宮迫神社は、行き場を失った領民たちの『避難所』であると同時に、村の行政を担う『庄屋』の役割も兼ねた施設となっていた。
夕方になると、炊き出しの準備に励む女衆、洗濯物を取り込む母親たち、社殿から村を見下ろし復興の進捗を確認する郎党、そして子供をあやす老人の姿など、さまざまな人々が集まり、神社は活気に満ちていた。
そこへ、息を切らした国宗家の郎党らが駆け寄ってきた。どの顔も興奮を隠せない様子である。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
そのとき、忠吾郎はちょうど敷地内の焚き火に薪をくべていた。
「あ、どうしたんですか?」
「ち、忠吾……忠次郎さまとお久さまはどこに!?」
「忠次郎さまは社殿におられます。お久さまは……ほら、あそこです」
視線の先には、炊き出し中の女衆の姿があった。その中で、お久は雑炊をかき混ぜながら忙しそうに働いている。
「真田さまが戻ってこられたぞ!」
一瞬、忠吾郎は言葉の意味を理解できず、戸惑った。反応の鈍い彼に、郎党は焦れったそうに声を荒げる。
「生きておられたのだ!」
やがて、ようやく事態を飲み込んだ忠吾郎は、驚きと歓喜に震えながら郎党に聞き返した。
「あ、あ、そ、それは本当でございますか!?」
「ああ、本当だ。旦那さまからの言付けで、至急、忠次郎さまとお久さまを呼んでこいとのことだ!」
「あああああああっ! お、お久さまあーー! 大変だあーっ!」
「え? 忠吾……呼んだ?」
「なぁに、うるさいわねー」
忠吾郎の大声は、敷地内にいる領民はもちろん、社殿にいた忠次郎の耳にも届いた。
「なんだ、なんだ……騒がしいな」
「どうしたの、忠吾……?」
忠吾郎は大きく息を吸い込み、ありったけの声を張り上げた。
「大助さまが生きておるぞおおおーーっ!!」
その瞬間、神社はまるで時間が止まったかのように、静まり返った。
「な、なんだと……!?」
社殿から慌てて飛び出した忠次郎は、国宗の郎党に詰め寄った。その足は微かに震えている。
「そ、それは……まことか……?」
「へい! お元気でいらっしゃいます!」
「わあああああーーっ! やっぱり僕の師匠は不死身だあーーい! 大助さまあーーっ!」
忠吾郎は歓喜のあまり、国宗の屋敷へ向かって駆け出した。
「あ、ま、待て忠吾……私も行くっ!」
忠次郎もその後を追い、必死に走り出した。
炊き出しの場では、女衆がお久のもとで涙を流しながら抱き合っていた。皆、お久の気持ちを思いやり、共に喜んでいたのだ。
「……ああっ、本当に、よかったですね」
「お久さまも、さあ、早く行ってらっしゃい!」
「で、でも……いいのかしら……」
「いいも何も! あとは私たちに任せてください!」
お久はふらふらと数歩前へ踏み出した。そのとき、奥方がそっと手を差し伸べる。
「今日はもう帰ってこなくていいから」
「母上……」
「さあ、お久さま。参りましょう!」
郎党とともに山を下るお久の顔には、まだ信じられないという戸惑いと緊張の色が浮かんでいた。しかし、歩を進めるにつれ、それは次第に喜びと希望へと変わっていく。そして気づけば、一心不乱に駆け出していた。
国宗の母屋で忠左衛門らとくつろいでいると、勢いよく「バァン!」と戸が開き、騒々しく忠吾郎が飛び込んできた。
「大助さまああああああああっ!」
「ち、忠吾郎か!?」
「うわーーーーん!」
忠吾郎は人目もはばからず俺に抱きつき、声を上げて泣きじゃくる。
「おい、泣くことはないだろ……」
「だって、だって、もう会えなくなったと思ってたんだよお!」
「まあ、何とか助かったよ。もう大丈夫だ」
「うわーーーーん!」
忠吾郎は俺の胸に顔を埋め、しばらくの間、泣き続けた。
そこへ、今度は忠次郎も駆け戻ってきた。
「大助さま……心配しました、本当に良かったです……うぅ……」
「おいおい、忠次郎までか」
「若のこと、皆心配してたんですな」
「私は、大助さまに相談したいことがたくさんあったんです……心細かった……ううっ……大助さま……」
忠次郎はその場に膝をつき、涙をこぼした。
「心配をかけてすまなかった。許してくれ、忠次郎、忠吾郎」
「わ、若……」
「ん?」
六郎の視線を追うと、土間の入り口で息を切らし、立ち尽くしている人影があった。お久だ。
「行っておやりなされ」
「う、うん」
俺は立ち上がり、お久のもとへ歩み寄る。
「お久……」
お久は俯きながら、そっと俺の袖を引いた。
「……おかえりなさいませ、大助さま……」
「ただいま、お久」
「……あい」
次の瞬間、俺は思わず彼女を抱きしめた。
「あっ」
お久もそっと手を回し、しがみつくように俺を抱きしめる。
「もう、どこにも行っちゃイヤです……」
「ああ……」
その晩、俺はお久をそっと腕に抱き寄せ、共に夜を過ごした。