目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第88話 新たな強敵

 夜の街に響く金属音と叫び声。零夜とハスラーの一騎打ちは、クリスマスイブの喧騒を切り裂くように始まった。零夜の鋭い眼差しと、ハスラーの不敵な笑みが火花を散らす。ハスラーは拳を握り、闇のオーラをまとった腕を振り上げる。一方の零夜もまた、武器を手にせず、忍者としてのしなやかな動きで応戦する。拳と拳がぶつかり合うたび、空気が震え、地面にひびが入る。まさに正々堂々の戦い――クリーンなファイトの極致だ。

 一方、零夜の仲間たちは別の戦場で暴れていた。ヤツフサを先頭に、倫子、日和、トワ、アイリン、エヴァ、マツリ、エイリーン、ベルが、ハスラーの部下たちを次々と蹴散らしていた。

 アイリンの猫耳がピクリと動き、鋭い爪が敵を切り裂く。エヴァの銀色の尾が月光に輝き、素早い突進で敵を圧倒。マツリの角が闇を切り裂き、竜の咆哮が戦場を震わせる。ベルは母親のような包容力で仲間を守りつつ、強烈な一撃で敵を粉砕。倫子と日和は息の合った連携で、トワの魔術とエイリーンの重い一撃が加わり、部下たちは為す術もなく倒れていく。


「なるほど。流石は神田様と互角に渡り合える実力を持つな」

「ん? 裕二を知っているのか?」


 ハスラーの賞賛に、零夜は眉をひそめる。裕二――その名は零夜の心に波紋を広げた。かつて互角に戦った男を知る相手とあれば、無視できるはずがない。


「そうだ。神田様はキラーズエイトの一人として活躍している。俺は彼に憧れてこの組織に入ったからな!」

「なるほど……これは厄介な相手を引いてしまったかもな……」


 零夜の額に冷や汗が滲む。厄介な敵だ。しかし、心の奥では強い相手との戦いに胸が高鳴っていた。ここで立ち止まるわけにはいかない――そう決意し、拳を握り直す。


「さあ、ここからは本気で行かせてもらうぜ。まずはこいつを喰らえ! バイオニックエルボー!」

「ごはっ!」


 ハスラーの腕が黒いオーラに包まれ、雷鳴のような轟音とともに零夜の胸板に叩き込まれる。衝撃は空気を裂き、零夜の身体は吹き飛び、地面を抉りながら転がった。観衆の息が止まるような一撃だった。


「クソ……今の一撃は効いたかもな……だが、俺だってここで止まるかよ……」

「まだまだ行くぞ!」


 胸を押さえながら立ち上がる零夜。だが、ハスラーの猛攻は止まらない。巨体が地響きを立てて突進し、まるで暴走する猛牛のようなタックルを繰り出す。空気が圧縮され、風が唸る。


「そうはいくか!」

「何!?」


 零夜は忍者の身軽さを発揮し、宙を舞うようなアクロバティックな動きでタックルを回避。空中で身体を捻り、回転の勢いを乗せた強烈な蹴りをハスラーの側頭部に叩き込む。


風魔回転脚ふうまかいてんきゃく!」

「がはっ!」


 炸裂音とともにハスラーの巨体がよろめく。側頭部を押さえ、血走った目で零夜を睨むが、その闘志は揺らがない。


「なかなかやるな。しかし、この程度で俺を倒すなど百年早い!」

「何!? うわっ!」


 ハスラーの巨腕が零夜の首を鷲掴みにし、まるで玩具のように上空へ放り投げる。すかさず自身も跳び上がり、空中で零夜を捕らえ、パイルドライバーの体勢に持ち込む。地面が迫る瞬間、死の匂いが漂う。


「そうはさせるか! 忍法変わり身の術!」

「な!?」


 零夜の身体が一瞬で木の棒と入れ替わり、ハスラーの腕は空を切る。地面に叩きつけられたハスラーは尻を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。


「お、おのれ……! こんな展開ありなのかよ……!」


 零夜は着地と同時に疾走。風を切り裂くスピードでハスラーに迫り、膝を顔面に叩き込む。


「こいつを喰らえ! 隼蹴りはやぶさげり!」

「ぐはっ!」


 ハスラーの巨体が仰向けに倒れ、地面に大きな亀裂が走る。部下たちはその光景に息を呑み、武器を落として震え始める。


「ハスラー様が負けた……! あの八犬士の一人に……」

「に、逃げろー!!」


 部下たちが逃げ出すが、ヤツフサたちの包囲網がそれを許さない。ここで一人でも逃がしたら、後にピンチとなる恐れがあるからだ。


「そうはさせるか! 攻撃開始!」

「「「了解!」」」


 ヤツフサの号令一下、倫子たちの猛攻が始まる。アイリンの爪が閃き、エヴァの咆哮が響く。マツリの炎が敵を焼き、ベルの拳が大地を揺らす。トワの魔法が炸裂し、エイリーンのロングアックスが敵を切り裂く。倫子と日和の連携が敵を翻弄し、部下たちは金貨と化して散った。

