実はまだ六郎に昨夜のことを話していなかった。話せば、山村から離れようと言い出しかねない。俺の本音は、六郎だけでも皆が身を潜めている摂津か信濃へ逃がしたい。だが、説得する自信もなく、ただ迷うばかりだった。
「六郎、食材を探してくる。留守を頼むぞ」
「はっ、お気をつけて」
山村の南東に位置する神田の縄張りは、今まで探索したことがない。山に行けば何か食材が見つかるのではないかと期待しつつ、忠吾郎を連れて出かけることにした。ところが、ふと振り返ると源と和が、いつの間にかついて来ている。
「おい、山は危ない。廃城跡で待ってろ」
「おいら、山には詳しいよ。いつも行ってるから」
「うちも一緒に行きたい!」
「大助さま、道案内させてはどうでしょう? 僕が面倒を見ますから」
「む……俺から絶対に離れないと約束できるか?」
「うん、約束する!」
「……わかった。お前たち、案内してくれ」
「やったー!」
源から、この領域の山々について詳しく話を聞きながら歩く。隣村との境や沢の場所、
ちょうど見晴らしの良い丘の上に立ち、山々を眺めた。遠くから見ても食材の匂いはしないが、所々に土砂崩れが起きた斜面が見える。俺たちはなるべく人が荒らしていない、かつ野分の被害が少ない山を選んで進むことにした。
「食材が見つかればいいですね、大助さま」
「ああ、実りの秋だ。何かは見つかるはずだ」
ほんの少しの野菜を入れた味噌味の雑炊だけでは、領民もすぐに物足りなくなるだろう。もっと栄養をつけてあげたい。
そう考えながら歩みを進めた。ほどなくして、山の麓へ到着。被害の少ない山とはいえ、土砂崩れの危険はある。俺たちは山の傾斜や土の乾き具合を慎重に見極めながら、ゆっくりと入山した。
しばらく歩くと、ちょうど山道の中腹あたりだろうか、ふと、山菜の匂いが漂ってきた。木々が入り組んで見通しの悪い場所に、大きな栗の木がある。その枝から「イガ」が落下し、熟した栗の実が斜面にたくさん散らばっていた。
「あそこに栗があるぞ」
「え? 大助さま、よく見つけましたね!」
「すごい! お兄ちゃん!」
※柴栗(しばぐり)(ブナ科クリ属)
落葉高木の一種。実の一粒一粒は小さいが、甘みと風味が強い。
ここは野生動物が見逃していたのか、それとも誰も踏み入らなかったのか ─ ─ 。仔細は不明だが、思いがけず豊富な食材にありつけた俺たちは、慎重に斜面を下りた。
「わーい、栗がいっぱいあるー!」
「おい、滑らないよう気をつけろよ」
「わかってるよお!」
俺たちは持っていた籠に、ありったけのイガを拾い入れていく。夢中になっているうちに、気づけば籠はあっという間にいっぱいになっていた。
「今日は栗雑炊だあ!」
「やったねー!」
源と和は収穫の喜びに満ちた様子で、無邪気にはしゃいでいる。
「大助さま、山へ来た甲斐がありましたね」
「うむ、まずは収穫できてよかった」
「お兄ちゃん、この上を登ると沢があるんだよ」
「ん? そうなのか。よく知ってるな」
「えへへ、この山は探検済みだい!」
「よし、案内しろ」
しかし、途中で野分の被害による土砂崩れが見受けられ、斜面が塞がれていた。これ以上進むのは危険なので、沢に向かうのを諦め、反対側の道なき道を進むことにした。
すると、ふと甘い香りが漂ってくる。
「あれは何だ?」
視線の先に、淡紫色の楕円形の果実らしきものが見えた。左右対称に実をつけ、枝から垂れ下がっている。
「あっ、アケビだよ! お兄ちゃん!」
※アケビ(キンポウゲ目アケビ科アケビ属)
つる性の落葉低木の一種。成熟した果実は手のひらほどの大きさになり、乳白色の果肉はすっきりとした甘みを持つ素朴な味わいが特徴。
「ちょうど腹が減ったな。取って食べようか」
「わーい!」
アケビの実はさほど多くなかったため、その場で俺たちだけで味わうことにした。
「うんめー!」
「皮は残しておけよ」
「うん!」
アク抜きをすれば皮まで食べられることを子供たちも知っているようだ。僅かな量だが、残った分は持ち帰って煮炊きすることにした。
その後、ヒラタケを見つけて源と和が大興奮しながら採取していたときのことだ。少し移動した先で、麓の畦道を歩く百姓風の男たちが、神田の縄張りに向かっていく姿が木々の隙間から見えた。
「おい、あいつら誰だかわかるか?」
源と和は「さぁ?」という表情で首を横に振る。
「大助さま、見たところ百姓のようですが、山村の領民ではなさそうですよ」
男たちは籠を背負い、カマを手に持ち、ときおり周囲をキョロキョロと警戒しながら足早に進んでいる。どうにも怪しい。
「忠吾郎、源と和を連れて廃城跡へ戻ってくれ」
「は、はい。大助さまは?」
「何者なのか気になる……後を追ってみる」
どの村も野分の被害で食料不足に陥っている。盗っ人が現れてもおかしくはない。
俺は慎重に、奴らの後を追った ─ ─ 。