「大助さま、廃城では喧嘩が絶えないそうです。この神社の食材を分け与えることはできないでしょうか?」
「そうだな……いや、それより離れの屋根裏にアワやヒエが蓄えてある。それを運ぼう」
「よろしいんですか?」
「ああ。食料の管理と村の治安は俺に任せろ」
「よかった! ああ、大助さまは本当に頼りになります!」
「忠次郎、お前は庄屋の代行だ。困ったことがあれば、遠慮なく相談しろよ」
「はい、 ありがとうございます!」
武蔵殿から頂いた米はアワやヒエに替え、大量に保管してある。今はそれを出し惜しみしてる場合ではない。飢えは人の心を荒ませ、放っておけば取り返しのつかない事態を招く。さらに食料難が続けば村を離れる者も出るだろう。そうなれば復興は遅れ、農業生産力も低下し、悪循環に陥ってしまう。
「六郎、忠吾郎、食材を運ぶぞ」
「はーい!」
俺たちは荷車に食材を積み込み、山村の東側にある廃城へと向かった。
途中までの富盛・国宗の縄張りでは土砂撤去が進み、街道の通行にはあまり支障はなかったが、神田と面前の境目に差し掛かると、流された家屋や堆積した土砂が道をふさぎ、通行にひと苦労する有様だった。
「若、ここらは惨状ですな……」
「二郷川に近い民家や田畠は、ほぼ壊滅だ……」
山村の中央ともいえるこの地点を境に、西側では面前家の郎党が懸命に土砂撤去に励んでいた。ここの被災者たちは、宮迫神社へ避難している。
一方、東側に広がる神田家の縄張りは、奥の山間で発生した土砂崩れにより、かつての景観がすっかり失われるほどの甚大な被害を受けていた。
「これは……手のつけようがないな」
「川の氾濫とあの土砂崩れのせいで、廃城へ避難するしかなかったのですな」
「ああ。ここから神社へ向かうには、二郷川を渡らなければならないからな」
「大助さま。この先、荷車で進めますでしょうか?」
「行けるところまで行くしかないだろう」
やがて、どうにか小高い丘まで辿り着いた俺たちは、一息つくことにした。
「大助さま!」
「ん? どうした?」
忠吾郎が指さす方を見ると、土砂崩れで変形した荒地に、幼い子供が二人ウロウロしていた。どうやら柿の実を取ろうとしているようだ。だが、その背後から野犬の群れが忍び寄っていた。
「いかん、六郎、行くぞ!」
「ははっ!」
「ガゥゥ……ガゥゥ……」
「おーい、お前たち、早く木に登るんだ!」
「……えっ?」
「犬が襲ってくるぞ!」
「ガゥガゥガゥ!」
「うわぁーっ!」
野犬の存在に気づいた子供たちは、慌てて倒れかけた柿の木へよじ登った。しかし、五匹の野犬がそれを取り囲み、一匹が今にも飛びかかろうとしている。
「ああっ!?」
バシッ!
どうにか間に合った。俺は木刀を振り下ろし、野犬を叩き落とす。
「ガゥゥゥ……」
「若、どうします?」
「犬も飢えている……もはや野獣だ」
「仕方ありませんな」
俺と六郎は次々と襲いかかる野犬を木刀で打ち払い、戦意を喪失させて追い払った。
「お前たち、どこの子供だ?」
「……」
「神田家の本百姓か? それとも……」
「……とうちゃんと、かあちゃんは死んだ」
「廃城跡で避難してるのか?」
「あそこは食べ物がない」
「そうか。取りあえず、ほら、食え」
出発前にお久からもらった雑穀のおにぎりを差し出すと、二人はまるで奪うように手を伸ばし、むしゃむしゃと口へ頬張った。
「おいおい、ゆっくり食べないと喉が詰まるぞ」
見たところ、兄妹だろうか。年の頃は10歳ほどか。服の擦り切れ具合や手の荒れた様子からして、本百姓の子というよりも、下働きをしていた家の子のようだ。この非常時、親を失った下人の子までは面倒を見きれないということなのか……。
「廃城跡へ行こう」
俺たちは子供を連れて、変形した荒地を慎重に進んだ。やがて、かつての畦道が姿を現す。幸いにも、この辺りはさほど被害を受けていないようだ。だが、見渡す限りの田畑は泥をかぶり、作物はすべて流されてしまっていた。
これじゃ、生きる希望もなくなる……。
胸が締めつけられるような風景を前にしながら、俺たちはさらに山道を進んだ。そして、もう一つの避難場所が見えてきた。
─ ─ 廃城跡。
ここは約六十年前まで、この地方を治めていた豪族の居城だった。しかし、天文二十四年(1555年)、厳島で毛利元就と陶晴賢の間で行われた戦闘、いわゆる「厳島の戦い」において、当地の豪族は陶軍に味方したため、毛利家によって滅ぼされた。それ以来、この城は廃墟となり、風雨にさらされながら、ただ朽ちていくばかりだった。
「あ、真田さま……!」
「
そう告げると、俺たちの荷を見た領民が一斉に群がってくる。その顔つきは、ただの喜びとは違う、何か異様な雰囲気を帯びていた。
「お、おい……どうしたんだ、みんな!?」