零夜達がヤツフサから話を聞いてから十日後、異世界ハルヴァスへの出発の時が来た。彼等は誰もいない河川敷に集まり、ヤツフサは全員いるか確認する。
「ふむ。全員いるみたいだな。それまでの期間は色々大変だったと思うが」
ヤツフサは零夜、倫子、日和、アイリンの四人がいる事を確認した後、彼等は当日までの日々を振り返り始めた。
零夜達による職場への説明と記者会見は勿論だが、彼等の壮行会などのイベントにも参加させられる羽目になってしまった。零夜とアイリンは記者会見とイベントに参加するのは初めてであり、疲れでヘナヘナとすわりこんでしまう事もあったのは言うまでもないだろう。
「まあ、私達が新たな希望となる八犬士である以上、記者会見などは避けられなかったけどね」
アイリンは当時の事を振り返りながら苦笑いしていて、零夜達も同様に頷きながら同意していた。
彼等八犬士に選ばれた事でイベントなどにも呼ばれてしまうのは想定外だったが、貴重な経験をする事ができて良かったと心から思っている。特にアイリンは異文化を体験する事が出来たので、充実した日々を過ごせる事ができたのだ。
「さて、本題に入るぞ。いよいよ異世界ハルヴァスへと出発するが、準備はできているか?」
ヤツフサは異世界に向かう零夜達に対し、真剣な表情で質問をする。ここから先は異世界での戦いとなり、彼等がその世界に耐え切れる事ができるのか質問してきたのだ。
「俺は覚悟を決めています! あの後楽園の悲劇は今も覚えていますし、八犬士の一人として最後まで戦います!」
零夜は決意の表情をしながら宣言をしていて、ヤツフサも納得の表情をする。零夜は最後まで諦めずに立ち向かう覚悟があり、どんな状況でも一歩も引かない性格を持っている。
その覚悟を見た倫子達もお互い頷き合い、ヤツフサに視線を移し始めた。
「私も戦う! 零夜君ばかり無茶させる理由にはいかないからね。それに団体の活動停止の責任を、取らせてあげないと!」
「あの事件を目撃しただけでなく、八犬士として戦う覚悟があるわ。奴等は絶対に許さないから!」
「私も仲間の分まで戦うと決めたわ。ケンジ達の為にも……私は最後まで戦い続ける!」
倫子、日和、アイリンも零夜と同様、真剣な表情で戦う事を決意。彼女達もタマズサ達によって不幸になってしまっているので、やり返さないままでは終われない。むしろ零夜と同じく、どんな状況でも一歩も引かない覚悟を示しているのだ。
「それなら心配無用だな。では、ワープホールを開くぞ!」
ヤツフサは倫子達の様子を見て大丈夫そうだと安心したと同時に、自身の目の前にワープホールを召喚する。その行き先はハルヴァスと固定されているのは勿論、目の前には自然豊かな景色が広がっていた。
「いよいよ冒険が始まるのか……なんだか緊張するな……」
「ウチも。色々不安なんやけど、やるしかあらへん!」
「必ず生きて帰りましょう! 皆の為にも!」
「私としては元の世界に帰るけどね」
零夜達はこれから始まる冒険に対し、ドキドキしながらも談笑していた。アイリン以外異世界ハルヴァスに突入するのは初めてだが、これから始まる冒険に内心期待しているのは当然と言えるだろう。
「よし! 突入開始!」
ヤツフサの合図と同時に、彼等は次々とワープホールの中に飛び込んでいく。そして全員が飛び込み終えたと同時に、ワープホールはその場で消滅してしまったのだった。
※
零夜達はワープホールをくぐり抜けると、目の前には広大な自然が繰り広げられていた。空にはドラゴンやロック鳥が飛んでいて、遠くでは西洋の街並みも見えている。まさにファンタジー世界その物となっているのだ。
「小説や漫画、アニメ、ゲームなどで知ったけど、こんな世界もあるんだ……」
日和は今いるこの景色が、現実だという事を信じられずにいる。それに関しては零夜と日和も同じで、ただ景色に見惚れるしか無かった。初めて来た人にとっては見たことの無い物ばかりで、ポカンとしてしまうのも無理はない。
因みに零夜達の服も変わっていて、零夜は忍者服、倫子は裸オーバーオール、日和はカウガールの衣装となっているのだ。
「ええ。ハルヴァスはファンタジー世界でモンスター達も多くいるからね。けど、最先端技術の発達でスマホなどが使えるけど」
「へ!? ここでもスマホが使えるの?」
アイリンの説明に零夜達が驚きを隠せず、スマホが使える事にポカンとしてしまう。ファンタジー世界なのにスマホが使える事で、違和感や疑問に感じてしまうのも少なくない。むしろこの世界が異常と言うべきじゃないかと、心から思う人もいるだろう。
「魔術と科学が最先端に進んでいるのが、この世界の最大の特徴なの。あなた達の世界と変わらない部分もあるけど」
「ファンタジー世界なのに、近未来の技術も取り入れてるなんて凄いな……」
「確かに……ん?」
アイリンの説明を聞いた零夜は、感心の表情で納得しながら頷く。倫子と日和も同様に頷いた直後、自身の服が変わっている事に気付き始める。
地球にいた時は私服だったが、ハルヴァスでは現在の服装に変わっている。恐らくこの世界に来と同時に、自動的に服装まで変化するシステムが発動しているのだろう。
「服装がいつの間にか変化している……」
「この世界に来た途端に変化したみたいですね」
倫子と日和は服を引っ張りながら、自身の服が変化している事に納得する。倫子は最初この服装を恥ずかしがっていたが、次第に慣れて好む様になっているのだ。
その様子を見たアイリンは微笑んだ後、すぐにバングルを使いながらウインドウを開く。画面には現在地を示しているマップが映し出されていて、内容を確認しながら最初の目的を決め始める。
「まずはクローバールの町へ向かいましょう。そこには私達がよく通うギルドがあるから、私が無事である事を伝えないといけないの」
「確かにそうだな。それに行方不明のままで行動していたら、皆がびっくりして大変な騒ぎになるだろうし」
アイリンはウインドウを指差しながら、これからの目的を説明する。その内容に零夜達も納得し、報告をしなければパニックになるのは当然だと感じているのだ。
「そういう事。あと、ギルドに登録すれば様々なクエストも受けられるから。其の辺の手続きも済ませましょう!」
「そうやね。よっし! まずはクローバールに向けて出発開始!」
「はい!」
倫子の合図と同時に、アイリンの案内で彼女達はクローバールへと向かい出す。それを見た零夜とヤツフサも、倫子達の後を追いかけ始めた。
「彼女達の行動力は大した物だ。我々も見習わないとな」
「元の世界でもそうでしたけどね……」
ヤツフサは倫子達の行動力に感心をするが、零夜は複雑な表情で彼女達に視線を移していた。
かつて零夜は倫子と日和の行動に振り回されていて、その苦労は絶えなかったそうだ。今後はこの世界でも振り回されるだろうと思いながら、零夜はため息をつくしかなかった。