正則は小姓に宝刀を預けると、さらに自らの刀を帯から抜き取り、それも小姓に渡した。
「普段はこれを使うがよい。秀頼さまの刀は、大切に飾っておけ」
唐突に差し出された二本の刀。一方は間違いなく宝刀だが、
「これは……?」
「はっはっは、驚いたか。実はな、宝刀を作らせたのは儂なのだ。殿下の命を受け、いくつか作ってその中から選んでもらった。で、残った刀は儂の手元にある」
「では……大夫さまの刀が、宝刀として選ばれていた可能性もあったと? そんな貴重なものを私が拝領してよろしいのですか?」
「心配はいらぬ。まだいくつかある。取っておけ」
「あ、ありがたき幸せにございます!」
思いもよらぬ展開に、俺はただ驚くばかりだった。しかし、正則の口からさらに意外な言葉が続く。
「あー、それとな。話しておかねばならぬことがある。……そちの親父、
「父上の!?」
「うむ。大坂の陣では、将軍家を追い詰めた『日の本一の武将』と、誰もがそう思うておる。まこと立派な
「まっ、まことでございますか!?」
「ああ、
「父上は、とうに……」
な、なんだ。俺はいつか会えると信じて、この芸州で六郎とともに頑張ってきたのに。三年前といえば、ここに来てわずか半年ほどで亡くなっていたとは……。
「まこと、惜しい男を亡くした。実はな、儂は幕府から、親父殿が芸州へ来たなら『真田親子を捕えよ』と命じられておった」
「と、殿!?」
慌てて四郎兵衛が言葉を遮ろうとした。
「いいから最後まで言わせろ。……とはいえな、そんな気などさらさらないわ。未だに幕府は、真田信繁が生きてると信じておる。このまま
正則は豪快に笑ったが、ふと真剣な表情になり、低い声で続けた。
「だが……そうは言っても、幕府の追及に備えることも大事じゃ」
「はい」
「こうしよう。真田大助は、先の野分で川に転落し、宝刀とともに行方不明になった ─ ─ そういうことに致す。よいな?」
「実際、私は増水した二郷川で溺れ、命の危機にさらされました」
「そうか、それならちょうどよい。お前は宝刀とともに消えた落武者じゃ」
宝刀と共に消えた落武者……。
「だから、大助よ。これからもこの芸州で励むがよい。儂が守ってやる。今日はそれが言いたかったのじゃ」
「……っ!」
な、なんと……芸州で励めと……許された? 俺は、俺は許されたのか……!?
「わ、……わーーーーーーーーっ!!」
堰を切ったように涙があふれた。張り詰めていた緊張から解放されたせいか、助かったという安堵のせいか、それとも父上がとうに亡くなっていた悲しみなのか ─ ─ 自分でも分からない。ただ、人前で泣くなんて、幼い頃以来だ。それも、藩主の御前で……。
その頃、神社付近で監視していた半蔵が動く。本殿の床下から、音もなく飛び出した下忍を捉えた。すかさず配下に指示を出す。すると、芸州組の忍びが目にも留まらぬ速さで下忍を追った。
「半蔵殿、下忍が飛び出したということは……?」
「道順の配下が何かを掴み、江戸へ向かったのだろう。だが、逃しはせん」
「若は……?」
「お紺の煙幕はない。無事だ」
「そうか、それは良かった。では、儂も道順の手勢と一戦交えますかな」
「いや、六郎は小僧の側にいてやれ」
「しかし……」
「これは私どもの戦い。いわば、伊賀の内輪揉めだ。真田の忍びには、ご遠慮願おう」
「それでは申し訳が立たぬ」
「六郎、あの人だかりを見て、まだ気づかぬのか?」
「ん?」
半蔵の視線が、春日神社の庭園に集まる人々へと向けられた。福島家の家臣、山村の役人、国宗家の郎党。そして出発に向けて多くの人足たちが慌ただしく立ち回っている。
「あの人足の中に、異様な気配を放つ者がいるが……」
「なに?」
六郎は半蔵の視線を追い、目を凝らした。
「えっと…………あっ、あの者は!?」
「フッ。何者なのか、ようやく答えが出たな。敵ではないのなら、これで安心した。六郎、また会おう ─ ─ 」
そう言い残すと、半蔵の姿は一瞬にして掻き消えた。