零夜達は林を抜けてクローバールに向けて歩いているが、そこに辿り着くまではあと3kmはあるとの事。ひとまず零夜達は丘の上で休憩を取る事にしたのだ。
「ふう……こんなに歩いたのは久し振りみたいね……」
倫子は草原の上で、仰向けに倒れ込み青い空を見上げていた。空は地球にいた頃と変わらないが、雲一つない青い空が広がっているのが見えている。どの世界でも青い空は同じだと実感しているのだろう。
(あれからモンスターの襲撃も度々あったけど、今のところはスライム、ファルコス、ツノラビが各十匹。モンスターを捕まえる数にも限度があるのは驚いたけど、今のところは一種類十匹までしか捕まえられないみたいね……)
倫子は心から思ったと同時に、バングルからウインドウを召喚する。画面には今いるモンスターの数が表示されていて、スライム、ファルコス、ツノラビが各十匹となっていた。レベルが上がれば更に捕まえられる数も増えていくが、その道のりは長いと言えるだろう。
(どうせならモンスターがもう少し欲しいな……他の種類は無いのかな……)
倫子はウインドウを消したと同時に、そのままスヤスヤと眠ってしまう。歩いていた分の疲れが溜まっているので、ゆっくり寝ようと判断したのだろう。
その様子を茂みからこっそりと見ている者達がいた。彼等はゴブリン。小鬼だが集団で行動するのが特徴であり、イタズラをするのが趣味である。
「おい。あいつ、いい胸しているじゃねーか。しかも裸オーバーオールだぞ」
「親分に持って行ったら喜ぶんじゃねーのか?」
「馬鹿! この前の失敗を忘れたのか!? あのセクハラによって、仲間の数が減らされた事を!」
ゴブリンAとゴブリンBは倫子を持ち帰りしようと企むが、ゴブリンCが静止をかける。彼は前に酷い目に遭った事を覚えていて、それを覚えていない2人に注意をしているのだ。
数日前に1人の女性を運んで持ち帰り、親分であるボスゴブリンに渡した。彼は胸と尻を揉んでセクハラし始め、女性の体を堪能していた。しかしそのセクハラも度が過ぎたのか、女性はボスゴブリンの股間を蹴って悶絶させる。更に腹いせにゴブリン達を次々とボコボコにして倒してしまい、そのまま逃げられてしまった。
これによってゴブリン達の多くが死んでしまい、現在はボスゴブリンとゴブリン10匹となっているのだ。
「だってよ。親分はまだ懲りてないみたいだし、付き合うしか方法はないだろ」
「奴に説得しても無駄だからな。懲りるのは当分ないだろうぜ」
ゴブリンAとゴブリンBの話を聞いたゴブリンCは、呆れながらため息をつくしかなかった。自分達が慕っているボスが、こんなセクハラ男である事に呆れるしかない。むしろこんなアホな人に付いてしまえば苦労は絶えず、逆に精神がおかしくなってしまうのだ。
「もういいよ! 俺はあんな奴と付き合うのはごめんだ!じゃあな!」
「おい、ちょっと待て!」
仲間の叫びも聞かずにゴブリンCが怒りながら立ち去ろうとしたその時、目の前にボスゴブリンが姿を現した。今の話を聞いていたので、怒りでワナワナ震えているのも無理はないだろう。
「おい。今、俺の悪口言っていたのは何処のどいつだゴラ」
「ゲッ、ボス! こ、これはその……」
ボスゴブリンの怒りにゴブリンCは慌てながら説明しようとするが、時既に遅し。ボスゴブリンの怒りは有頂天に達している為、説明しても手遅れと言えるだろう。
「馬鹿野郎! 俺の悪口を言うんじゃねえ!!」
「ぶへら!」
「ひゃい!?」
ボスゴブリンは大声を出しながら、ゴブリンCの顔面を右ストレートで殴り飛ばす。同時に倫子は今の大声で飛び起きてしまい、その場から走って逃げてしまった。
