怪しげな百姓風の男たちは、神田本家が所有する高台の畑に忍び込んでいく。ここは、野分の被害をほとんど受けていない、数少ない畑のひとつだ。かぼちゃ、
男たちは見張りを立て、主犯格と思しき男が素早く作物を刈り取り、手際よく籠へ詰めていく。
「やはり盗人か……」
俺は畑近くの作業小屋に身を潜め、じっと様子を窺っていた。
すると、畑の手入れをしに来たのだろう、神田の郎党が現れた。
「真田さま……ですか? いかがされました?」
「あの畑にいる男たちは、神田の者か?」
「はて、存じませぬ。……あっ、あれは盗人でございますよ。真田さま、捕らえましょう!」
「よし、俺に任せろ!」
小屋に立てかけられていたクワを手に取る。普段から宝刀を所持しているが、不逞の輩ごときに抜くのは勿体ない。クワで十分だ。
「おい、お前ら、そこまでだ!」
「あっ!」
三人の男たちは驚き、逃げるか戦うか迷っているようだ。相手は俺ひとり。しかも武器はクワ。若い侍風の男が相手なら、三人いればどうにかなるかもしれないと考えているのだろう。
だが、その迷いが命取りだ。俺は一瞬の隙を突き、見張り役の腹にクワの柄を突き込んだ。
「ぐっ……!」
男は呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。残る二人は動揺し、次の瞬間、
「観念しろ! 盗んだ作物を置いていけ!」
「く、くそっ!」
男たちは籠を投げ捨て、見張りの男を置き去りにして逃走していく。俺は追わずに、その場に倒れた男に問いただした。
「お前たちはどこの者だ?」
「……か、勘弁してください……。村の食料が底をつき……つい……」
「食料が乏しいのは何処も同じだ。このままでは、我々も冬を越せぬほどの状況なのだぞ」
いつの間にか、神田の郎党たちが続々と集まってきていた。
「この野郎、盗っ人め! 代官さまに突き出してやる!」
「そうじゃ、そうじゃ! ねえ、真田さま!」
「……残念だが、ひっ捕らえよ」
「ははっ!」
郎党たちは男を取り押さえ、連行していく。逃げた連中も、いずれは捕まるだろう。
だが、このままではまずい。普通の領民が盗みに手を染めるほど、状況は逼迫しているのだ。復興には人手が必要だが、当面は見回りを強化するしかない。
国宗の縄張りでは、忠兵衛らご隠居たちが領内の整備を進める傍ら、畑や蔵の監視も担っていた。俺は三役で見回り組を結成しようと考えていたが、山村全域を隈なく監視するには人手が足りない。どうしたものか……と悩みながら国宗家に戻ったところで、ふと妙案が浮かんだ。
なるほど、神田の縄張りでも、ご隠居たちに見廻りを任せればいいんだ。
─ ─ こうして、各縄張りでご隠居を中心とした見廻り体制を強化することにした。
そして、国宗家に立ち寄ったついでに「離れ」へ戻り、食材の確認をしていた時のことだ。
「おーい、大助ちゃーん!」
裏の畑から、女性の声が聞こえた。
「あ、お前は……お紺!?」
「入るよお」
お紺は、かつて裸で俺を温めてくれた「くノ一」。その姿を見るとどうしてもあの時のことを思い出し、妙な気分になる。ただ、今の彼女は忍び装束ではなく、村娘のような素朴な装いをしていた。
「どうした?」
「半蔵からの伝言だよ。明日、奉行が接見命令を下すためにここへ来るってさ」
「……い、いよいよか。で、他には?」
「うーん、福島正則本人に敵意はなさそうだけど、家中の者たちはそう思ってないみたいだから断言できないね。実際に会ってみないとどうなるか分からない。こりゃ博打だよー。だから、『行くか逃げるか』を決めておいてくれってさ」
「俺は断じて逃げない。そう半蔵に伝えてくれ」
「うん、分かった。じゃ、あたいらも警戒するからね。最悪、戦になるかもよー」
「そうなれば……」
「犬死はしないでよ、大助ちゃん?」
「ああ、そうだな。お紺」
さて、どうなるのか。福島公は今さら、なぜ俺に会おうとしているんだ? 捕えるつもりか、宝刀を献上させる気か、それとも殺す気か……。あるいは、
その意図は、どうにも読めない。だが、考えたところでどうにもならない。ここまで生き延びてきたんだ。あとはもう、運に身を任せるしかない……。
その後、国宗家の郎党に手伝ってもらい、アワなどの食材を馬に積み、ひとまず廃城跡へ戻ることにした。俺が不在でもひと月は持つだけの食材を運んでおきたかった。そして、何より六郎に接見の件を伝え、話し合わねばならない。もう待ったなしなのだ。