俺は床にうずくまり、しゃくり上げるように泣いていた。
「よしよし……四郎兵衛、例の物を」
「はっ」
四郎兵衛が一歩前に進み、厳かに告げる。
「真田大助、よく聞け!」
「は……はっ」
「藩親方さまの格別なるご配慮により、山林郷・山村復興のため、米を援助する。襖を開けーい!」
バッと小姓が襖を開け放つ。庭園には、幾つもの米俵が山のように積まれていた。尋常ならざる量だ。そして、その傍らには人足姿の男が控えている。どこか見覚えのある顔 ─ ─ 。
「あ……」
「若さま、お久しぶりです!」
「な、何と!? 十蔵ではないか!」
大量の救済米にも驚いたが、それ以上に懐かしい男の姿に思わず目を疑った。これは夢ではないかと……。
「この者は信濃へ身を寄せていたが、お前の配下に加えよと、
四郎兵衛が、初めて俺に笑みを向けた。
「生きていたのか!」
「ええ、しばらくは大坂に潜伏しておりましたがね」
懐かしさが込み上げてくる。これまでの経緯をじっくり語り合いたいところだが、そろそろ接見の時間も終わりに近づいていた。
「大助よ、お前が死んだことは家中に言い含めておく。ほとぼりが冷めるまで辛抱せよ……よいな?」
「はっ、私のような落武者には、もったいなきお言葉。それに、このような救済米、まことに助かります。私はこれより芸州に、山村に身を投じ、励んでまいりまする!」
「うむ、うむ」
俺の胸に去来するのは、ただひたすらな感謝だった。父上のことは無念だが、三年半もの間、捕えられるのではと怯え続けた日々が、ついに終わったのだ。
そう、俺は生き延びたのだ !
─ ─ こうして、西国の外様大名であり、豊臣恩顧の大名として最後の大物といえる福島正則との接見は、喜びの幕を閉じた。
山村までの帰路の途中、米十二俵を積んだ人力荷車を、国宗の郎党とともに六郎、十蔵が前後で押しながら、久方ぶりの再会を懐かしむ。
「六郎、これまでよう辛抱しましたねぇ。さすがは『爆弾の望月六郎』だよ。はははは……」
「いやあ……色々あったが、それなりに楽しんでおったわい。わはははは」
その様子を見ながら、忠次郎は興奮を抑えきれなかった。
「大助さま、こんなにお米をいただけるなんて、信じられません。これで山村は救われました。さらに年貢まで免除していただいて……ああ、早く帰って皆に見せたい。胸を張って言いたいです!」
「忠次郎殿、大成功でしたな。庄屋として見事なお働きでございますよ」
「そんな、六郎殿……恥ずかしいですよぉ。えへへ」
我らは皆、上機嫌だった。神社へ向かうときよりも、荷車を押しながら帰るほうがはるかに負担は大きいが、それでもずっと早く感じられた。
そして、夕暮れ時、山村へ辿り着いた。
国宗家の前には人だかりができている。国宗、富盛、面前、神田の主だった者たちと郎党、そして百姓たちが、目の前の「米俵」に驚きと喜びの声を上げている。
ただ、米は道中で木嶋や梶山らに抜かれ、山村に届いたのは八俵に減っていた。それでも十分助かる。安価なアワやヒエに替えれば、この冬は乗り越えられるだろう。廃城跡に避難している百姓たちの食料も、ひとまずは確保できたのだ。
「あー、皆さん! これだけではありませんよ!」
忠次郎が得意げに声を張り上げる。
「何だ、何だ!?」
「オホン。藩主さまが、なんと『二年間、年貢を免除する』と仰せになられましたー!」
「お、おおーっ!」
「忠次郎殿、よくやったぞ! それでこそ庄屋じゃー!」
「キャー、忠次郎さま、すごーい!」
皆が忠次郎に注目し、感謝の意を示す。
「えへへ、それほどでも……」
屋敷前の賑わいをよそに、俺はそっと母屋へ戻った。お久に会うためだ。
「無事、戻ったぞ」
お久は相変わらず土間で炊事をしている。
「お帰りなさい。お腹空いたでしょう」
「ああ、そうだな」
「雑炊、召し上がってください」
「うん、ありがとう。そういえば、大夫さまが、お久と作った『お味噌』が大層美味しいと喜んでいたぞ」
「そうですか? うふふ、それは良かったです!」
お久は満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに答えた。俺は感無量となり、思わず彼女を強く抱きしめた。
「……生きて帰ってこられた」
「……あい」
「藩親方さまに……許された」
「……大助さま、嬉しいです」
お久の温もりが胸に広がる。込み上げる思いに、俺は静かに涙を流した。そして、彼女も ─ ─ 。