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第39話 災害の爪痕

 野分台風の被害により、山村は一気に貧しい村へと変わり果てた。宮迫神社ではまだ食材を確保できていたが、避難しきれなかった領民が身を寄せている廃城跡では深刻な食料不足が続き、ついには村人同士の争いが勃発していた。


「大助さま、廃城では喧嘩が絶えないそうです。この神社の食材を分け与えることはできないでしょうか?」

「そうだな……いや、それより離れの屋根裏にアワやヒエが蓄えてある。それを運ぼう」

「よろしいんですか?」

「ああ。食料の管理と村の治安は俺に任せろ」

「よかった!  ああ、大助さまは本当に頼りになります!」

「忠次郎、お前は庄屋の代行だ。困ったことがあれば、遠慮なく相談しろよ」

「はい、 ありがとうございます!」


 武蔵殿から頂いた米はアワやヒエに替え、大量に保管してある。今はそれを出し惜しみしてる場合ではない。飢えは人の心を荒ませ、放っておけば取り返しのつかない事態を招く。さらに食料難が続けば村を離れる者も出るだろう。そうなれば復興は遅れ、農業生産力も低下し、悪循環に陥ってしまう。


「六郎、忠吾郎、食材を運ぶぞ」

「はーい!」


 俺たちは荷車に食材を積み込み、山村の東側にある廃城へと向かった。

 途中までの富盛・国宗の縄張りでは土砂撤去が進み、街道の通行にはあまり支障はなかったが、神田と面前の境目に差し掛かると、流された家屋や堆積した土砂が道をふさぎ、通行にひと苦労する有様だった。


「若、ここらは惨状ですな……」

「二郷川に近い民家や田畠は、ほぼ壊滅だ……」


 山村の中央ともいえるこの地点を境に、西側では面前家の郎党が懸命に土砂撤去に励んでいた。ここの被災者たちは、宮迫神社へ避難している。

 一方、東側に広がる神田家の縄張りは、奥の山間で発生した土砂崩れにより、かつての景観がすっかり失われるほどの甚大な被害を受けていた。


「これは……手のつけようがないな」

「川の氾濫とあの土砂崩れのせいで、廃城へ避難するしかなかったのですな」

「ああ。ここから神社へ向かうには、二郷川を渡らなければならないからな」

「大助さま。この先、荷車で進めますでしょうか?」

「行けるところまで行くしかないだろう」


 やがて、どうにか小高い丘まで辿り着いた俺たちは、一息つくことにした。

「大助さま!」

「ん? どうした?」

 忠吾郎が指さす方を見ると、土砂崩れで変形した荒地に、幼い子供が二人ウロウロしていた。どうやら柿の実を取ろうとしているようだ。だが、その背後から野犬の群れが忍び寄っていた。


「いかん、六郎、行くぞ!」

「ははっ!」


「ガゥゥ……ガゥゥ……」


「おーい、お前たち、早く木に登るんだ!」

「……えっ?」

「犬が襲ってくるぞ!」

「ガゥガゥガゥ!」

「うわぁーっ!」


 野犬の存在に気づいた子供たちは、慌てて倒れかけた柿の木へよじ登った。しかし、五匹の野犬がそれを取り囲み、一匹が今にも飛びかかろうとしている。


「ああっ!?」

 バシッ!

 どうにか間に合った。俺は木刀を振り下ろし、野犬を叩き落とす。


「ガゥゥゥ……」

「若、どうします?」

「犬も飢えている……もはや野獣だ」

「仕方ありませんな」

 俺と六郎は次々と襲いかかる野犬を木刀で打ち払い、戦意を喪失させて追い払った。


「お前たち、どこの子供だ?」

「……」

「神田家の本百姓か? それとも……」

「……とうちゃんと、かあちゃんは死んだ」

「廃城跡で避難してるのか?」

「あそこは食べ物がない」

「そうか。取りあえず、ほら、食え」


 出発前にお久からもらった雑穀のおにぎりを差し出すと、二人はまるで奪うように手を伸ばし、むしゃむしゃと口へ頬張った。

「おいおい、ゆっくり食べないと喉が詰まるぞ」

 見たところ、兄妹だろうか。年の頃は10歳ほどか。服の擦り切れ具合や手の荒れた様子からして、本百姓の子というよりも、下働きをしていた家の子のようだ。この非常時、親を失った下人の子までは面倒を見きれないということなのか……。


「廃城跡へ行こう」


 俺たちは子供を連れて、変形した荒地を慎重に進んだ。やがて、かつての畦道が姿を現す。幸いにも、この辺りはさほど被害を受けていないようだ。だが、見渡す限りの田畑は泥をかぶり、作物はすべて流されてしまっていた。


 これじゃ、生きる希望もなくなる……。


 胸が締めつけられるような風景を前にしながら、俺たちはさらに山道を進んだ。そして、もう一つの避難場所が見えてきた。


─ ─ 廃城跡。


 ここは約六十年前まで、この地方を治めていた豪族の居城だった。しかし、天文二十四年(1555年)、厳島で毛利元就と陶晴賢の間で行われた戦闘、いわゆる「厳島の戦い」において、当地の豪族は陶軍に味方したため、毛利家によって滅ぼされた。それ以来、この城は廃墟となり、風雨にさらされながら、ただ朽ちていくばかりだった。


「あ、真田さま……!」

次郎右衛門じろうえもん殿、食材を持ってきた」


 そう告げると、俺たちの荷を見た領民が一斉に群がってくる。その顔つきは、ただの喜びとは違う、何か異様な雰囲気を帯びていた。


「お、おい……どうしたんだ、みんな!?」




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