道順は、クナイが突き刺さった腕から滴る血を舐め取り、不気味な笑みを浮かべた。
「俺がどうしてここにいるのか、不思議であろうのう」
「……何の話だ?」
「とぼけるな。まあ良いわ。天下の服部半蔵を出し抜いたのだ、せっかくだから種明かししてやろう」
半蔵は無言で道順を見据える。
「そもそも、俺自身が危険な芸州になど行くはずがなかろう。お前は知らんだろうが、俺には影武者がおってな。ふふふ……そいつを送り込んだまでよ。だが、待てど暮らせど戻らんのでな、万が一に備えて下忍に指示しておいた。春日神社の床下に密書を残せとな」
「ほう……その密書には何と?」
「知りたいか? ふん……良かろう、教えてやるわ」
道順は得意げに懐から密書を取り出し、広げて見せた。そこに記されていたのは ─ ─
一、大夫、真田大助と接見、これを許す
二、宝刀の所持を認める
三、真田大助、死んだと偽る
四、真田信繁、既に死す
「それがどうした?」
「ぐぬぬ……!」
半蔵が静かに言い放つと、道順は唇を噛んで声を荒げる。
「証拠は他にもあるわ! 芸州組が頭領の命に背き、お前までしゃしゃり出てきた。この状況こそが何よりの証拠じゃろ! ぐはははは!」
「まあよい、道順。ククク……」
藤林は肩を震わせながら笑い、じっと半蔵を睨んだ。
「服部半蔵よ。儂らの邪魔をするということは、すなわち幕府に刃向かうということ。お主は謀反人というわけじゃな……ひゃひゃひゃひゃ」
「幕府に逆らうつもりはない。ただ、お前には従わない。それだけだ」
「ほう? では誰に雇われておる? 金子でも積まれたか?」
「私は誰にも雇われていない」
「ならば聞こう。何のためにここへ現れた? 伊賀の者まで寝返らせた狙いは何じゃ? やはり『念仏』か? お主も『宝刀』を狙っておるのだろう!」
「最初はな。だが、伝説などどこにもなかった。あれは作り話だ。太閤秀吉が流した虚構よ」
「な、なんじゃと……流言だと?」
藤林の細い肩がピクリと痙攣する。
「ふん。戯れ言を……お主ごときに、儂が騙されるものか。ひひひひ……」
「長門守、『宝刀』はくれてやる。それを持って安藤の元へ行け。それでもまだ引かぬというなら ─ ─ こちらにも覚悟がある!」
「ほざけ! このままでは終わらんぞ!」
「
その頃、草原近くの街道に、幕府の上使・安藤重信が足軽隊を引き連れ、村役人たちの案内で到着した。
血相を変えて騒ぎ立つ百人を超える領民の姿を目にし、只事ではないと察した一行は、慌てて草原の中へ足を踏み入れる。
「あれは……何事ですか!?」
郡廻りの木嶋の視線の先には、血まみれで六郎に介抱されている俺の姿があった。
「ひ、ひゃああっ、さ、真田さまーーっ!?」
安藤重信も足軽隊を従え草原へ進み、周囲を一望する。
「長門守……これは一体どういうことだ?」
「あ、安藤さま……じ、実は……」
長門守は安藤重信の前に片膝をつき、恭しく頭を下げる。
「真田が……抵抗したもので……やむを得ず……」
「……それで、宝刀は手に入れたのか?」
「はっ、こちらにぃ!」
長門守は宝刀を両手で掲げ、重信へ差し出す。すでに鞘から抜かれた刀身には、鮮やかな血が滲んでいた。
「お前、その宝刀で真田を斬ったのか?」
「あ、いや……その……本物かどうか、確かめるために……」
「無礼者! 一国にも匹敵する価値を持つ宝刀だぞ。鑑定するのはお前の役目ではない。ましてや勝手に人を斬るなど、言語道断!」
「は、ははっ! 申し訳ございません!」
そこへ、お紺が一歩進み出て、重信に申し上げる。
「恐れながらご報告いたします。真田大助は『宝刀』を幕府に献上すると、すでにお渡しになりました。真田が歯向かった事実はございません」
「お、お紺! 貴様、儂を裏切った上に、幕府の上使に何をほざく!」
「……長門守、まあ待て。お紺とやらに尋ねる。では真田は、なぜ斬られたのだ?」
「はっ。それは……宝刀にまつわる伝説に、『ある念仏を唱えながら修行すれば無敵になる』という話がございます。その念仏を問われたものの、真田が答えを拒んだために……」
「天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊……これのことか?」
「え、安藤さま!? そ、それは……」
「かーーっ、長門守よ、そんな馬鹿げた伝説を本気で信じておったのか? とっくに流言と判明しておるわ。くだらん、くだらん!」
「そ、そんな……流言……で、ございますか……」
「……それよりも、真田と話をさせよ」
重信は数人の足軽を従え、ゆっくりと傷ついた俺のもとへ歩み寄る。
「一体、どうするつもりなのか……?」
俺だけでなく、半蔵や伊賀の者たち、村の主だった面々、そして草原を取り囲む山村の領民たちまで ─ ─ この場にいる全員が、重信の