─ ─ あれから数日が経つ。
「若あぁぁ……うぅ……儂が居ながら……あぁ、
「六郎、もう泣くな! アタイだって悲しいんだよ」
「お雪さん……わーーーーっ!」
「ったく、大の大人が……うぅ……」
望月六郎は、富盛家の道場に寄宿していた。主人のいない国宗家に戻ることをためらったのだろう。家に帰れば、主人を守れなかった自責の念に益々
ちょうどそこへ、辰二郎が訪ねてきた。
「氾濫した水もようやく引いてきました。六郎殿、せめて御遺体だけでも探しに行きましょう。弟も、ちゃんと葬ってやりたいのです」
「……ご、御遺体じゃと? いやいや、若が死ぬはずはないっ!」
「六郎殿……」
「辰二郎殿! さっきまでは儂も諦めかけていたが、目が覚めました。よし、今一度探しに行きますぞ!」
「お、お気持ちは分かりますが……!」
六郎は一人、二郷川のほとりを丹念に調べ歩いた。しかし、何の手がかりも掴めないまま、日はすっかり傾き、夕暮れの空が広がっていた。疲れ切った足を引きずりながら帰路につこうとしたその時、不意に国宗家の「離れ」が目に入る。
「案外、大豆畑の手入れでもしてるんじゃないか……」
淡い期待を胸に、トボトボと畑へ向かう。だが、そこには誰の姿もなかった。
「そうだ、裏山かもしれん。山菜でも採ってるとか……」
今度はヨロヨロと裏山へ向かい、急な坂を登り切る。しかし、そこもまた静まり返り、人気はない。
「……若ぁ、どこに行ったんじゃぁ!」
裏山の頂上で叫んだ。虚しく響く自分の声を聞きながら、しばらくぼんやりと景色を眺める。その時、ふと目に入ったのは、北東側の山林から立ち上る灰色の煙だった。
「何じゃ、あれは……?……ま、まさか!?」
六郎の胸に嫌な予感が走る。そして次の瞬間、彼は一気に駆け出していた。勢いそのままに山を駆け下り、「離れ」へと飛び込むと、隠してあった爆弾を抱え、急いで北東へ向かう。
「そうか……それしかない! 何で今まで気がつかなかったのかっ!」
一方、宮迫神社では、屋敷を流されるなどして被災した領民たちが避難生活を続けていた。その世話を引き受けているのは、お久をはじめとする国宗家の女衆である。彼女たちは食事の準備や寝床の管理、避難者の健康状態を気遣いながら懸命に働いていた。
そして、比較的被害の少なかった国宗や富盛の郎党たちは、忠左衛門の指示のもと、各地で土砂の撤去作業に追われていた。被災地を少しでも早く元通りにするため、昼夜を問わず作業が進められている。
また、庄屋の代行として指名された忠次郎は、亡くなった領民や行方不明者の確認、家屋や田畠の被害状況の調査などに追われていた。これらの情報をまとめ、速やかに代官へ報告する準備を進めている。山村の人々は、それぞれが不安を抱えながらも、復興を目指して慌ただしい日々を送っていた。
しかし、夜になると、昼間抑え込んでいた悲しみが湧き上がってくる。避難者や女衆たちの前では気丈に振る舞っていたお久も、奥方と二人きりになると、毎晩のように涙を流していた。
「大助さま……うぅ……うわぁん……」
お久の嗚咽が静かな夜の中に響く。奥方は、慰めの言葉も見つからず、ただお久の背中を優しく撫で続けるしかなかった。
そんなある日、厳島神社から国宗家の職人が二人戻ってきた。
「お久しぶりでございます。忠兵衛さま、忠左衛門さま、忠次郎坊ちゃま。そして国宗家の皆々さま方。こちらは親方(忠次郎の兄、忠右衛門)からの差し入れでございます」
職人は荷を開け、中に詰められたアワやヒエ、小魚の干物を見せた。それらは避難生活を続ける人々にとって貴重な食糧だった。
「おお、これはありがたい! 道中は大変だったであろう」
「へい。峠で土砂崩れがございまして、迂回を余儀なくされました。そのため到着が遅れ申し訳ありません」
「それはご苦労だった。さて、厳島の様子はどうであった?」
「かなりの被害で、修復には長い時間がかかりそうでございます。それよりも、親方が藩に呼び出されまして……」
「何と、藩にだと?」
「恐らく広島城改修の件でございます。臨時で材木の手配を命じられるのではと」
忠兵衛と忠左衛門は思わず顔を見合わせ、天を仰いだ。平時であれば、この話は儲け話として歓迎されただろう。しかし、今はそのような余裕がない状況だ。
「山村も厳島も復興に人手が足りないというのに……その上、材木を用意して城の修復をせよとは!」
忠左衛門の声には焦燥が滲み出ていた。
自然災害がもたらした波紋は、村や厳島だけにとどまらず、藩全体に大きな影響を及ぼしていた。これが後に、芸州の歴史を大きく揺るがす転換点となることを、この時はまだ誰も知る由もない。
─ ─ そして、俺は……。