ゴドムまでもがやられてしまった。しかも、タマズサの部下によって致命的な攻撃を加えられるのは想定外で、この絶望的な状況にアイリンたちは言葉を失った。
「お前ら! こいつをなぶり殺せ! 手加減は無用だ!」
「「「あいよ!」」」
ゴブゾウの命令でインプたちが動き出し、心臓を貫かれていたゴドムを小突き回した。ゴドムは抵抗できず、ついには光の粒となって消滅した。
「なんて……ひどい……」
「悔しいけど、ここは逃げるしかないわ! ……急ぐわよ!」
「ええ! そうするしかないわね!」
ベティは茫然自失のメディの手を引き、アイリンと共に逃げ出した。
相手の戦力を見誤ったことで2人の犠牲者が出てしまった。パーティーの立て直しを図るためにも、ここは撤退する必要があった。
「逃がすな! 奴らを追いかけろ!」
「「「おう!」」」
タマズサの命令でインプの弓矢部隊が次々と矢を放つ。それに対し、メディは背後に防御バリアを展開して応戦する。
しかし、そのバリアも長くは持ちそうになかった。そこでベティはアイリンに視線を合わせ、一つの提案をする。
「アイリン! あなたは先に逃げて! そしてこの事を……騎士団の皆に伝えて!」
「ええっ!? 2人はどうなるの!?」
アイリンはベティから提案されるも、仲間を置いて逃げるわけにはいかなかった。
「大丈夫! 私の魔術なら奴らを追い払える! だから今は逃げて!」
「私たちも後で追いかけます! 心配はいりません!」
「……分かったわ! あなたたちも無事でいてね!」
アイリンはベティとメディの説得に頷き、走る速度を上げた。2人の思いを無駄にはできず、自分の使命を果たすため逃げることを選んだ。
(私がやらなければいけないんだ……騎士団に……伝えるためにも……絶対に逃げ切ってみせる!)
アイリンが決意を固めていると、突然、彼女の前にワープホールが出現した。逃げることに必死なアイリンは、無我夢中でその中に飛び込んだ。
「アイリン! 駄目!」
ベティが叫ぶが既に遅し。アイリンを飲み込んだワープホールはそのまま消えてしまった。
その光景にベティやメディだけでなく、タマズサたちも一瞬唖然としてしまう。自らの危険を顧みずに飛び込む姿は見事と言えるが、ここまで思い切った行動をとるとは思っていなかったのだろう。
残ったベティとメディは、再び全速力で逃げ始める。 アイリンの行方がわからなくなった以上、この敗北を騎士団に伝えられるのは自分たちだけだった。敵に捕まるわけにはいかない。
「……こうなったら速度魔術! スピーディア!」
ベティは速度魔術を自身とメディに浴びせ、最大出力のスピードで駆け出した。インプもこの速度には流石に追い付けず、次々と脱落していった。
インプたちは追いかけるのを諦めたが、タマズサは違った。右手をかざし、逃げる2人に対して魔術を唱え始める。
「妾は敵を逃がさぬ! 魔界の茨、召喚!」
「「!?」」
タマズサが召喚魔術を繰り出したと同時に、ベティとメディの足元に黒い茨が出現し、2人を捕らえた。
「何よ、この茨! 真っ黒じゃない!」
「棘が無いのは幸いですが、身動きが取れません!」
ベティとメディは茨から逃れようとするが、締め付けが強くそれは叶わなかった。
「こうなったら魔術を……あっ!」
「私の杖まで!」
ベティが茨を燃やそうと杖を構えるが、茨が鞭のように動いて二人の杖を取り上げた。これでは魔術を使えない。
茨の締め付けは動けば動くほど強くなっていく。
「これで分かったか? 貴様らは妾に勝てぬ。まあ……八犬士なら互角に戦えるかも知れぬがな」
「うぐ……」
タマズサの挑発にベティとメディは何も返せず、ガックリと項垂れた。
この戦いで仲間2名が死亡、1名は行方不明となり、残った自分たちは囚われの身。
2人は降伏せざるを得なかった。
「ゴブゾウよ、奴らを牢獄へと連れて行くが、その前に見せしめとして、この有り様をハルヴァスの民に伝えたい」
「ハルヴァス全土に勇者一行がやられたことを知らせるのですね。すぐに配信用の水晶玉を用意します!」
「水晶玉でできるのか?」
ゴブゾウは、水晶玉で映像の配信ができることを説明した。タマズサはこの世界についてまだまだ知らないことが多く、ゴブゾウは頼りになった。
ゴブゾウは鞄から水晶玉を取り出し、それをタマズサに見せる。それはタマズサの知る水晶玉そのものであり、大きさはバスケットボールぐらいだった。
「ほう。これは見事だ。大き過ぎるのが気になるが……」
「配信用はこれが基本ですからね……よし、お前ら! 配置につけ!」
「「「はっ!」」」
ゴブゾウとインプはキビキビと配置につく。世界配信で無様な姿を晒すわけにはいかなかった。
「さて、民草はどう反応するかな」
タマズサは邪悪な笑みを浮かべながら、水晶玉の前に移動する。この世界は絶望に包まれようとしていた。