クリスマスイブから2日後の12月27日。零夜は午後、年休を取って屋敷へと急いでいた。この日は仕事納めの日だったが、それ以上にヤツフサから「緊急のお知らせ」があると連絡が入っていたのだ。
(緊急のお知らせ……ただ事じゃない。幕張の地下の件か、それとも新たな脅威か……)
零夜の胸に不穏な予感が広がる。ヤツフサの口調はいつも冷静だが、今回はどこか緊迫感が漂っていた。屋敷の扉が見えると、零夜は深呼吸して気合を入れる。
「ただいま戻りました!」
扉を開けると、そこには仲間たちの姿があった。倫子、日和、トワ、アイリン、エヴァ、マツリ、エイリーン、そしてベル。皆、ヤツフサの呼び出しに応じ、急いで戻ってきたのだ。
「皆も来てたのですね」
「ええ。ヤツフサが幕張の地下について何か話があるって」
「え、何か分かったのですか?」
倫子の冷静な報告に対し、零夜が疑問に感じながら首を傾げる。するとヤツフサが鋭い目つきで全員を見渡した。小型フェンリルの耳がピンと立ち、尻尾がわずかに揺れる。その様子は、ただ事ではないことを物語っていた。
「全員揃ったな。今回の任務は大晦日に実行する」
「大晦日……ですか?」
零夜の声に驚きが滲む中、仲間たちは一斉に息を呑む。今すぐ動きたい気持ちを抑え、ヤツフサの次の言葉を待つ。
「そうだ。悪鬼の動向を追った結果、奴らは大晦日に幕張ネオンモールへ向かうことが判明した」
「悪鬼が!?」
ヤツフサの言葉に、屋敷内に衝撃が走る。倫子とベルは両手でくちをおさえ、日和は不安げに唇を噛む。トワの長いエルフの耳がピクリと動き、アイリンは「チッ」と舌打ちしながら猫耳をピクピクさせる。
「奴らと戦えば死闘は避けられない。いや、避けること自体が不可能だ」
「仇討ちのチャンスかもしれないけど……これは簡単にはいかないわね」
ヤツフサの声は低く響く中、トワが冷静に分析する。
幕張ネオンモールは巨大な商業施設だ。そこに悪鬼が現れるとなれば、戦闘は市民を巻き込んだ大混乱になる可能性が高い。しかも、ネオンモールには謎の遺跡が眠っているとされ、零夜たちはその秘密を解く任務を負っていた。もし悪鬼が先に遺跡に到達すれば、取り返しのつかない事態になる。
「奴らは私たちの居場所を特定し、転移で襲ってくる可能性もありますね」
「なら、先に遺跡に突入して待ち構えるしかないな。油断は禁物だぜ」
エイリーンが真剣な表情で緊張感をさらに煽らせ、マツリが角を揺らして拳を握る。全員が真剣に頷く中、エヴァが不安そうに口を開く。
「でも、大晦日って……ネオンモールで撮影やイベントがあるんじゃ……?」
「調べてみるわ」
アイリンがバングルを起動し、ウインドウを召喚。猫の尻尾がイラついたように揺れる。
アイリンがスクロールする画面を覗き込み、突然その動きが止まる。彼女の猫耳がピンと立ち、表情が凍りつく。
「幕張ネオンモール……大晦日に『逃走ロワイアル』の生放送撮影があるわ……」
「何!?」
「生放送!?」
アイリンの報告にその場にいた全員が絶句する。ヤツフサの小さな体がピクリと動き、鋭い目つきがさらに厳しくなる。
『逃走ロワイアル』は全国放送の人気番組だ。テレビ局のカメラが回る中での任務は、隠密行動を極めて難しくする。見つかれば、任務どころか大騒動に発展するだろう。
アイリンは番組に参加する名簿を確認し、さらなる衝撃が走る。
「参加者に……橘ヒカリと、WDG48の八重樫椿がいる……」
「ヒカリさん!?」
「つばきんまで!? これはマズいよ……」
