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閑話25 最強傭兵 裕二①

 神田裕二。34歳の男性。彼は傭兵であり、世界中を渡り歩きながら多くの戦いを生き延びていた。更に多くの猛者達を次々と薙ぎ倒した実績を持つ為、地球最強と噂されていたのだ。

 しかし……何故彼が秘密結社「ヴァクロス」に所属しているのか?それは、忘れもしないあの事件が切欠だった。


 ※


 数ヶ月前。裕二は家族と再会する為、日本に帰国していた。彼の家族は28歳である妻の由恵と、4歳の娘である莉奈の3人家族であり、今は離れて暮らしているとの事だ。

 彼はスーツケースを持ちながら、羽田空港の中を歩いている。


(久々に日本に帰ってきたな……さて、由恵と莉奈は元気にしているだろうか……たまには家族孝行をしておかないといけないし)


 裕二は家族の事を思い浮かべながら再会を楽しみにしていたその時、いきなり彼のスマホに連絡が入る。すぐに鞄からスマホを取り出した裕二は、連絡に応じる。


「はい。もしもし……」

『神田裕二さんですね。私、東京病院の角川ですが、お宅の奥さんと娘さんが後楽園ホールで事故に遭いまして……現在は病院で入院しております』

「えっ!?」


 東京病院からの電話に裕二は驚きを隠せず、冷や汗を大量に流してしまった。まさか妻と娘が事件に遭遇し、入院していたのは予想外と言えるだろう。


「それで2人は!?」

『奥さんについては寝ているので、数分後には目を覚ますのでご安心を。しかし娘さんに関してはあまりの深刻な状態で、下手したら死ぬ可能性もあり得ます』

「分かりました。すぐに向かいます!」


 裕二は電話を切ったと同時に、急いで東京病院へと向かい始める。娘が危機となった以上は黙っておらず、ただ無事である事を祈りながら走るしか無かった。


 ※


 羽田空港から出た裕二は、タクシーに乗りながら東京病院へと向かい出す。その数分後に目的地に到着し、料金を支払って病院の中に突入した。


(莉奈……頼むから無事でいてくれ!)


 裕二が心の中で思いながら、莉奈がいる部屋を探し始める。すると彼の前に角川と言う男が姿を現し、相手に対して一礼をした。

 彼は白衣の姿の中年であり、無精髭を生やしているのが特徴だ。


「お待ちしていました。奥様については先程申しました通り、スヤスヤと眠っています。娘さんに関しては案内しますので、ついてきてください」


 角川は裕二を連れながら、とある部屋へと移動する。そこは霊安室であり、その看板を見た裕二は驚きを隠せずにいた。


「まさか莉奈は……」

「ええ。中に入ってください」


 角川が霊安室の扉を開けると、そこには白い布を被せた遺体がベッドの上に横たわっていた。彼は遺体に近付いて白い布を取ると、それは間違いなく莉奈の顔だった。

 彼女は眠っている様な姿となっていて、顔面は蒼白となっている。つまり死んでいるという事だ。


「懸命に治療を施しましたが、傷が深くて間に合いませんでした。襲撃してきた戦闘員達の攻撃によるダメージが大きいだけでなく、小さい子供にとってはきつ過ぎたのかも知れません……」

「そんな……どうしてこんな事に……」


 裕二はショックの状態で膝から崩れ落ち、呆然とした表情で莉奈の遺体を見つめるしか無かった。その様子を見た角川は回れ右をした後、歩きながら霊安室から去ってしまった。


 ※


 その後、由恵は無事に退院し、莉奈を含める犠牲者達の葬儀が行われた。後楽園ホール襲撃事件では彼女以外にも多くの犠牲者が出た為、多くの遺族が涙を流しながら悲しんでいた。


(不幸なのは俺だけじゃなかったのか……だが、後楽園ホールで襲撃した奴等は絶対に許さない……娘を殺した罪を償って貰う必要があるからな……殺された者達の分を含めて……!)


