富盛家では、当主・辰太郎が領内復興の陣頭指揮を執り、弟・辰二郎は山村の組頭として国宗家とともに被災地の土砂撤去に奔走していた。
夕暮れが近づくころ、作業を終えた辰二郎ら郎党が富盛の屋敷へと戻った。その頃、俺と辰三郎を背負った六郎は、乾いた土色の
「あ……あぁ……!? で、で、でたあ!」
「おいおい、ワイら幽霊じゃないぞ」
その領民は尻もちをつき、慌てふためきながら逃げていく。
「……やれやれですな」
「皆、俺と辰三郎は死んだと思ってるんだろうな」
「大助、ワイも自分が死んだかと思よったわ。へへへへ」
やがて、高台にある敷地内に辿り着く。見渡す限り、浸水の被害は
「あぁ、懐かしい……」
「辰三郎、たった七日だぞ」
「いや、それでも懐かしい。ワイは……生きてるんやな」
珍しく辰三郎が涙ぐんだ。
そこへ、女衆の一人が俺たちに気がついた。
「あっ……あああああ!?」
「な、なんだい、奇妙な声を出して……」
振り返ったお雪の目に、俺たちの姿が映る。
「……えっ!?」
洗濯物を思わず手から滑らせたお雪は、まるで信じられないものを目の当たりにしたかのように驚き、恐怖に震えていた。
「姉御、ただいま帰ったで!」
「……た、辰三郎なのか!? それに大助っ! ヒャーーーーッ!」
「ヒャーってなんだよ! ちゃんと生きてるぞ!」
「し、し、信じられない……夢じゃないよね!? 」
「ああ、心配かけてごめん」
「ち、ちょ……ちょっと誰か兄者を呼んできて……。お、おおおおおおおおおっ!」
お雪はその場で泣き崩れた。その姿につられ、辰三郎も六郎の背中で男泣きする。
ほどなくして、屋敷から辰太郎と辰二郎が飛び出してきた。
「辰三郎ーーっ!」
「真田殿ーーっ!」
駆け寄る兄たちの姿に、辰三郎の目から大粒の涙がこぼれた。
「あ、兄者……ううっ」
「よ、よう、生きとったのう! 本当によう戻った!」
辰太郎は辰三郎の肩を力強く抱きしめ、辰二郎も安堵の表情を浮かべる。
「辰三郎は怪我をしてる。看病してやってくれ」
「大助、お前が助けてくれたのか……。にしても、これまでどこで何をしておったんじゃ!?」
「いや、辰太郎殿。実はな……」
六郎が、打ち合わせ通りの説明を始めた。俺たちは川で溺れたところを幕府の役人に助けられ、怪我が癒えるまで匿われていたのだと。
「そうなのか……辰三郎?」
「結果的に役人に助けられたとはいえ、大助が川へ飛び込んでくれなかったら、ワイは確実に死んでた。やっぱり命の恩人は大助じゃ。感謝しとるで! へへへへ」
「そうじゃ……そうじゃな。大助が辰三郎の、いや、富盛家の大恩人じゃ。改めて礼を言うぞ!」
辰太郎と辰二郎、そしてお雪が揃って土下座し、深々と頭を下げた。その姿を見た辰三郎も、六郎の背から降りるなり、地べたに這いつくばって礼をする。
「あ、いや、そんな大げさな……。まぁ、何はともあれ、みんな無事で本当に良かったよ」
すると、お雪がようやく実感が湧いてきたのか、安心したように笑みをこぼした。
「大助、屋敷へ上がっておくれ。六郎、あんたも疲れたでしょう? ここまで辰三郎を背負ってきてくれて、本当にありがとうね」
「お雪、気持ちはありがたいが、早く国宗家に戻って、皆を安心させたいんだ」
「そ、そうかい……。そうだね。それが先決だね。じゃあ、落ち着いたらまた顔を見せておくれ」
「ああ、わかった」
こうして俺たちは富盛家を後にし、国宗家へ向かった。
「離れ」の裏にある大豆畑を見渡すと、半分ほどが土砂に埋もれていた。その光景に、残念な気持ちと諦めが入り混じる。
「……仕方ないか」
「若、いくらでも元どおりになりますぞ!」
「うむ、それにしても国宗の方々が誰も居ないとは不用心だな」
「たぶん郎党は土砂撤去、女衆は神社で被災者の世話などしておるのでしょう。だが、そろそろ誰か戻ってきても良いころ……」
すると辺りからワイワイと声が聞こえてくる。忠左衛門と郎党たちが帰って来たのだ。そして屋敷の裏から出た俺らと鉢合わせになった。
「ん? ……あっ!? ろ、六郎さま?」
忠左衛門は背後にいる俺にも気がついた。
「ええっ!? さ、さ、真田さまあああ!?」
「忠左衛門殿、ご心配お掛けしました」
「あわわわわわ……こ、こりゃ現実か?」
「い、生きてる……」
郎党たちも驚きのあまり
「真田さま……生きておいででしたか……良かった……良かったです。お、おい、誰か忠次郎とお久を呼んで来いっ!」
忠左衛門は感傷に浸る間も無く、慌てて郎党に指示を出す。
「へ、へいっ!」
郎党が我先にと神社へ走った ─ ─。