ネムラス壊滅の翌日、零夜たちは悪鬼のEブロック基地に攻め込んでいた。零夜率いる八犬士の面々は、余裕の笑みを浮かべながら、押し寄せる敵を次々と薙ぎ倒していく。まるで嵐のように、彼らの快進撃は止まることを知らない。
Fブロック基地を壊滅させて以来、零夜たちはSランククエストを立て続けにクリアし、数多の強敵を打ち砕いてきた。その結果、零夜、倫子、日和、エイリーンのレベルは50に到達。エヴァとマツリは70に達し、アイリンとベルに至っては既に100の大台を突破していた。だが、彼らの勢いはそれだけでは収まらない。
「怯むな! 進め進め!」
Eブロック隊長フラグルドが、部下のモンスターたちに怒号を飛ばす。緑の短髪が特徴的なダークエルフの男だ。タマズサにスカウトされ、実力で隊長の座を掴んだ彼だが、今は零夜たちに圧倒され、絶体絶命の危機に瀕していた。鋭い眼光で前を見据え、必死に指揮を執るものの、状況は覆りそうにない。
「そんなモンスターを多勢で出しても、アタイを倒せると思ったら大間違いだ! フレイムブレス!」
竜人族のマツリが吼える。人間の体に角が映える姉御肌の彼女は、口から灼熱の炎を吐き出し、ゴブリンたちの群れを瞬時に焼き尽くす。炎に耐えきれず、ゴブリンたちは悲鳴を上げながら金貨に変わり、地面に散らばっていく。
「凍りつきなさい! アイスエデン!」
シルバーウルフの獣人エヴァが、低く響く声で技を放つ。銀色の尾と耳が揺れ、鋭い爪が光を反射する彼女は、地面から鋭い氷の柱を召喚。ゾンビの群れが氷に貫かれ、動きを封じられたまま金貨へと変わっていく。敵の数はみるみる減っていく。
「
「ボルトマシンガン!」
「スラッシュウェーブ!」
猫の獣人アイリンが、光を纏った波動弾を放つ。ツンデレ気質の彼女は、鋭い猫目で敵を見据えながら「フンッ」と鼻を鳴らす。
日和はマシンガンキャノンを構え、雷の弾丸を連射。倫子はロングソードを振り回し、盾で身を守りながら波動斬撃を放つ。インプの群れが次々と倒れ、金貨の山が積み上がっていく。
「「ダブルアックススラッシュ!」」
高身長ドワーフのエイリーンと、ミノタウロスの獣人ベルが同時に叫ぶ。エイリーンの細身な怪力の腕がロングアックスを振り下ろし、ベルは母親らしい包容力ある眼差しで敵を見据えながら一撃を加える。スケルトンたちは骨ごと砕け散り、金貨となって消え去る。敵に反撃の余地はない。
「とうとう残るはお前だけだな、フラグルド!」
零夜が愛刀・村雨をフラグルドに向け、真剣な眼差しで睨みつける。モンスターは全滅し、もはや降伏以外に道はないはずだった。
「くそっ! Eブロック隊長の名にかけて、ここで負ける理由にはいかない! タマズサ様のためにも、諦める理由には……!」
フラグルドは絶望的な状況でも諦めない。タマズサへの忠誠心を胸に、最後の抵抗を試みる。彼の瞳には燃えるような決意が宿っていた。
「あいつ、まだ抵抗する気よ! こうなると早めに倒さないと!」
「それならとどめを刺さないとな!」
アイリンが苛立ちを隠さず呟き、零夜が村雨を構えて動き出す。だがその瞬間、フラグルドの周囲に猛烈な風が渦巻き、竜巻となって零夜たちに襲いかかった。
「どうだ! これぞ人間竜巻! まとめて倒してくれる!」
「厄介な技を使ったのか! 全員フラグルドから逃げろ!」
竜巻は鋭い風の刃を伴い、凄まじい勢いで迫る。零夜の指示で全員が散開するが、風は速度を増し、逃げ場を奪っていく。すると倫子が足元の瓦礫に躓き、前のめりに倒れてしまった。
「キャッ!」
「倫子さん!」
零夜が倫子を助けようと駆け出すその刹那――。
「アローショット!」
「がはっ!」
「「「!?」」」
どこからともなく飛来した矢が竜巻を貫き、フラグルドの額に突き刺さる。竜巻が消え、フラグルドは呆然とした表情で呟く。
「そんな馬鹿な……」
彼の体は光の粒となって崩れ落ち、大量の金貨を残して消滅した。倫子はすかさず金貨を回収し、ほっと息をつく。同時にEブロック基地の戦いも、トワの活躍で終わりを告げたのだ。
