草原で六郎と十蔵が土を掘り返し、埋められていた木箱を引き上げる。俺は蓋を開け、宝刀を両手で握りしめると、藤林へ突き出すように掲げた。
「これが、秀頼公から賜った宝刀だ! 今ここに、幕府へ献上する!」
藤林は喉の奥でカラカラと笑った。
「……よこせ」
俺は迷わず、側に控える伊賀の者へ宝刀を差し出した。よく見ると、その手を伸ばしたのは「お紺」だった。彼女は無表情のまま、淡々と藤林に宝刀を渡す。
すると彼は、枯れ枝のように節くれだった指で鞘を撫で回した。その皺だらけの指先が、豊臣家の家紋を何度も何度もなぞる。やがて「ひひっ」と笑いを漏らし、ゆっくりと鞘から刃を抜く。
「なぁるほどぉ……これが一国を超える価値があるという宝刀かぁ……」
ねっとりとした声音が耳にまとわりつく。濁った目が刀身に映る己を舐めるように見つめ、舌で唇をひと舐めした。
次の瞬間、この老人は突然、腰をひねり、宝刀を高く掲げたかと思うと ─ ─ ぐるりと奇妙に身体を回転させ、円を描くように空を斬る。
「軽い! 何て軽さだ……まるで我が腕の一部のようよぉ!」
狂気じみた笑いと共に、藤林は宝刀を振るう。その度に骨ばった身体がぎくしゃくと歪み、まるで人形が糸で操られているかのような異様さを放っていた。
「あぁぁ、これで儂も無敵じゃぁ……まだまだ死ねん、まだまだ生き永らえてやるわぁ……!」
宝刀を手にした老人は、まるで憑りつかれたように刃を愛撫する。その指先は異様に震え、口元には薄気味悪い笑みが貼り付いている。
ふいに彼は俺の正面へぬるりと向き直り、構えを取った。
「聞いたぞ、大助ぇ……この宝刀で徳川の足軽を次々と撫で斬りにしたそうじゃなぁ……ふふふ……ふひひひっ」
「……だから何だ」
「決まっておろう。儂も試してみたいのじゃ。この宝刀の ─ ─ 斬れ味となぁ!」
その言葉を合図に、伊賀の者たちは一斉に間合いを取り、身を低く屈めて戦闘態勢をとる。やはり、穏便に済むはずもなかった。
周囲から領民の悲鳴が漏れた。芸州組を含む八人の忍びが俺たち三人を包囲し、獲物を追い詰めるように、じわじわと間合いを詰めてくる。
「六郎、十蔵、手を出すな!」
「……心得ました、若」
「ひひひ……一人で抗う気か。いいだろう、愚か者め。兵など要らぬ。お前如きこの儂一人で、たっぷり味わってやるわ……ひひひひ」
半蔵の「策」通りの展開になった。できれば、ここで芸州組の裏切りが露見するのは避けたい。だが、相手は
おそらく藤林も、
俺は深く息を吸い、震える手を押さえつけるようにして、ゆっくりと刀を抜いた。
「フン、遠慮は要らんぞ。真田大助……ふひひひ」
その声と同時に、藤林の姿がスッと霧に溶けるように消えた。瞬間、背筋を氷の刃が撫でるような悪寒が走る。振り向きざま、背中をかすめる鋭い刃。間一髪で身をかわしたものの、彼はすでに次の一撃を放っていた。
「カキィンッ! キン、キン、キンッ!」
縦、横、斜め ─ ─ まるで蛇が身をくねらせるように刀が唸る。必死に受けるので精一杯だ。その軌道はどれも不規則で、狂気に満ちた舞のよう。とても読み切れるものではない。
これが九十年、生き抜いてきた者だけが纏う、底知れぬ恐ろしさなのか。
ふと、藤林の動きがピタリと止まる。薄笑いを浮かべたまま、背筋をゆっくりと軋ませながら首だけをぬるりと回し、俺を見据えた。
「なあ、大助よ……ひとつ、聞いておきたいことがあるんじゃわ」
「……何だ」
「宝刀にまつわる伝説でな、『念仏』のことは知っておろうのう?」
彼が口の端をゆがめ、ねっとりと問いかける。
「……ああ、知ってる」
「教えろ」
声はささやきにも似て、耳の奥にまとわりつくようだ。
「……」
念仏を口にすれば、即座に斬られるかもしれない。逆に「内容までは知らぬ」と言えば、この老人は諦めるのか? いや ─ ─
俺は迷った。
そもそも、この化け物じみた老人は、本気で伝説を信じているのか? あるいは、信じるふりをして俺の心を切り崩そうとしているのだろうか……。