リビング。
僕はちゃぶ台の前に、乱暴に座る。
そして、不機嫌な顔をしてみせる。
あくまで、本当は食べたくないのに、無理やり食べされられるという雰囲気を出すためだ。
チラリとちゃぶ台の上を見ると、そこには料理が並んでいた。
出来立てなのか、湯気が立っている。
さすが女の子が作っただけのことはある。
色鮮やかで、美味しそうだった。
オーソドックスな卵焼きに始まり、肉じゃがに、一口大に切ってあるステーキ。
野菜とお肉の炒め物。
それに、付け合せのレタスも新鮮で美味しそうだ。
うわ、すげえ。
久々のご馳走だ。
……おっと、危ない危ない。
不機嫌な顔、不機嫌な顔。
「気に入っていただけて嬉しいです」
青手木がお盆を持って歩いて来る。
嬉しいなら、笑顔くらい浮かべたらどうだ。顔の表情が一ミリたりとも動かなかったぞ。
「べ、別に喜んでなんかない」
「口元が緩んでました」
……くそ、戻すのが遅かったか。
でも、せっかく僕の為に作ってくれたのに、迷惑そうにするのは人としてどうだろう。
ここは素直に受け入れておくか。
「どうぞ」
青手木は僕の前に味噌汁とご飯を置いた。
味噌汁はワカメと豆腐が入っている。
ご飯も炊きたてなのか、美味しそうに光り輝いていた。
「あれ? ……お前、自分の分は?」
「もちろん、食べてきました」
……てっきり、一緒に食べるんだと思ってた。
夫婦は一緒に食べるのが当たり前とか言って。
が、まあ、良い。
すると青手木は僕の正面に座るかと思いきや、横に座る。
「……なんで、そこに座る?」
「役目を果たすためです」
「役目?」
「これです」
青手木は足置きに置いてあった箸を手に取る。
そして、卵焼きをつかみ、こちらに差し向けた。
「あーん」
……なんだこれ?
普通、頬を染めながらとかやるやつじゃないのか?
無表情でって……。
青手木は箸を僕の口の前で止める。
僕が口を開けるのを待っているのだろう。
それにしても、その姿勢で微動だにしないとは。
こいつ、まさか精巧なロボットかなんかじゃないのか?
人間というよりも、作り物と言われた方が妙に納得するぞ。
と、まあ、そんなことばかり考えていても埒があかない。
諦めて僕は、両手を合わせて「いただきます」と言ってから、ゆっくりと口を開ける。
青手木は箸を僕の喉の奥まで突っ込み、つかんでいた卵焼きを放す。
つまり、直接、卵焼きを胃の中に落としたのだ。
なんてことしやがる!
そう叫ぼうとした時だった。
腹部に物凄い衝撃が走る。
「ぐっ!」
僕は青手木をチラリと見る。
まさか、あの「あーん」は囮で、油断した僕の腹を殴ったのか?(それくらいの衝撃があった)。
……いや、まさかな。
青手木の左手は膝の上にあるし、第一、そんなことをする理由が見当たらない。
青手木は次に肉じゃがのイモを箸でつかみ、再び僕の口の前に持ってくる。
「あーん」
「ちょっと待て、青手木」
「……なんでしょうか?」
「今度は、ちゃんと噛ませてくれ」
「わかりました」
せっかくのご馳走だからな。ゆっくりと味わいたい。
今度は僕の口の中で、イモを落としてくれる。
あっ、しまった。
自分で食うって言えば良かっ……。
「ぐわっ!」
何かが口の中で爆発した。
僕は悶絶して、転げまわる。
うおおお。なんだ、これは。
口の中が痛い。
僕は恐る恐る、口の中に残っているイモを噛む。
「っ!」
再び衝撃が走った。
なん……だと?
完璧に舌が麻痺して、全く味が分からない。
……そんなことより、一体、どういう仕組みなんだ?
噛んだ瞬間爆発するような衝撃を受ける料理なんて聞いたことない。
青手木はイモの中に爆弾でも詰めたのか?
さっきの腹の衝撃も卵焼きが起こしたということか。
「美味しいですか?」
首をかしげて、青手木が尋ねてくる。
……いや、そういう次元の話しではない気がするんだが。
「料理の先生にも褒められたんです」
……え? マジですか。
「熊も殺せると言われました」
「褒めてねえだろ!」
……熊も殺せるって。
僕を殺す気なのか?
「……なあ、青手木。僕は財産とか無いぞ」
「……?」
あれ?
反応が薄い。
違うのか?
僕の遺産が目的じゃないのか。
まあ、そうだよな。
青手木は金持ちの娘なんだから。
それなら、なぜ僕を殺す必要がある?
……あれか?
未亡人とかに憧れてるとかか?
未亡人……。
萌える……のか?
「あーん」
僕の思考を無視するかのように、青手木はステーキを箸でつかんで僕の口元へと持ってくる。
卵焼きやイモが、あの威力だ。ステーキとなると、どんな衝撃が襲ってくるか、想像するだけでも恐ろしい。
そこで僕は一計を案じることにした。
「なあ、青手木。これ、味見したか?」
料理下手な奴の、ほとんどは味見をしない。
そして、その恐ろしいものを平気で他人に食べさせてくる。
それならどうすればいいか。
簡単なことだ。本人に食べさせてみればいい。
そうすれば、これは食べ物ではないと認識してくれるはずだ。
まさか、危険物と認識しながらも「食べろ」とは言ってこないだろう。
てか、それで言ってきたら、確実に青手木は僕を殺しにきているということだ。
「もちろん、味見しました」
「……なにっ!」
青手木の口から、全くの予想外の衝撃的な発言が飛び出す。
「え? これ、食ったのか?」
青手木はコクンと頷く。
ば、馬鹿な。
「な、なんともなかったのか?」
「……?」
まるで、僕が何を言っているのか、わからないといった感じで首をかしげる青手木。
「と、とにかく、食べてみろよ」
もしかしたら、この料理は時間が経つと爆発物に変わる仕組みになっているのかもしれない。
もしくは僕を殺すつもりで、味見をしたと嘘をついたかだ。
「はい」
青手木は僕の口の前まで持ってきていたステーキをあっさりと自分の口へと放り込む。
……どうやら、前者だったようだ。
悪いな、青手木。
自分で作ったものだ。
責任持って、自分で処理してくれ。
「美味しいです」
平然と相変わらずの無表情で言う、青手木。
我慢しているのかと思い、顔を見るが汗一つかいていない。
……ブラフではないみたいだ。
……マズイな。
どうやら青手木の味覚は、すでに崩壊しているようだ。
あれか? 毒を持っている生物はその毒の抗体を持っているというやつか?
つまり、この料理を危険物だと認識してもらうことは不可能。
……十七年か。
短い人生だったな。
僕は深呼吸して、青手木の拷問を受ける覚悟を決めたのだった。