ペンデュラス家の屋敷を出た零夜一行は、街の住民たちから温かい歓迎を受けていた。ゲルガーを倒したことで街は平穏を取り戻し、人々はようやく日常に戻ることができたのだ。零夜の背後では、仲間たちがそれぞれの個性を輝かせながら住民たちと触れ合っている。
「本当にありがとうございます! なんとお礼を言えば良いのか」
「いや、大した事じゃないですよ。皆さんが無事でいればそれだけで十分です!」
住民の一人が深々と頭を下げると、零夜は照れくさそうに苦笑いを浮かべながら手を振った。褒め言葉が次々と飛び交い、彼の頬は少し赤らんでいる。普段は冷静な零夜だが、こうした素直な感謝には慣れていないようだ。
「お姉ちゃん、かっこよかった!」
「ありがとね。よしよし」
「本当に助かりました!」
「どういたしまして」
倫子は子供たちに囲まれ、優しい笑顔で頭を撫でていた。柔らかな雰囲気を持つ彼女は、子供たちにとって憧れの存在だ。
一方、日和は少し離れた場所で住民たちと穏やかに会話を交わし、彼女らしい落ち着いた空気を漂わせている。
「ふんっ、私には関係ないけどね」
アイリンは子供たちを見ながらそっぽを向くが、耳がピクピク動いて本心が隠しきれていない。ツンデレな態度とは裏腹に、子供が近づくとそっと手を差し伸べていた。
「ほら、危ないから気をつけてね」
ベルは母親のような包容力で子供たちを抱き寄せる。優しく諭す姿に、子供たちは目を輝かせて群がっていた。
「よしよし。皆良い子ね」
「無邪気だな。お前ら、もっと元気に遊べよ!」
エヴァは銀色の尻尾を揺らし、凛とした佇まいで子供たちとじゃれ合う。彼女の鋭い爪も、遊びの中では優しさに満ちていた。マツリは竜人族らしい角を誇らしげに立て、姉御肌の笑顔でと子供たちを煽っている。
「よっと!」
エイリーンは細い身体で子供たちを持ち上げ、笑顔を彼らに見せている。彼女の力強さと明るさが、場を一層和ませていた。
その様子を少し離れた場所から見つめるルイザは、ヤツフサを抱きしめていた。ヤツフサのふわふわした毛並みに顔を埋めつつ、彼女は静かに微笑む。社交的な触れ合いが苦手な彼女にとって、この距離感がちょうどいいのだろう。
「参加しなくて良いのか?」
「いや、別に良いけどね……住民達が幸せならそれで良いから」
ヤツフサが小さな声で尋ねると、ルイザは苦笑いを浮かべていた。
彼女の視線は零夜たちに向けられている。彼らはゲルガーを倒し、住民たちの支持を集めた英雄だ。世界の救世主と呼ぶにふさわしい存在かもしれない。だが、ルイザは違う。かつてハインたちと共に行動し、金に目がくらんで悪事に手を染めた過去がある。自分には彼らと肩を並べる資格などない、そう思っていた。
(まあ、私がどうせ行っても住民たちには嫌われるだろうし……)
ルイザが心の中で小さく呟いたその瞬間だった。
「いいや! そんな事はないぞ!」
「その声は……!」
全員が声のする方向へ目をやると、そこにはギルドマスターのフェルネが立っていた。威厳ある姿に住民たちは一瞬にして静まり、零夜たちから離れて彼に注目する。その雰囲気から、フェルネの前では失礼が許されないと感じているようだ。
「フェルネ様! 何故こちらに!?」
「うむ。ゲルガーを倒した英雄達に挨拶をしようかと思ってな」
フェルネはゆったりと近づき、穏やかな笑みを浮かべて零夜たちを見た。それに気付いた彼らは、フェルネに対して一礼をする。
「八犬士達よ。このペンデュラスを救ってもらい、感謝する。お主達がいなければ、この街は暗黒のままだった」
「いえ。別に大した事じゃないですし、皆さんが無事である事が一番嬉しいです」
零夜はいつものように苦笑いで応え、倫子や日和、アイリン、マツリも笑顔で頷く。街の皆を助けた事が、彼らにとってはとても嬉しい事であるのだ。
フェルネはその姿に安堵の表情を浮かべ、次にエヴァに視線を移した。
「エヴァよ。お主が八犬士である事には驚いたが、今は幸せか?」
「はい。私には零夜という好きな人がいますし、素敵な仲間が沢山います! 今後は彼等と共に行動して、自身の役目を果たします!」
エヴァは銀色の尻尾を軽く振って笑顔を見せる。零夜への愛情と、仲間たちへの信頼が彼女を支えている。フェルネは満足そうに頷いた。
「そうか。わし等のギルドには戻れないが、お主の活躍を信じておる。必ずこの世界を救ってくれ」
「はい! 必ず!」
エヴァの力強い返答に、零夜たちも静かに頷く。彼らの絆は固く、決して揺らぐことはないだろう。
次にフェルネはエイリーンに目を向け、深々と頭を下げた。彼女が驚くのも無理はないが、迷惑をかけてしまった事を深く感じているのだろう。