 裕二は心の中で決意を固めながら、後楽園ホールを襲撃した戦闘員達を倒す事を決意。娘を失った怒りだけでなく、遺族達の思いを含めながら決断していたのだ。


 ※


 数日後、裕二の家では衝撃的な展開が起こっていた。なんと由恵が自ら離婚届を出し、彼に話をしていたのだ。


「本当に良いのか? 莉奈を失った悲しみは分かるが……」

「ええ。私は莉奈を失った悲しみが耐え切れない……今まで耐えてきたけれど……もう、これ以上は……この家に居るのは……」


 由恵は涙を流しながら、心からの本音を出してしまう。

 莉奈を失った悲しみはとても深く、この家に居ると彼女の事を思い出してしまう。その度に胸が締め付けられて苦しくなり、泣き出してしまうのだ。

 酷い時には上の服を脱いでしまい、涙を流しながら破廉恥の行為をしてしまう事も。流石に下の服と下着を脱ぐのはやり過ぎなので、最低限の範囲で行っているそうだ。


「分かった……お前がそのつもりなら……俺は止めはしないさ。これからはそれぞれの人生を歩む事になるが、身体に気をつけてな」

「うん……」


 裕二は離婚届にサインを書いた後、そのまま立ち上がってお互い強く抱き合い始める。夫婦として過ごした思い出を忘れない為にも、気の済むまで抱き合う事を判断したのだろう。


「うええ……」

「……」


 由恵は涙を流しながら、裕二の胸の中に顔を埋めていく。彼は無言のまま、自身の妻の頭を撫でるしかなかった。


 ※


 その後、由恵と離婚した裕二は傭兵稼業を再開し、多くの国を回っていた。家族を失ってしまった男にとっては、それしか方法はなかったのだ。

 そんなある日、アフリカのサバンナを歩いている最中、木の下で泣いている一人の少女を見つける。歳は小学6年生ぐらいで黒いミディアムヘア、ボロボロの一枚布を着用していた。


「何かあったのか?」


 裕二は泣いている少女に駆け寄ると、彼女の顔を見た途端に動揺してしまう。その顔は死んでしまった娘の莉奈に瓜二つであり、その面影が残っているのだ。


「うん……私……パパとママが悪い奴等によって殺されて……気が付いたら……」

「ここに居たという事か……」


 少女の話を聞いた裕二は納得の表情をした後、自身と同じ境遇をしていると感じ取る。彼もまた娘を失い、妻と離婚してしまった。家族を失ってしまった気持ちは同情するのも無理なく、このまま放っておけないのも当然であるのだ。


「俺も娘を失って、妻と離婚した。お前と同じく家族を失ったからな」

「へ? あなたもそうだったの?」


 裕二の説明を聞いた少女は泣くのを止めて、驚きの表情で彼に視線を移す。まさか自分と同じ境遇の人がいるとは、思いもよらなかっただろう。

 すると少女は腕で涙を拭き取り、ニコッと笑顔を見せた。


「私達って似ているかもね……あっ、私はパルル。異世界ハルヴァスから来たの」

「パルルか。俺の名は神田裕二だ。宜しくな」

「うん。宜しく!」


 裕二とパルルはガッチリと握手を交わしたその時、一人の男が2人の目の前に姿を現す。その姿を見た彼等は驚きを隠せずにいたが、男は手振りを見せながら敵ではないことを証明する。


「待ってくれ。俺は敵じゃない。お前達は悪鬼によって家族を失ったそうじゃないか」

「その様子だと俺達の事を知っているみたいだな。何の様だ?」


 裕二とパルルは警戒の態勢に入りながら、男に視線を移していた。姿が黒コートで顔を隠しているのなら、怪しい人だと言えるだろう。


「そんな君達をスカウトしに来た……悪鬼を倒せる力を手に入れたいのなら……俺の組織に案内してやるぜ」


 男からの誘いを聞いた2人はどうするか考えた後、真剣な表情をしながら彼に視線を移した。

 その目に迷いはなく、まっすぐな目をしている。こうなると何を言っても無駄の様だが、自ら選んだ事を否定する権利は無いだろう。


「家族を失った元凶を倒せるのであれば、俺は勿論受ける!」

「私も! もうこれ以上何も失いたくない!」

「宜しい。俺の名はザルバッグだ。今から秘密結社であるヴァクロスに案内するから、俺に付いてきな」


 ザルバッグは自己紹介をしたと同時に、自らの手でワープロープを召喚する。そのまま彼は裕二とパルルを連れて、その中へと入り始めた。

 此等の出来事があった結果、裕二はパルルと共にヴァクロスの戦士に。そして、現在に至るのだった。

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