過ごせなかったことにショックを受けながらも自分の席に着く。

 ぼんやりと月見里さんを見る。


 ……可愛い。


 いつもだったら、先生が来るまで寝に入るところだが、朝の一件(青手木)のせいか、全く眠気がない。

 よし、今日はホームルームまで、月見里さんを眺めていよう。

 朝に話せなかった分、目で見て堪能しよう。

 などと、若干ストーカーじみた行為に及んでいると、あることに気づく。


 月見里さんの机の周りには、五人ほどの女子たちが取り囲んでいた。

 珍しいことに、そこには細谷がいない。


 ……五人ともクラスの奴じゃない。

 他のところの生徒か?

 でも、全員見たことある気がするな。どこでだ?


 そう思った瞬間、すぐに思い出す。

 ああ、弓道部の奴らだ。


 僕は毎回、弓道部の試合には応援(というか、隠れて見てるだけだが)に行っている。

 だから、弓道部員は見たことがあるのだ。名前までは知らないけどな。


 それにしても、弓道部の奴ら、うちのクラスで何やってるんだ?

 あの様子だと、随分前からこの教室にいたようだ。

 ……今日は朝練、休みだったんだろうか。珍しい。


 その時、クラスの担任が教室に入ってくる。


「ほらほらー、ホームルーム始めるよー。他のクラスの生徒は教室に戻りなさーい」 


 うん。相変わらず、トロい話し方だ。 


「はーい。それじゃ、カヤ、また後でね」


 弓道部の奴らが教室を出ていく。


「それじゃ、ホームルーム始めますよー」


 僕の眠気を誘うように、ホームルームが始まったのだった。

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