「お主も済まなかったのう。遠くにあった孤児院の火災から救出された後、ここに住む許可を与えた。しかしゲルガーによって追われてしまう羽目になってしまったのは、想定外じゃった……」
フェルネは頭を下げながら謝罪し、その内容にエイリーンは納得の表情をする。
エイリーンはかつて孤児院で生活していたが、孤児院の火災によって自分以外の仲間が死亡する事に。彼女はフェルネによってペンデュラスに住む事になり、この街で鍛冶職人として生活していたのだ。
「それなら大丈夫です。ゲルガーは私たちの手で倒しましたし、文句などありません。ですが、私も八犬士となった以上、この街から去らなければなりません……」
エイリーンは笑顔で応えつつ、少し俯いた。八犬士として零夜たちと旅立つ決意は固いが、ペンデュラスを離れる寂しさも感じているのだろう。彼女はバングルに自宅を収め、仲間たちの住まいと融合させる準備を進めていた。
「そうか。お主のこれから、信じておるぞ。エヴァと同じくペンデュラスの代表として、この世界を頼む!」
「はい!」
エイリーンは敬礼し、引っ越しの準備のために自宅へ駆け出した。新たな旅立ちを心から楽しみにしている様子が、その背中に表れている。
そしてフェルネはルイザに近づき、彼女と視線を合わせた。だが、ルイザは目を背ける。過去の罪悪感が彼女を縛っている以上、叱られると確信しているのだ。
「ルイザよ。お主はハイン達と共に悪い事をしていたが、零夜達と出会って改心し、見事この街を救う事に尽力してくれた。実に良かったぞ」
「フェルネ様……」
フェルネの優しい言葉に、ルイザの目には涙が浮かぶ。叱られる覚悟だった彼女にとって、褒められるのは予想外だった。フェルネはさらに両手を彼女の肩に置き、話を続けた。
「お主はわし等のギルドに欠かせないメンバーじゃ。これからは皆を率いるリーダーとして……このギルドを宜しく頼むぞ」
「フェルネ様……! うわーん!!」
堪えきれなくなったルイザはフェルネに抱きつき、大粒の涙を流して泣き出した。自分の罪を償う為に精一杯頑張ったからこそ、許しを得ただけでなく、最高に褒められた事がとても嬉しかったのだ。
住民たちはその姿に拍手を送り、ルイザに対して口々に声援を上げる。
「ルイザ! お前はこの街のヒーローだ!」
「これからもこの街を頼んだぞ!」
「ルイザお姉ちゃんはカッコ良いヒーローだよ!」
零夜たちはその様子を微笑ましく見守っていた。自分たちの役目が終わり、エイリーンも家をバングルに収めて戻ってきた今、ペンデュラスを去る時が来た。
「では、俺達はこれで失礼します。役目を終えた以上は戻らないといけないので」
「そうか。しっかり気を付けて帰るんじゃぞ!」
「はい! 皆、出発だ!」
「「「おう!」」」
零夜の号令一下、彼らは走り出し、ペンデュラスを後にした。ルイザはフェルネから離れ、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「ありがとう! 八犬士の戦士達!」
零夜は振り返り、笑顔で手を振る。自分を助けてくれた事に感謝しつつ、また会える日を楽しみにしながら。
そのまま一行は遠ざかり、やがて見えなくなった。
「行っちゃったか……今度会う時は強くならないと!」
ルイザは決意を込めた笑顔を見せ、フェルネたちと今後の街について話し合いを始めた。次に会う時は強くなるだけでなく、八犬士たちと肩を並べる存在になると誓いながら。
※
その頃、悪鬼のアジトではFブロック壊滅の報告を受けたタマズサが怒りに震えていた。Gブロックに続きFブロックまで失い、彼女が苛立つのも無理はない。
「まさか2つのブロックがやられてしまうとは……犯人については奴等しかいないみたいだな」
「おっしゃる通りです。あの八犬士の奴等しかいませんので」
ゴブゾウが冷静に頷き、八犬士の仕業だと断言する。零夜たちの活躍で基地は次々と壊滅し、タマズサの怒りは頂点に達していた。自身の敵である新たな八犬士がまた出てしまった以上、奴らとは決着を着ける必要があるだろう。
「奴らは確実に進むが、Cブロックはそう簡単にはいかない。その隊長に伝えろ。失敗したら死あるのみと……」
「はっ!」
ゴブゾウは急いで通信を始め、タマズサは苛立ちを抑えきれず、ワイングラスを握り潰した。確実に怒りを最大限に溜め込んでいる以上、そうなるのも無理はない。
(おのれ、八犬士! この恨みは忘れんぞ!)
彼女の心は怒りに燃えていた。この戦いの結末は、まだ誰にもわからない。