「広島城の本丸・二の丸・三の丸及び石垣、その他破損。また、厳島をはじめ、領内の被害は計り知れず……」
江戸参勤中の福島正則は、芸州での
「
「四郎兵衛よ、修繕の件は
「口約束では不十分ですな。奉書などの確たる証がなければ、足元をすくわれますぞ。ただでさえ、大夫さまは幕府に目をつけられているのです。ここは慎重に動かねば」
「ああ、わかった、わかった。正純殿に証文を頼んでおくわ」
福島正則は西国の外様大名であり、豊臣恩顧の武将としては最後の大物と言える。徳川幕府の成立に貢献した功績により、芸州・備後合わせて49万8000石を拝領したが、家康亡き後の秀忠政権にとっては「目の上のたんこぶ」に他ならなかった。
その理由の一つは、正則が徳川秀忠を軽んじている節があったことだ。大坂の陣では、秀頼公に大坂の蔵屋敷にある蔵米8万石の接収を黙認し、さらに弟をはじめとする一族を豊臣軍に加えていた。そのため、幕府から従軍を許されず、江戸留守居役を命じられるに至ったのである。
さらに、昨年には幕府の許可を得ず勝手に築城し、そのことで厳しい咎めを受けた経緯もあった。家老・津田四郎兵衛が正則の行動を案じるのは、至極当然のことだった。
「ところで四郎兵衛、真田の件だが……」
「江戸に送還し、幕府へ引き渡しますか?」
「ふむ……その前に、どんな男か一度会ってみたい」
「はあ? 会ってどうするのです? 捕らえるためですか?」
「実は内々に
「…………!?」
話を聞いた四郎兵衛は、露骨に嫌な顔をした。
「また勝手なお考えを……! 3年も放置して、幕府からあらぬ疑いを持たれているというのに!」
「とにかく、接見の場を設けるよう取り計らえ」
「大夫さまは、怖いもの知らずですな!」
しかし正則は、四郎兵衛の言葉を意に介さず、悠然と園庭を眺めていた。
山林郷、北東の山道を望月六郎が爆弾を抱えて登っていた。
「若、待っててくだされ。この六郎が必ず連れて帰りますぞ。だから……どうか生きていてくれ。頼む……」
六郎は、灰煙の立つ洞窟の近くの木陰に身を潜めながら様子を窺っていた。だが、その動きはすでに半蔵に察知されている。
「望月六郎。我らは貴殿と争うつもりはない」
突然の声に、六郎の身体が「ピクッ」と反応する。握りしめた爆弾に力がこもる。
「こちらへ参られよ」
沈黙の中、六郎はじりじりと木陰から顔を覗かせた。そこには、忍び装束の男が静かにこちらを見据えている。
「……はて、どこかで見たような……」
六郎は警戒しつつも、記憶の糸を手繰り寄せようとしていた。
「私は服部半蔵。ここは伊賀の隠れ小屋だ」
「なにっ、服部半蔵だと!?」
「真田大助を保護している。だが、今はまだ動かせない」
「若は……若は無事なのかっ!」
六郎は警戒するのも忘れ、洞窟の中へ駆け込んだ。その時、俺はお紺に水を飲ませてもらっていた。
「ろ、六郎!?」
「あああ……若ぁ……よくぞ……よくぞご無事でぇ……うぅ……!」
六郎はその場に膝をつき、涙をこぼしながら嗚咽を漏らした。
「心配かけたな。どうやら伊賀の者に助けられたようだ。辰三郎とともに」
「そうであったか……良かった……」
六郎は涙を拭いながら、深く頭を下げる。
「半蔵殿、かたじけない……かたじけない……!」
半蔵から事の仔細を聞いた六郎は、俺と辰三郎の回復を待ってから下山することに決めた。 それまでは伊賀の隠れ小屋で共に過ごすこととなった。
そして数日後 ─ ─
「若、帰るのはいいが、国宗や富盛家には何と説明すればよいですかの?」
「うーん……それは難問だな。六郎に任せるよ」
「そんな……。お紺はどう思う?」
「えーっ……大助ちゃんを監視する役人に助けられた、でいいんじゃない?」
「あながち間違いではないな。辰三郎、それでいいか?」
「ああ、よく分からんが……いてて……」
「辰三郎殿はまだ傷が癒えておらぬようじゃ。儂がおぶって行こう」
「すまん、六郎……」
こうして俺たちは下山した。行方不明になって七日目のことだった。