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第36話 伊賀の隠れ小屋

「広島城の本丸・二の丸・三の丸及び石垣、その他破損。また、厳島をはじめ、領内の被害は計り知れず……」


 江戸参勤中の福島正則は、芸州での野分台風被害の報告を受け、国元へ戻る決断を下した。


大夫正則さま、“幕府への届け出” は確実でしょうな?」

「四郎兵衛よ、修繕の件は本多正純ほんだまさずみ殿の許可を得ておる。問題はなかろう」

「口約束では不十分ですな。奉書などの確たる証がなければ、足元をすくわれますぞ。ただでさえ、大夫さまは幕府に目をつけられているのです。ここは慎重に動かねば」

「ああ、わかった、わかった。正純殿に証文を頼んでおくわ」


 福島正則は西国の外様大名であり、豊臣恩顧の武将としては最後の大物と言える。徳川幕府の成立に貢献した功績により、芸州・備後合わせて49万8000石を拝領したが、家康亡き後の秀忠政権にとっては「目の上のたんこぶ」に他ならなかった。


 その理由の一つは、正則が徳川秀忠を軽んじている節があったことだ。大坂の陣では、秀頼公に大坂の蔵屋敷にある蔵米8万石の接収を黙認し、さらに弟をはじめとする一族を豊臣軍に加えていた。そのため、幕府から従軍を許されず、江戸留守居役を命じられるに至ったのである。


 さらに、昨年には幕府の許可を得ず勝手に築城し、そのことで厳しい咎めを受けた経緯もあった。家老・津田四郎兵衛が正則の行動を案じるのは、至極当然のことだった。


「ところで四郎兵衛、真田の件だが……」

「江戸に送還し、幕府へ引き渡しますか?」

「ふむ……その前に、どんな男か一度会ってみたい」

「はあ? 会ってどうするのです? 捕らえるためですか?」

「実は内々に 伊豆守真田信之殿から相談を受けてな……」

「…………!?」


 話を聞いた四郎兵衛は、露骨に嫌な顔をした。


「また勝手なお考えを……! 3年も放置して、幕府からあらぬ疑いを持たれているというのに!」

「とにかく、接見の場を設けるよう取り計らえ」

「大夫さまは、怖いもの知らずですな!」


 しかし正則は、四郎兵衛の言葉を意に介さず、悠然と園庭を眺めていた。



 山林郷、北東の山道を望月六郎が爆弾を抱えて登っていた。


「若、待っててくだされ。この六郎が必ず連れて帰りますぞ。だから……どうか生きていてくれ。頼む……」


 六郎は、灰煙の立つ洞窟の近くの木陰に身を潜めながら様子を窺っていた。だが、その動きはすでに半蔵に察知されている。

「望月六郎。我らは貴殿と争うつもりはない」

 突然の声に、六郎の身体が「ピクッ」と反応する。握りしめた爆弾に力がこもる。

「こちらへ参られよ」


 沈黙の中、六郎はじりじりと木陰から顔を覗かせた。そこには、忍び装束の男が静かにこちらを見据えている。

「……はて、どこかで見たような……」

 六郎は警戒しつつも、記憶の糸を手繰り寄せようとしていた。


「私は服部半蔵。ここは伊賀の隠れ小屋だ」

「なにっ、服部半蔵だと!?」

「真田大助を保護している。だが、今はまだ動かせない」

「若は……若は無事なのかっ!」


 六郎は警戒するのも忘れ、洞窟の中へ駆け込んだ。その時、俺はお紺に水を飲ませてもらっていた。


「ろ、六郎!?」

「あああ……若ぁ……よくぞ……よくぞご無事でぇ……うぅ……!」

 六郎はその場に膝をつき、涙をこぼしながら嗚咽を漏らした。

「心配かけたな。どうやら伊賀の者に助けられたようだ。辰三郎とともに」

「そうであったか……良かった……」

 六郎は涙を拭いながら、深く頭を下げる。

「半蔵殿、かたじけない……かたじけない……!」


 半蔵から事の仔細を聞いた六郎は、俺と辰三郎の回復を待ってから下山することに決めた。 それまでは伊賀の隠れ小屋で共に過ごすこととなった。


 そして数日後 ─ ─


「若、帰るのはいいが、国宗や富盛家には何と説明すればよいですかの?」

「うーん……それは難問だな。六郎に任せるよ」

「そんな……。お紺はどう思う?」

「えーっ……大助ちゃんを監視する役人に助けられた、でいいんじゃない?」

「あながち間違いではないな。辰三郎、それでいいか?」

「ああ、よく分からんが……いてて……」

「辰三郎殿はまだ傷が癒えておらぬようじゃ。儂がおぶって行こう」

「すまん、六郎……」


 こうして俺たちは下山した。行方不明になって七日目のことだった。



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