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第77話 シルバーウルフの誇り

 エヴァはアイスウルフを装着した両腕を構え、シルバーウルフの獣人らしい鋭い眼光でゲルガーを睨みつけた。銀色の尻尾がピンと立ち、冷気を帯びた息が白く吐き出される。

 対するゲルガーは、黒い狼の獣人としての威圧感を放っていた。漆黒の毛並みが揺れ、狼の耳が鋭く立ち、尻尾が低く唸るように動いている。額に冷や汗を浮かべながらも、彼は鋭い爪を振り上げて戦闘態勢を取る。先手必勝を狙い、地を蹴って勢いよく飛びかかった。


「お前の復讐はここで終わらせてやる! クロススラッシュ!」

「おっと!」


 ゲルガーの交差する爪が空気を切り裂き、エヴァに襲いかかる。黒い狼の獣人らしい敏捷さで繰り出された攻撃だったが、エヴァは軽やかなサイドステップでそれを回避。流れるような動きでバックキックを繰り出し、ゲルガーの背中に炸裂させた。重い衝撃音が響き、黒い毛が一瞬舞い散る。  


「がはっ!」


 強烈な一撃を受けたゲルガーは勢いよく吹き飛び、壁に激突。コンクリートにひびが入るほどの衝撃で、彼の黒い尻尾が一瞬硬直する。彼はよろめきながらも立ち上がり、真剣な表情でエヴァを見つめた。黒い狼の耳がピクリと動き、内心では動揺が広がっていた。  


(馬鹿な……彼女がここまで強くなるとは……一体何がそうさせているんだ? 分からない……)


 ゲルガーが混乱する中、エヴァは追撃の構えを取る。アイスウルフのガントレットから冷気が溢れ出し、周囲の空気が凍てつく。彼女は一気に畳み掛けるつもりだ。


氷狼連撃打ひょうろうれんげきだ!」

「ぐおおお!!」


 エヴァの拳が唸りを上げ、次々と氷の連撃がゲルガーを襲う。シルバーウルフの冷気を纏ったパンチが命中するたび、黒い毛並みに氷が張り付き、彼の動きが鈍っていく。凍りついて動けなくなるのは、もはや時間の問題だった。  


「このまま氷漬けにしてたまるかよ! 自然発火!」

「チッ!」


 ゲルガーは黒い狼の獣人としての本能を呼び覚まし、自らの体を発火させようと試みる。危険を察したエヴァは即座に距離を取ったが、彼の体からは火が上がらず、不気味な静寂が場を包む。黒い尻尾が力なく垂れ下がる。  


「ど、どういう事だ!? もしや……!」


 ゲルガーが異変に気付いた瞬間、背後からマツリとヤツフサが姿を現した。マツリは堂々とした立ち姿で角を輝かせ、ヤツフサは鋭い牙を剥き出しにしている。マツリの手には黒焦げになった一枚の紙が握られていた。


「悪いけど、アンタの隠し持っていたエロ本、更には邪悪な気配のする影も、全部燃やしておいたから!」

「は? エロ本!?」


 マツリの軽い口調に、零夜は目を丸くする。倫子と日和は顔を見合わせ、アイリンは猫耳をピクピクさせながら「何!?」とツンデレっぽく声を上げ、エヴァ、エイリーン、ベルは口を押さえて赤面していた。ミノタウロスの獣人であるベルは特に、母親らしい優しさで「信じられないわ」と呟く。

 まさか黒い狼の獣人ゲルガーの要塞にそんなものが隠されていたとは誰も知らなかったのだ。  


「ええ。ゲルガーの部屋を探索したけど……まさかエロ本があるとは想定外だったわね」

「更に邪悪な気配の影も予測したが、まさか1枚の紙に強化悪魔の絵が隠されていたとはな。悪いがマツリの炎で全て排除させてもらった」


 ルイザの冷静な説明とヤツフサの低く唸る声に、零夜たちは納得する。ゲルガーに攻撃が効かなかった原因が分かった以上、インチキしていたという事が判明されたのだ。

 一方、ゲルガーは呆然と立ち尽くしていた。黒い狼の耳が力なく下がり、隠していたエロ本が燃やされただけでなく、強化の源である悪魔の絵まで失い、彼の力は急速に弱体化していた。この状況では敗北は避けられない。  


「お、俺のエロ本と強化悪魔の絵が……こんなところでバレて燃やされるなんて……」

「今がチャンス!」


 ゲルガーがショックで放心している隙を、エヴァは見逃さない。彼女は連続パンチを繰り出し、凍てついた拳が黒い毛並みを揺さぶる。さらに強烈なハイキックが炸裂し、ゲルガーの体がぐらつく。すかさず両足を掴むと、エヴァは円を描くように回転を始めた。


