アムルス王国。ケンジ率いる勇者一行が住む国であり、彼らによってこの国の平和は保たれていた。
※
「はあ……」
ピンク色のロングヘアにドレスを纏う女性は、城の中庭で空を見上げながらため息をついていた。
彼女の名はマール。アムルス王国の国王ベルダスの娘である。ため息をついたのは、魔王討伐に向かったケンジたちのことが心配だったからだ。無事に帰ってきてほしいと空に祈っていた。
「ケンジさんたち、大丈夫でしょうか……無事に帰ってきてほしいです……」
とその時、彼女のスマホが鳴った。
「何かあったのかしら……な!?」
マールが画面を見るとタマズサによる配信が始まっていた。
「そんな! 魔王が生きているということは……まさか!?」
マールは、ケンジたちの身に何かあったのではないかと、気が気ではない。
そんなマールを余所にしてタマズサの演説が始まる。
『ハルヴァスの民よ。聞こえるか? 妾は魔王タマズサ。異世界から来た新たな魔王だ!』
(異世界から来た魔王……? 聞いたことがないですね……)
異世界から転移・転生した人間は知っているが、異世界から来た魔王など聞いたことがなかった。
『妾は勇者とその仲間を屠ったが、話にならん。雑魚としか思えぬ』
「そんな! まさかケンジさんたちが……」
マールは目に涙を浮かべ、ケンジの死にショックを受けていた。この世界を救った英雄が負けてしまうことは衝撃的で、何を言えばよいのか分からなくなってしまった。マールだけでなく、国民は皆同じ気持ちであっただろう。
『ケンジ、ゴドムは死亡。ベティ、メディは捕虜とした。今後、妾はこの世界を支配するため、各国への侵攻を開始する! 貴様らの絶望の顔、楽しみにしているぞ』
そこで配信が終わり、画面は真っ暗になった。演説を聞き終えたマールはポロポロと大粒の涙を流す。
勇者パーティーが負けたことに加え、ケンジが死亡したことにも大きなショックを受けていた。ケンジは自分のことを一番愛していると宣言してくれた大切な人だった。
「どうして……こんなことに……うう……」
マールは大粒の涙を流しながら嗚咽を漏らした。ケンジを失った悲しみが、何よりも深く心を抉っていく。他の皆もケンジとゴドムの死を嘆き、ハルヴァス全体が深い悲しみに包まれた……。
※
そのハルヴァスの様子を、1人の女神と1匹のフェンリルが真剣な表情で見つめていた。
女神の名はフセヒメ、フェンリルの名はヤツフサ。彼女らは里見家の家来に撃たれて死亡したが、彼女の珠によって八犬士が集結し、タマズサを倒したことが評価され、女神と神獣の役職を与えられた。今は神々が住む世界「ゴッドランド」で暮らしている。
彼女たちは、タマズサがハルヴァスの魔王として復活したことに黙っていられなかった。
「あの玉梓が復活するとは想定外でした。八犬士が止めを刺したはずなのに……」
「異世界転生か。誰によって召喚されたのかは分からないが、いずれにしても放っておくことはできないな」
「もちろんです……が、問題はどうやってハルヴァスに行くかです。私は女神なのでハルヴァスに降りることは不可能。そうなると八犬士に頼むしかありません」
「俺も同感だが、八犬士は今、別の任務に就いていてそれどころではないだろう。他に案はないのか?」
八犬士は別世界にいる悪魔との戦のただ中である。 しかし、フセヒメには考えがあった。彼女は懐から八つの珠でできた数珠を取り出し、それを強く握りしめて魔術を唱えようとしていた。
「……まさか新たな八犬士を誕生させるのか?」
「ええ。タマズサの軍勢を倒すにはそうするしか方法はありません。たとえこれが危険な賭けであっても、私は新たな八犬士を信じます」
フセヒメはヤツフサの質問に対し、真剣な面持ちで強く答え、詠唱を始めた。
「八つの珠よ。私の念を授ける代わりに、選ばれし戦士たちの元へ向かいなさい。そして彼らに力と……悪からハルヴァスを救う使命を与えよ!」
フセヒメが珠に念を込めると、八つの珠が光り輝き、分離しながら宙に浮いた。
「おお! その様子だと成功したのか!」
「あとは選ばれし戦士たちの元へ向かうだけです。さあ、行きなさい!」
フセヒメの言葉に反応して八つの珠は動き出した。そして、四つはハルヴァスに繋がるワープホールの中、残りの四つは別世界に繋がるワープホールの中に消えていった。
「まさか半分が別世界に行くとは驚いたな。行き先は地球のようだが……」
「勇者ケンジも、その世界の出身ですからね。もしかしたら……最強の戦士が誕生するかもしれませんよ」
「となると、善は急げだ。俺もそいつらを集めに向かうとしよう」
ヤツフサは地球へ向かうワープホールに飛び込んだ。その姿を見送ったフセヒメは、ハルヴァスの映像に視線を戻す。
(タマズサの野望を阻止するために私もできる限りのことをしないと!)
フセヒメは心の中で決意を固め、今後の計画を練り始めた。
新たな八犬士の伝説が、ここに始まろうとしているのだった……。