「今の攻撃は……」
零夜たちが矢の飛んできた方向を見ると、そこにはエルフのトワが弓を構えて立っていた。長い金髪が風に揺れ、鋭い瞳が一行を見つめる。彼女はクローバールへ向かう途中、悪鬼の基地を発見し、介入を決めたのだろう。
「ごめんね。ボスは私が倒しちゃった」
「ううん。助けてくれてありがとう。それであなたは?」
「私はトワ。エルフの狩人であり、森の珠を持っているわ」
トワは自己紹介をしながら、右腕のバングルを見せる。バングルに嵌められている緑色の珠が輝き、「森」の文字が刻まれている。零夜たちはその神聖な輝きに息を呑む。
「それは森の珠! まさかここで出会えるとは驚いたな……」
小型フェンリルのヤツフサが、トワのバングルに目を丸くする。彼女は小さく微笑み、仲間への信頼を示す。だがその時、倫子が膝を押さえ、涙目で呻く。先ほどの転倒で膝を痛めたらしい。
「いたた……コケてしまって膝が痛い……」
「大丈夫ですか? すぐにヒーリングを……」
日和が慌ててヒーリングを試みるが、トワが静かに近づき、倫子の膝を透視。内出血程度の軽傷だと判断すると、バングルから塗り薬を取り出した。
「これならヒーリングをしなくても大丈夫よ。塗り薬を塗ってあげるわ」
トワが倫子のオーバーオールを捲り、薬を塗ると、内出血が瞬時に消えていく。倫子は目を丸くし、驚きの声を上げてしまう。
「凄い! 治っちゃった!」
「塗り薬一発で治るなんて……」
「凄いです……」
零夜と日和もその速さに驚愕する。まさか塗り薬で完全に傷を治せるのは想定外であり、地球ではこんな技術を持つのはあり得ないと思うだろう。しかしハルヴァスの医療技術は地球よりも発達している為、病気で死ぬ事はあまり無いのが特徴だ。
トワはその様子を見て穏やかに笑い、倫子たちに事情を説明する。
「こう見えても私は医者として活動しているの。怪我や病気は私に任せて」
「ええ。こちらこそ宜しく頼むわ」
トワのウインクに倫子も笑顔で応えた後、トワは立ち上がって零夜に視線を移す。彼らに対して一礼した後、仲間たちに向かって宣言する。
「八犬士たちの噂は聞いているわ。私も同じ珠を持っている以上、今日から共に戦う。これから宜しくね」
「仲間になってくれるのか。こちらこそ宜しく頼む!」
零夜とトワが固い握手を交わし、倫子たちは微笑む。最後の一人であるトワが加わり、これで八犬士が全員揃ったのだ。因みにベルはサポートとして活動しているので、カウントはされないが。
(ようやく八犬士が揃ったか……長い道のりだったが、これからが本番だ。チーム名も考えないとな)
ヤツフサは内心でそう呟き、未来を予測する。八人が揃った今、彼らに敵はないだろう。だが、新たな課題も見えてくる。
「よし! Eブロック基地も討伐した。すぐにこの場から離れるぞ!」
「「「了解!」」」
ヤツフサの合図で全員が動き出し、基地を脱出。直後、基地は轟音と共に崩れ落ち、財宝と食料が姿を現した。
「さてと。財宝と食料に関してはギルドに渡して、元の持ち主に返さないとね」
エヴァが大きな袋を軽々と背負う。怪力自慢の彼女にとって、これは朝飯前だ。
「いつも悪いな、エヴァ。荷物を運んでくれるのはありがたいけど、苦労をかけてしまって正直すまないと思っている」
「気にしないの。趣味でやっている事だから」
零夜が謝ると、エヴァは笑顔で返す。彼女にとって荷物運びは筋トレも兼ねた楽しみなのだ。
「後はギルドに向かうけど、実は私もそこに用があるの」
「用? 何かあったの?」
トワの言葉に、ベルが首を傾げる。するとトワは俯き、声を震わせて告白する。
「実は昨日……私が住んでいた街『ネムラス』が……悪鬼の手によって陥落してしまったの……」
「「「ええっ!?」」」
(どうやら……次の依頼は一筋縄ではいかないみたいだな……)
トワの衝撃的な言葉に、零夜たちは驚愕する。ヤツフサは真剣な表情で、次なる戦いが過酷なものになることを予感していた。