クローバールに帰還した零夜たちは、疲れ切った身体を引きずりながらも、まっすぐギルドへと向かっていた。メリアに任務完了を報告するためだ。夕陽が街を赤く染める中、彼らの足音が石畳に響き渡る。
「あった! ギルドだ!」
「やっと帰ってきたぜ!」
日和が細い指で看板を指差すと、ギルドのシンボルである四つ葉のクローバーが目に飛び込んできた。マツリは鋭い角を揺らし、背伸びをして故郷に帰ったような安堵感を味わう。
零夜、倫子、日和、アイリン、エヴァ、マツリ、エイリーン、ベル、そしてアイリンに抱かれたヤツフサは、迷わずギルドの中へ。そこにはメリアのほか、酒杯を手に談笑する冒険者たちの姿があった。
「只今戻りました!」
「お帰りなさい!」
零夜たちの姿を見たメリアが、受付カウンターから飛び出すように駆け寄る。彼女の笑顔は、仲間が無事に帰還した喜びに満ちていた。
「皆さん、お疲れ様でした! 今回のクエストをクリアとします!」
零夜の簡潔な報告に頷き、メリアは素早くパソコンにデータを打ち込む。画面に「クエストクリア」の文字が浮かび上がり、成功の証が刻まれた。
「はい! クエストお疲れ様でした! 零夜さん達には報酬として二百万ヴァル、エイリーンさんはこのギルドで働く事になりますが、今回のクエストクリアによる特例で、Bランクからスタートになります! そして、零夜さん、倫子さん、日和さん、エヴァさん、マツリさんの5人は、このクエストクリアと同時に、Sランク昇格となります!」
メリアの弾んだ声に、零夜たちは目を丸くし、やがて歓喜の表情が広がる。周囲の冒険者たちも驚きの声を上げ、彼らに注目が集まった。
「俺達が……Sランク……!」
「ついに到達したんだ……」
「私達、やったのですね!」
「ええ……未だに信じられない気持ちでいっぱいだけど……」
「やっとここまで来たのは最高だぜ!」
「「「やったー!」」」
(よくやったな。五人共)
零夜、倫子、日和、エヴァ、マツリは抱き合い、感情を爆発させる。Sランクへの昇格は長年の夢であり、その喜びは抑えきれなかった。
ベルはミノタウロスの角を揺らし、母親のような温かい笑みを浮かべ、アイリンは猫耳をピクピクさせながら「ふんっ」とツンとした態度でヤツフサを抱きしめる。ヤツフサは小さな尻尾を振ってうんうんと頷いた。
「おめでとさん、五人とも!」
「7人がSランクのパーティーなんてすげーよ!」
「私もSランク目指して頑張らないと!」
(私は違うけど、Sランク目指して頑張らないとね)
冒険者たちが次々と祝福の言葉をかけ、零夜たちは笑顔で応える。エイリーンは堂々とした姿勢で立つが、Bランクスタートに内心苦笑い。それでも、新たな目標に向け拳を握り直した。
すると、エヴァがシルバーウルフの尻尾を優雅に揺らし、零夜に近づく。彼女は零夜の手を強く握り、青色の瞳で彼を見つめた。
「エヴァ?」
「零夜。私はあなたがいたからこそ、ここまで来る事ができた。あなたからくれた初めてのにぎり飯、本当に美味しかったわ」
エヴァの声は柔らかく、初めて出会った日の記憶が蘇る。あの時、空腹で倒れそうだった彼女に零夜が差し出したにぎり飯。その温もりと味が、今の彼女を支えているのだ。
「そしてこれは……にぎり飯のお返しのプレゼント。零夜、あなたを一番愛しています!」
エヴァは満面の笑みで愛を告げると、躊躇なく零夜にキスを贈る。唇が重なり合う瞬間、ギルド内が一瞬静まり返った。
「「「へ!?」」」
「……」
誰もが予想外の展開に固まり、倫子に至っては口をあんぐりと開けてしまう。エヴァは唇を離し、零夜の頭をポンポンと撫でた。その表情はとても満足していて、吹っ切れた様な感じがしていた。
「ありがとう、零夜。私はあなたの事が好きだから」
「あ、ああ……」
エヴァが離れると同時に、アイリンが猫の尻尾をピンと立て、零夜の右肩を叩く。彼女の顔は真っ青で、震えていた。その様子だと別の恐怖を感じていて、今にでも逃げだしたくなる様な雰囲気だ。
「零夜、あれ……」
「へ?」
アイリンが指差す先を見ると、倫子の背後から怒りのオーラが炎のように立ち上っていた。別の女性が零夜に愛を告げるなんて、彼女にとって耐え難い出来事だった。
日和たちは抱き合ったまま震え、一歩ずつ後ずさる。ベルは口を押さえつつ、倫子の怒りに驚きを隠しきれなかった。
「うおっ!? 倫子さん!?」
「零夜の……アホンダラ!!」
倫子は怒りに任せ、どこからか取り出した巨大ハンマーを軽々と振り上げ、零夜に全力で叩きつける。その一撃は凄まじく、彼をギルドの屋根ごと吹き飛ばした。
「ぎゃあああああ!!」
零夜は屋根を突き破り、空高く舞い上がり、キラリとお星様に。ギルド内は呆然とし、メリアは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「やり過ぎたかな?」
「あのな……」
エヴァは苦笑いしながら頭を掻き、ヤツフサは呆れたようにため息をつく。倫子は頬を膨らませ、嫉妬の炎を燃やし続けていた。
※
「いつつ……」
一方、倫子に吹き飛ばされた零夜は、クローバールの通路に激しく不時着。背中を押さえながら立ち上がるが、頑丈な彼でも痛みが残っていた。
「倫子さん、いくらなんでもやり過ぎだろ……俺もキスされた事は悪いけど……」
反省しながらため息をつく零夜のもとに、日和が息を切らして駆けつける。彼女は零夜が心配で、仲間の中から率先して救出に向かったのだ。
「零夜君、大丈夫?」
「なんとか……」
日和に支えられながら歩き出す零夜。地面への衝撃が残る中、彼女と共にギルドへ戻ることに。エイリーンたちも零夜を心配しているが、倫子の怒りを収める役目を務めているのだ。
「それにしても、何故倫子さんはこんな事を……?」
零夜の疑問に、日和は寂しげな目で彼を見つめる。倫子とは長年のパートナーであり、彼女の気持ちをよく理解していた。
「それはね……藍原さんがあなたを本当に好きだという事なのよ」
「えっ!? 倫子さんが!?」
日和の言葉に、零夜は目を丸くする。倫子とは姉弟のような関係だと思っていたが、まさかの事実に驚きを隠せなかった。
「うん。エヴァと出会う昨日、藍原さんと二人きりで話をしていたの。その時に零夜君の事で話をしたら、顔を赤くしながら照れていた事があったわ」
「じゃあ、エヴァだけでなく、倫子さんも……気が付かなかった俺が馬鹿だったのかも知れません……」
衝撃の事実を知った零夜は、俯きながら自らを責める。まさか憧れの人が自分の事を好きになっていた事は、衝撃的としか考えられない。完全に自分が悪いと判断するのも当然である。
そんな零夜を、日和は優しく頭を撫でて励ました。後輩である彼を優しく励ますのは、先輩としての心優しさがあるからだ。
「後で謝りに行こう。そしたら藍原さんも分かる筈だから」
「はい……」
日和の言葉に頷き、二人は仲間たちの待つギルドへと戻った。その背後では、夕陽が二人を優しく照らしていた。