「あれはジャイアントスイング! プロレスならではの必殺技だ!」

「エヴァのパワーがあるからこそ、この技が可能という事ね!」


 零夜が驚きの声を上げ、倫子が感心したように呟く。エヴァは10回転もの高速スピンを続け、両手を放すと同時にゲルガーを投げ飛ばした。黒い狼の体は壁に脳天から激突し、ズルズルと崩れ落ちる。


「ゲルガーが完全に失神している! やるなら今がチャンスだ!」

「言われなくてもそのつもり! 今までやられた仕返しは終わらないんだから!」


 失神したゲルガーに、エヴァはとどめを刺すべくアイスウルフを輝かせる。冷気が渦を巻き、彼女の周囲が凍てつく。


「これが最大のフィナーレよ! アイスエデン!」


 ゲルガーの足元から鋭い氷柱が次々と突き上がり、黒い毛並みを覆いながら彼を完全に拘束する。エヴァは素早く駆け出し、最後の一撃を放つ準備を整えた。全ての恨みを終わらせる為にも……。


「仲間を殺した罪、奴隷として扱った罪、愛する人を傷つけた罪を思い知れ! ウルフブレイカー!」

「がはっ!(この俺が……こんな奴に……やられるなんて……畜生……)」


 狼のオーラを纏った拳がゲルガーに直撃。氷に亀裂が走り、一瞬にして粉砕される。黒い毛が舞い散り、氷が消滅すると同時に、ゲルガーの体は前のめりに倒れ、光の粒となって夜空へと溶けていった。

 同時にFブロック基地での戦いも、幕を閉じる事になったのだ。


「やった……ゲルガーを……倒した……」


 エヴァは息を切らし、勝利を確認する。溢れる感情を抑えきれず、彼女は大きく息を吸い込んだ。


「ウオオオオオオオオオオオオン!!」


 シルバーウルフの咆哮が響き渡り、エヴァの頬を涙が伝う。故郷を滅ぼした黒い狼の仇を討ち、死んだ仲間や弟を弔うための叫びだった。零夜はその姿を見て近づき、彼女の手を強く握った。


「エヴァ……死んだ仲間達はきっと思っている。見事だと言う事と、仇を取ってくれてありがとう、そして、我らシルバーウルフの誇りだという事を……」

「う……う……うわああああああ!!」


 零夜の言葉に、エヴァは我慢できず彼を強く抱き締める。子供のようにはしゃぐ姿は、これまで抑えていた感情が解放された瞬間だった。零夜はエヴァの頭を優しく撫でつつ、泣きじゃくる彼女を慰めていた。


「エヴァ、ここまでずっと辛かったのね……その気持ちは分かるわ……」

「ああ。アタイも故郷の皆の仇を取る為にも、頑張らないとな」


 ベルが母親らしい優しさで涙を流し、マツリも姉御肌らしい力強さで頷く。倫子たちも涙目で笑顔を浮かべていたその時、天井から見える夜空が突如真昼に変わった。  


「夜空が戻っていく……という事は……」


 ルイザが確信した瞬間、要塞は姿を変え、ペンデュラス家の屋敷へと戻った。そこはベイルの書斎で、本棚と暖炉が静かに佇んでいる。


「ここはペンデュラス家の屋敷……じゃあ、外も元に戻ったんじゃない?」

「私、外を見てみます!」

「私も行くわ!」

「私も!」


 倫子が微笑み、日和、アイリン、ルイザが窓の外を確認する。城壁は消え、人々が笑顔で屋敷前に集まっていた。黒い狼の獣人ゲルガーを倒したことで、街も元通りになったのだ。


「良かった……これでペンデュラスの件は万事解決ね」

「ええ……私達の手でゲルガーを倒し、この街を取り戻せた。本当に良かった……」

「皆の力で合わさった勝利だからね」


 日和は安堵し、ルイザは涙を浮かべて微笑む。アイリンは猫耳を揺らしつつも、ツンデレっぽく頷いた。その様子を見ていたヤツフサは微笑んだ後、すぐに全員に対して視線を移す。


「さっ、後は住民達の元へ向かうぞ! 戦いが終わった事を皆に報告しておかなければ!」

「「「了解!」」」


 ヤツフサの指示に全員が応え、書斎を後にして住民の待つ屋敷の外へと向かった。住民たちに報告するだけでなく、クローバールへと帰還する為にも……。


 ※


 地球でも零夜たちの勝利に歓声が沸き起こっていた。GブロックだけでなくFブロックも制した事実は衝撃的で、誰もが興奮を抑えきれなかった。

 東京台場テレビ局の控室では、ヒカリがスマホ配信で零夜の活躍を見届けていた。彼が過去を乗り越えた姿に、彼女は涙を流しながら微笑んだ。  


「今の零夜君、完全に過去を乗り越えたね。本当に……おめでとう」


 ヒカリは祝福の言葉を呟き、これからの物語に期待を寄せた。  

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