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第55話 黒幕の登場

 道順は、クナイが突き刺さった腕から滴る血を舐め取り、不気味な笑みを浮かべた。

「俺がどうしてここにいるのか、不思議であろうのう」

「……何の話だ?」

「とぼけるな。まあ良いわ。天下の服部半蔵を出し抜いたのだ、せっかくだから種明かししてやろう」


 半蔵は無言で道順を見据える。


「そもそも、俺自身が危険な芸州になど行くはずがなかろう。お前は知らんだろうが、俺には影武者がおってな。ふふふ……そいつを送り込んだまでよ。だが、待てど暮らせど戻らんのでな、万が一に備えて下忍に指示しておいた。春日神社の床下に密書を残せとな」


「ほう……その密書には何と?」

「知りたいか? ふん……良かろう、教えてやるわ」

 道順は得意げに懐から密書を取り出し、広げて見せた。そこに記されていたのは ─ ─ 


一、大夫、真田大助と接見、これを許す

二、宝刀の所持を認める

三、真田大助、死んだと偽る

四、真田信繁、既に死す


「それがどうした?」

「ぐぬぬ……!」

 半蔵が静かに言い放つと、道順は唇を噛んで声を荒げる。

「証拠は他にもあるわ! 芸州組が頭領の命に背き、お前までしゃしゃり出てきた。この状況こそが何よりの証拠じゃろ! ぐはははは!」


「まあよい、道順。ククク……」

 藤林は肩を震わせながら笑い、じっと半蔵を睨んだ。

「服部半蔵よ。儂らの邪魔をするということは、すなわち幕府に刃向かうということ。お主は謀反人というわけじゃな……ひゃひゃひゃひゃ」

「幕府に逆らうつもりはない。ただ、お前には従わない。それだけだ」

「ほう? では誰に雇われておる? 金子でも積まれたか?」

「私は誰にも雇われていない」

「ならば聞こう。何のためにここへ現れた? 伊賀の者まで寝返らせた狙いは何じゃ? やはり『念仏』か? お主も『宝刀』を狙っておるのだろう!」

「最初はな。だが、伝説などどこにもなかった。あれは作り話だ。太閤秀吉が流した虚構よ」

「な、なんじゃと……流言だと?」

 藤林の細い肩がピクリと痙攣する。

「ふん。戯れ言を……お主ごときに、儂が騙されるものか。ひひひひ……」

「長門守、『宝刀』はくれてやる。それを持って安藤の元へ行け。それでもまだ引かぬというなら ─ ─ こちらにも覚悟がある!」

「ほざけ! このままでは終わらんぞ!」

老耄おいぼれよ、昔のように動けると思うな。長生きしたいなら、ここで引くんだな」


 その頃、草原近くの街道に、幕府の上使・安藤重信が足軽隊を引き連れ、村役人たちの案内で到着した。

 血相を変えて騒ぎ立つ百人を超える領民の姿を目にし、只事ではないと察した一行は、慌てて草原の中へ足を踏み入れる。


「あれは……何事ですか!?」


 郡廻りの木嶋の視線の先には、血まみれで六郎に介抱されている俺の姿があった。


「ひ、ひゃああっ、さ、真田さまーーっ!?」


 安藤重信も足軽隊を従え草原へ進み、周囲を一望する。

「長門守……これは一体どういうことだ?」

「あ、安藤さま……じ、実は……」

 長門守は安藤重信の前に片膝をつき、恭しく頭を下げる。

「真田が……抵抗したもので……やむを得ず……」

「……それで、宝刀は手に入れたのか?」

「はっ、こちらにぃ!」


 長門守は宝刀を両手で掲げ、重信へ差し出す。すでに鞘から抜かれた刀身には、鮮やかな血が滲んでいた。


「お前、その宝刀で真田を斬ったのか?」

「あ、いや……その……本物かどうか、確かめるために……」

「無礼者! 一国にも匹敵する価値を持つ宝刀だぞ。鑑定するのはお前の役目ではない。ましてや勝手に人を斬るなど、言語道断!」

「は、ははっ! 申し訳ございません!」


 そこへ、お紺が一歩進み出て、重信に申し上げる。

「恐れながらご報告いたします。真田大助は『宝刀』を幕府に献上すると、すでにお渡しになりました。真田が歯向かった事実はございません」

「お、お紺! 貴様、儂を裏切った上に、幕府の上使に何をほざく!」

「……長門守、まあ待て。お紺とやらに尋ねる。では真田は、なぜ斬られたのだ?」

「はっ。それは……宝刀にまつわる伝説に、『ある念仏を唱えながら修行すれば無敵になる』という話がございます。その念仏を問われたものの、真田が答えを拒んだために……」


「天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊……これのことか?」


「え、安藤さま!? そ、それは……」

「かーーっ、長門守よ、そんな馬鹿げた伝説を本気で信じておったのか? とっくに流言と判明しておるわ。くだらん、くだらん!」

「そ、そんな……流言……で、ございますか……」

「……それよりも、真田と話をさせよ」


 重信は数人の足軽を従え、ゆっくりと傷ついた俺のもとへ歩み寄る。

「一体、どうするつもりなのか……?」


 俺だけでなく、半蔵や伊賀の者たち、村の主だった面々、そして草原を取り囲む山村の領民たちまで ─ ─ この場にいる全員が、重信の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを固唾を呑んで見守っていた。








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