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第43話 行くか逃げるか

 怪しげな百姓風の男たちは、神田本家が所有する高台の畑に忍び込んでいく。ここは、野分の被害をほとんど受けていない、数少ない畑のひとつだ。かぼちゃ、葛西菘小松菜、さやいんげんなどが奇跡的に実り、ちょうど秋の収穫を迎えていた。


 男たちは見張りを立て、主犯格と思しき男が素早く作物を刈り取り、手際よく籠へ詰めていく。


「やはり盗人か……」


 俺は畑近くの作業小屋に身を潜め、じっと様子を窺っていた。

 すると、畑の手入れをしに来たのだろう、神田の郎党が現れた。

「真田さま……ですか? いかがされました?」

「あの畑にいる男たちは、神田の者か?」

「はて、存じませぬ。……あっ、あれは盗人でございますよ。真田さま、捕らえましょう!」

「よし、俺に任せろ!」


 小屋に立てかけられていたクワを手に取る。普段から宝刀を所持しているが、不逞の輩ごときに抜くのは勿体ない。クワで十分だ。


「おい、お前ら、そこまでだ!」

「あっ!」


 三人の男たちは驚き、逃げるか戦うか迷っているようだ。相手は俺ひとり。しかも武器はクワ。若い侍風の男が相手なら、三人いればどうにかなるかもしれないと考えているのだろう。

 だが、その迷いが命取りだ。俺は一瞬の隙を突き、見張り役の腹にクワの柄を突き込んだ。


「ぐっ……!」


 男は呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。残る二人は動揺し、次の瞬間、かかとを返して逃げ出そうとした。


「観念しろ! 盗んだ作物を置いていけ!」

「く、くそっ!」


 男たちは籠を投げ捨て、見張りの男を置き去りにして逃走していく。俺は追わずに、その場に倒れた男に問いただした。


「お前たちはどこの者だ?」

「……か、勘弁してください……。村の食料が底をつき……つい……」

「食料が乏しいのは何処も同じだ。このままでは、我々も冬を越せぬほどの状況なのだぞ」


 いつの間にか、神田の郎党たちが続々と集まってきていた。

「この野郎、盗っ人め! 代官さまに突き出してやる!」

「そうじゃ、そうじゃ! ねえ、真田さま!」

「……残念だが、ひっ捕らえよ」

「ははっ!」


 郎党たちは男を取り押さえ、連行していく。逃げた連中も、いずれは捕まるだろう。

 だが、このままではまずい。普通の領民が盗みに手を染めるほど、状況は逼迫しているのだ。復興には人手が必要だが、当面は見回りを強化するしかない。


 国宗の縄張りでは、忠兵衛らご隠居たちが領内の整備を進める傍ら、畑や蔵の監視も担っていた。俺は三役で見回り組を結成しようと考えていたが、山村全域を隈なく監視するには人手が足りない。どうしたものか……と悩みながら国宗家に戻ったところで、ふと妙案が浮かんだ。

 なるほど、神田の縄張りでも、ご隠居たちに見廻りを任せればいいんだ。

 ─ ─ こうして、各縄張りでご隠居を中心とした見廻り体制を強化することにした。


 そして、国宗家に立ち寄ったついでに「離れ」へ戻り、食材の確認をしていた時のことだ。


「おーい、大助ちゃーん!」

 裏の畑から、女性の声が聞こえた。

「あ、お前は……お紺!?」

「入るよお」


 お紺は、かつて裸で俺を温めてくれた「くノ一」。その姿を見るとどうしてもあの時のことを思い出し、妙な気分になる。ただ、今の彼女は忍び装束ではなく、村娘のような素朴な装いをしていた。


「どうした?」

「半蔵からの伝言だよ。明日、奉行が接見命令を下すためにここへ来るってさ」

「……い、いよいよか。で、他には?」

「うーん、福島正則本人に敵意はなさそうだけど、家中の者たちはそう思ってないみたいだから断言できないね。実際に会ってみないとどうなるか分からない。こりゃ博打だよー。だから、『行くか逃げるか』を決めておいてくれってさ」

「俺は断じて逃げない。そう半蔵に伝えてくれ」

「うん、分かった。じゃ、あたいらも警戒するからね。最悪、戦になるかもよー」

「そうなれば……」

「犬死はしないでよ、大助ちゃん?」

「ああ、そうだな。お紺」


 さて、どうなるのか。福島公は今さら、なぜ俺に会おうとしているんだ? 捕えるつもりか、宝刀を献上させる気か、それとも殺す気か……。あるいは、父上幸村の情報を得るためか、単に生存確認に過ぎないのか ─ ─ 。

 その意図は、どうにも読めない。だが、考えたところでどうにもならない。ここまで生き延びてきたんだ。あとはもう、運に身を任せるしかない……。


 その後、国宗家の郎党に手伝ってもらい、アワなどの食材を馬に積み、ひとまず廃城跡へ戻ることにした。俺が不在でもひと月は持つだけの食材を運んでおきたかった。そして、何より六郎に接見の件を伝え、話し合わねばならない。もう待ったなしなのだ。






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