「例えば?」
「そうね、例えば、黒夫人とか、ナジャ姫様とか」
「でもそれだけじゃあないでしょう?」
「関係をたどっていけば、そのお二方に突き当たるわ。どう?」
「何度も言いますが、上等。コレファレスとは会いましたか?」
「手紙をくれたから、手紙を返したわ。内容はコレファレスに聞いて。あのひとにはちゃんと通じたのね。なかなか頭のいい人だわ」
「ええ。彼は決して全部信用できるという訳じゃあありませんが、半分以上は信用してもいいでしょう。彼の利害があなたと一致するうちは、彼はあなたの力になるはず」
「そうね。あたしもそう思ったわ」
ふふ、と笑うと、シラはやっとこちらに気づいた、とでも言うようにユカリの方を向いた。
「それで、こちらはだあれ?」
喋らなければ、本当に可愛いだけの少女は、その髪と同じ色の瞳をユカリの方へ向けた。
「皇太后さまの部下」
「ふうん」
シラはナギから手を離すと、ゆるく編んだ髪を揺らせてユカリに近づいた。
「初めまして。アヤカ・シラ・ホロベシですわ」
「初めまして、シラ嬢」
するとシラはにっこりと笑った。だがその目は笑っていない。
「ナギがお世話になったそうね」
「……いや、自分のほうこそ、ずいぶんとお世話になりました」
「ナギは素敵でしょ」
彼女はさらりとそう言葉を放つ。え、と彼は一瞬次の言葉を無くした。
「だけど、ナギはあたしのよ。忘れないでね」
はあ、とユカリはそれしか返す言葉が見つからなかった。
「イラ・ナギマエナ・ミナミ様」
部屋の扉が開いて、長い黒いスカートの女官が声を掛けた。ナギは何ですか、と短く答える。
「こちらへ」
それじゃ、とナギは女官の後について、部屋を出て行った。シラはそれを見て少しすねた様に首を回す。
「あーあ、また置いていくんだから」
「……あなたが置いていかれるということはないでしょう、シラ嬢」
ユカリはふと問いかけてしまった。そんなつもりは、彼には無かったというのに、つい。
「あら?」
今そこに居るのに気づいた、という様にシラは彼の方を向くと、声を張り上げた。
「あるわよ!」
強い声。確信を持ったその声が、彼の中に強く飛び込む。
「あたしはいつだって、ナギをつなぎ止められるなんて、考えたことはないわよ? あなたずっとナギと一緒に居て、判らなかったの?」
「それは」
判っている。手を伸ばせば、彼女はするりとそれをかわして行く。その手がどんなに強く求めても、どんなに遠くに伸ばそうとしても。
「判るでしょ? 絶対ナギをつなぎ止めるなんて、何処の誰もできる訳がないのよ?」
「どうして、私にそんなことを聞くのですか?」
ユカリは訊ねた。少なくとも、初対面の少女が聞く言葉ではない。
「だってあなた、ナギのこと好きでしょ。そうゆうのは、判るのよ」
シラは強く重ねた。
「あたしも彼女が好きだもの。だから、ずっと居て欲しいわ。でもそんなこと口に出したら、彼女は絶対何処かへ行ってしまうのよ。だからあたしは、彼女が足を止めてもいいと思うようなひとで居たいのよ」
「それは…… 今あなたが言った様な、ことで?」
「それもあるわ。だけどそれだけじゃない」
「それだけじゃ?」
シラは腕を胸の前で組む。
「あたし達は、判ったのよ、出会った時。お互いに、自分は自分でしかない、ってこと」
「自分は…… 自分?」
「誰かのための自分ではなく、自分のためだけに生きる自分でしかないって。あたしは彼女に会うまで、自分以外にそんな女が居るとは思わなかったわ。今だってそうよ」
「今でも? でもあなたは、この皇宮で、色んな方々に会ったのでしょう?」
「会ったわ。だけど、ナギ程のひとは、何処にもいなかったもの。あんな、傲慢で、それでいて格好いいひとなんて」
だろうな、と彼は思う。
「でもあたしは、だからってナギにしがみつきたくはないわ。あたしは彼女が好きだけど、彼女に負けるのも嫌だもの」
きっぱりとシラは言う。
「そういうあたしだったら、絶対ナギは逃げたりしない」
なるほど、と彼は思う。
「……さすがですね」
「あらそう?」
「ええ。あなただったら、ずっと、彼女のそばに居られるでしょう」
「ずっと、なんて望まないわ。今日ここに居てくれればいいのよ」
「それだけでいいんですか?」
「それを毎日思うのよ。当然じゃない!」