倫子は大きな声や雷の音が大の苦手で、聞こえたと同時に逃げてしまう弱点がある。今回の大声も彼女の耳に聞こえていたので、ビックリして逃げてしまうのも無理ないだろう。
ゴブリンCに至っては、ボスゴブリンに殴り飛ばされて宙を舞っていた。そのまま彼は草原に背中を打ち付けてしまい、ピクピクと痙攣しながら倒れてしまった。
「ったく。で、可愛い子ちゃんはどうした?」
「あなたの今の大声で逃げられました」
ゴブリンAが指差す方を見ると、倫子は既にその場から逃げられていた。ボスゴブリンが大声を出さなければ、逃げられる事はなかったのだろう。
「……まあ、過ぎた事は仕方がない。こうなったらあの女性を捕まえに向かうぞ!」
「となると……全戦力で戦うしか方法はないですね。他の七匹も呼びに向かいます!」
ボスゴブリンは何が何でも倫子を捕まえる事を宣言。それを聞いたゴブリンAは真剣な表情で考えた後、すぐに残りの仲間を集めに向かい出す。彼等を含めてゴブリンの数は十匹しかいないので、全戦力投入の判断を決意したのだ。
「後は痙攣しているバカを治療しろ。戦力を減らされたら困るからな」
「はっ!」
ゴブリンBは倒れているゴブリンCを回復させる為、自ら持っている回復ポーションを彼に飲ませ始める。ボスゴブリンは必ず倫子を我が物にしようと、素敵な笑みを浮かべたのだった。
※
「まさか寝ている途中で、大声によって起こされてしまうとは驚きました」
「災難でしたね……あの後、泣き止むのに時間掛かりましたよ」
その頃零夜達はクローバールに向けて歩いている最中で、倫子からの話に苦笑いしながら納得の表情をしていた。
倫子はボスゴブリンの大声から逃げた後に零夜に抱き着き、ヒックヒックと泣きながら怯えていた。彼と日和の慰めで泣き止む事が出来たが、年上なのに泣き虫という意外な一面もあるのは意外だっただろう。
「だって怖かったんだもん。大声での叫び声とか苦手だし……」
倫子はぷくーっと頬を膨らまし、首を横に向いてしまう。彼女の目には涙の跡も残っていて、本当に怖かった事が伺えられる。
「まあ、誰だって苦手な事はあるけど、私なんか大声ぐらいで怖くないからね!」
アイリンは余裕の表情をしながら前進した直後、彼女の目の前に蜘蛛のモンスターが姿を現した。しかもその大きさはライオンぐらいの大きさである。
「「「キャーッ!!」」」
倫子、日和、アイリンの三人は蜘蛛のモンスターに驚きを隠せず、一斉に零夜にしがみついてガタガタ震え出す。蜘蛛のモンスターは零夜達に見向きもせず、そのまま何処かに行ってしまった。
「アイリン。怖くないと言ったのに、怖がる物があるじゃないか。大嘘つくなよ」
「だって怖いんだもん……虫が苦手なんだから……」
「あんな大きい蜘蛛、初めて見た……」
「夢にまで出てきたら、怖くて漏れそう……」
倫子達は既にヒックヒックと涙を流してしまい、この様子にヤツフサも呆れるしかない。八犬士が蜘蛛ごときで怯えるのは情けないと言えるだろう。
「まったく。蜘蛛ごときで……敵が来るぞ! 早く戦闘態勢に入れ!」
「ふえ?」
ヤツフサの叫びに倫子達がキョトンとした直後、茂みの中から10匹のゴブリンが姿を現す。更にボスゴブリンまで姿を現し、零夜達の前に立ちはだかってきたのだ。
「お前等は何者だ!?」
「俺達はゴブリン! そこの美女を奪いに来たのさ!」
「へ? ウチ?」
ボスゴブリンは自己紹介した後、倫子を指差しながら奪う事を宣言をする。それに彼女がキョトンとしてしまうのも無理なかった。