零夜が声を上げてしまい、日和が顔を青ざめる。
ヒカリは零夜を支えてきたタレント兼親友であり、椿は日和のアイドル仲間だ。彼女たちに遭遇すれば、任務が混乱に陥るのは確実だ。さらに、名簿には他のタレント、ミュージシャン、芸人、スポーツ選手、一般人2人も含まれ、総勢8人の逃走者が参加する予定だった。
「テレビ局に見つかったら、任務どころじゃないわ……」
「秘宝のことを嗅ぎつけられたら、メディアが黙っていられませんね……」
倫子が冷静に言う中、日和が不安げに続ける。 その様子を見たベルは柔らかなミノタウロスの角が揺らし、母親のような落ち着いた声でアドバイスをする。
「なら、絶対に見つからない対策を練らないと。大晦日まで時間はあるし、すぐに作戦会議を始めましょう」
ベルの提案に全員が真剣に頷き、作戦会議が始まった。恐らくこの戦いは一筋縄ではいかないので、念入りに作戦を整える必要があるのだ。
「ステルス機能は使えない。隠れながら進むしかないわ」
「カメラが目を逸らした隙に、素早く動いて張り紙のあるポイントへ向かわんと」
「遺跡の謎は現地で確認するしかないわね。どんな仕掛けか分からない以上、臨機応変に動くわよ」
アイリンが腕を組みながらの意見に、倫子が真剣な表情で補足する。更にトワが冷静に意見を述べ、それに皆も頷く。
零夜たちは大晦日の戦いに向けて、細部まで議論を重ねる。この任務は失敗が許されない。悪鬼、テレビ局、逃走者たち――あらゆる障害を乗り越えなければならないのだ。
(この戦いは一筋縄ではいかない。今年の大晦日を無事に乗り切れるのか……)
ヤツフサは小さな体で全員を見渡し、心の中で祈る。悪鬼の脅威だけでなく、メディアやタレントの存在が任務をさらに複雑にしていた。
※
そして、ついに大晦日が訪れた。幕張ネオンモール前の広場に、零夜たち九人と一匹が集結する。全員が戦闘服に身を包み、緊張感が漂う。倫子の鋭い目、日和の不安げな表情、トワの冷静な佇まい。アイリンの猫耳がピクピク動き、エヴァのシルバーウルフの尾が低く揺れる。マツリの角が光を反射し、エイリーンの高身長なシルエットが威圧感を放つ。ベルのミノタウロスの角が優しく揺れる中、彼女は皆を落ち着かせるように微笑む。
「いよいよ任務開始です。まずは円陣を組んで気合を入れましょう!」
忍者服を身に纏う零夜が声を上げ、全員が円陣を組み始める。ヤツフサが中央に立つと同時に、小型フェンリルの鋭い目が全員を貫く。
「この任務は最初から危険だ。悪鬼、テレビ局、逃走者――数々の障害が待ち受ける。だが、それを乗り越えてこそ八犬士だ」
「ヤツフサさんの言う通り! 皆の力で、絶対に任務を達成する! 行くぞ!」
「「「おう!」」」
零夜の掛け声に、仲間たちが一斉に応える。円陣が解け、三つのグループに分かれ、それぞれがネオンモールの三つの謎を解くため動き出す。失敗は許されない。そう心に誓いながら……。
※
その様子を、遠くの電柱の影から見つめる男がいた。黒い忍び装束に身を包み、零夜と同じ忍者の姿。だが、その目は冷たく、どこか不気味な光を帯びている。
彼は左手首に着用しているバングルを起動し、通信を開始する。
「奴らは幕張ネオンモール内に入りました。私も向かいましょうか?」
『そうだな。我々も後ですぐに向かう。そして、邪魔する者がいれば容赦なく始末しろ。たとえ相手が子供でもな……』
「了解しました。作戦を実行します」
一礼と共に、男は瞬時に転移し、姿を消した。この瞬間、誰もが予想だにしない大騒動が幕を開けようとしていた――。