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第119話 令嬢もそれなりに活動していた

「例えば?」

「そうね、例えば、黒夫人とか、ナジャ姫様とか」

「でもそれだけじゃあないでしょう?」

「関係をたどっていけば、そのお二方に突き当たるわ。どう?」

「何度も言いますが、上等。コレファレスとは会いましたか?」

「手紙をくれたから、手紙を返したわ。内容はコレファレスに聞いて。あのひとにはちゃんと通じたのね。なかなか頭のいい人だわ」

「ええ。彼は決して全部信用できるという訳じゃあありませんが、半分以上は信用してもいいでしょう。彼の利害があなたと一致するうちは、彼はあなたの力になるはず」

「そうね。あたしもそう思ったわ」


 ふふ、と笑うと、シラはやっとこちらに気づいた、とでも言うようにユカリの方を向いた。


「それで、こちらはだあれ?」


 喋らなければ、本当に可愛いだけの少女は、その髪と同じ色の瞳をユカリの方へ向けた。


「皇太后さまの部下」

「ふうん」


 シラはナギから手を離すと、ゆるく編んだ髪を揺らせてユカリに近づいた。


「初めまして。アヤカ・シラ・ホロベシですわ」

「初めまして、シラ嬢」


 するとシラはにっこりと笑った。だがその目は笑っていない。


「ナギがお世話になったそうね」

「……いや、自分のほうこそ、ずいぶんとお世話になりました」

「ナギは素敵でしょ」


 彼女はさらりとそう言葉を放つ。え、と彼は一瞬次の言葉を無くした。


「だけど、ナギはあたしのよ。忘れないでね」


 はあ、とユカリはそれしか返す言葉が見つからなかった。


「イラ・ナギマエナ・ミナミ様」


 部屋の扉が開いて、長い黒いスカートの女官が声を掛けた。ナギは何ですか、と短く答える。


「こちらへ」


 それじゃ、とナギは女官の後について、部屋を出て行った。シラはそれを見て少しすねた様に首を回す。


「あーあ、また置いていくんだから」

「……あなたが置いていかれるということはないでしょう、シラ嬢」


 ユカリはふと問いかけてしまった。そんなつもりは、彼には無かったというのに、つい。


「あら?」


 今そこに居るのに気づいた、という様にシラは彼の方を向くと、声を張り上げた。


「あるわよ!」


 強い声。確信を持ったその声が、彼の中に強く飛び込む。


「あたしはいつだって、ナギをつなぎ止められるなんて、考えたことはないわよ? あなたずっとナギと一緒に居て、判らなかったの?」

「それは」


 判っている。手を伸ばせば、彼女はするりとそれをかわして行く。その手がどんなに強く求めても、どんなに遠くに伸ばそうとしても。


「判るでしょ? 絶対ナギをつなぎ止めるなんて、何処の誰もできる訳がないのよ?」

「どうして、私にそんなことを聞くのですか?」


 ユカリは訊ねた。少なくとも、初対面の少女が聞く言葉ではない。


「だってあなた、ナギのこと好きでしょ。そうゆうのは、判るのよ」


 シラは強く重ねた。


「あたしも彼女が好きだもの。だから、ずっと居て欲しいわ。でもそんなこと口に出したら、彼女は絶対何処かへ行ってしまうのよ。だからあたしは、彼女が足を止めてもいいと思うようなひとで居たいのよ」

「それは…… 今あなたが言った様な、ことで?」

「それもあるわ。だけどそれだけじゃない」

「それだけじゃ?」


 シラは腕を胸の前で組む。


「あたし達は、判ったのよ、出会った時。お互いに、自分は自分でしかない、ってこと」

「自分は…… 自分?」

「誰かのための自分ではなく、自分のためだけに生きる自分でしかないって。あたしは彼女に会うまで、自分以外にそんな女が居るとは思わなかったわ。今だってそうよ」

「今でも? でもあなたは、この皇宮で、色んな方々に会ったのでしょう?」

「会ったわ。だけど、ナギ程のひとは、何処にもいなかったもの。あんな、傲慢で、それでいて格好いいひとなんて」


 だろうな、と彼は思う。


「でもあたしは、だからってナギにしがみつきたくはないわ。あたしは彼女が好きだけど、彼女に負けるのも嫌だもの」


 きっぱりとシラは言う。


「そういうあたしだったら、絶対ナギは逃げたりしない」


 なるほど、と彼は思う。


「……さすがですね」

「あらそう?」

「ええ。あなただったら、ずっと、彼女のそばに居られるでしょう」

「ずっと、なんて望まないわ。今日ここに居てくれればいいのよ」

「それだけでいいんですか?」

「それを毎日思うのよ。当然じゃない!」

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