 クリスマスの騒乱は終わり、Dブロック部隊は壊滅。零夜は手を叩きながら、ハスラーを見下ろす


「いくら裕二に憧れていても、俺はその先を見ているからな。お前とは違うんだよ……」


 鋭い視線を投げる零夜。ハスラーは観念したように目を閉じる。だが、その瞬間――コツコツと不気味な足音が響き、戦場に冷たい風が吹き抜ける。零夜の背筋に冷や汗が流れる。初めて感じる、圧倒的な恐怖だった。


「ざ、ザルバッグ様……!」


 ハスラーが慌てて立ち上がり、頭を下げる。現れたのは白髪の若い男――ザルバッグ。零夜と同い年ほどの外見だが、そのオーラは絶対的だ。まるで空間そのものを支配するような存在感。


「ハスラー……無様な敗北を喫していたみたいだな。おまけにアベックばかり狙うのは、どういう事だ?」

「し、しかし、アベック共の根絶やしの為には……!」

「くどい!」


 ハスラーの弁明を、ザルバッグは冷たく遮る。次の瞬間、彼の手がハスラーの胸に触れ、暗い魔力が渦を巻く。


「デスハンド!」

「がっ!」


 振動魔術がハスラーの心臓を直撃。巨体が前のめりに倒れ、光の粒となって夜空に消える。一瞬の出来事に、零夜たちの顔が凍りつく。


「ハスラーが……一発で……」

「こんな事って……」


 ザルバッグの視線が零夜に移る。その目はまるで魂を覗き込むよう。じっと見つめた後、彼は背を向ける。


「八犬士の一人……東零夜か……覚えておくとしよう。だが、キラーズエイトは神田だけじゃなく、この俺もいる。その事を忘れるな」


 そう言い残し、ザルバッグは転移魔法で消えた。倫子たちが駆け寄り、零夜の顔を心配そうに見つめる。


「零夜君……大丈夫だった?」


 倫子の声に、零夜は小さく頷く。だが、次の瞬間、彼女に抱きつき、震える声で呟く。その様子だと今までにない恐怖に感じ取られ、とても怖い思いをしたのだろう。


「新たな敵であるザルバッグが現れました。けど、俺は……そのボスを前に……動けなかった……」


 恐怖に震える零夜を、倫子は優しく抱きしめる。頭を撫でながら、そっと囁く。それはまるで姉としての温もりで、恐怖感が少しずつ和らいでいく。


「大丈夫。ウチ等が付いているから。心配しなくても大丈夫」

「はい……ありがとう……ございます……」


 零夜の目から涙が溢れる。エヴァや日和たちも集まり、彼を囲んで励ます。アイリンはツンデレらしく「べ、別に心配してないんだからね!」と言いつつ、そっと手を握る。ベルの包容力ある笑顔が仲間を包み、マツリの姉御肌な声が響く。トワとエイリーンの静かな微笑みが零夜を支え、彼の恐怖感はすっかり無くなってしまったのだ。


(零夜。お前は一人ではない。こんなにも大切な仲間がいるからこそ、抱え込まなくても大丈夫だ。今は思いっきり泣いて、ここから前を向いて頑張ってくれ)


 ヤツフサは心の中でそう呟き、零夜の成長を信じた。これから先が何があろうとも、仲間たちとならやってくれると思いながら。


 ※


 事件は解決し、零夜たちの家で盛大なクリスマスパーティーが開かれた。八犬士、ベル、そして仲間たちが一堂に会し、笑顔が響き合う。


「クリスマスパーティーは初めてだけど、面白くて最高ね!」


 エヴァがフライドチキンを頬張り、零夜に笑いかける。倫子、日和、トワは静かにケーキを楽しみ、アイリンは「ま、まあ悪くないかな!」と頬を赤らめる。マツリは肉を頬張り、ベルとエイリーンはモンスターたちに優しく料理を振る舞っていた。


「ああ。クリスマスパーティーは皆で参加すれば……、その分楽しさも増すからな!」


 零夜の笑顔に、仲間たちも笑顔で応える。外では白い雪が静かに降り積もり、クリスマスイブの夜を祝福していた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?