「ダン、ダダン、ダダン、タタン……いくぞ!」
「おお、真田さまが叩くぞ!」
「キャーッ、真田さまー!」
太鼓の音が境内に響き渡る。
「ダン、ダダン、ダダン、タタン、ダン、ダダン、ダダン、タタン、ダン、ダン、ダン、タタン、ダン、ダン、ダン、タタン……」
俺は何もかも忘れるように、一心不乱に太鼓を叩き続けた。その音に呼応するように、踊り手たちの動きはどんどん激しく熱を帯びていく。境内はまるで熱気の渦の中だ。
「それ、それ、それええええ! 踊れ、踊れええええ!」
「サノヨイヤサノ、ヨイヤサノサッサッサ!」
「サッテモ、ヤノコレ、ヨイヨイヨイ……!」
ふと気づくと、いつの間にか太鼓を叩く俺の周りに、村の娘たちが集まっていた。
「真田さまーっ!」
「キャーッ! すごい迫力! もっと叩いてえ!」
「こっちを向いてくださーい!」
熱狂する女たちの声に、俺は少しだけ戸惑いを覚えた。それでも手を休めることなく、無心で太鼓を叩き続ける。
叩けば叩くほど、境内全体が一体となり、まるでその瞬間だけ、自分の抱える不安や葛藤がどこかへ消えていくような気がした。
「あの……大助さま、そろそろ僕と交代しませんか?」
「まだまだだ!」
「えっと……あ、大助さま、国宗の皆さんが来られましたよ」
一心不乱に叩き続けていた俺だったが、その言葉に思わず手が止まった。顔を上げると、忠次郎たちと共に女衆の中に「お久」の姿を見つけた。珍しくお化粧をしているお久は、少し恥ずかしそうにしながら俺を見ている。そして、女衆たちはお久を押すようにして俺の近くまで連れてきた。
─ ─ ど、どうする……今年もお久と踊らないのか?
その時、見覚えのある男が現れた。神田喜左衛門の弟だ。彼はお久に声をかけ、どうやら踊りに誘っているらしい。だが、お久は困惑した表情を浮かべ、ちらりとこちらを見た。
─ ─ お久が俺を待ってる。行かないと……今年こそは行かないと!
胸の中で覚悟を決めた。このままではお久を悲しませてしまう。俺は、お久が好きだ。それをようやく認め、腹を括った。
「……忠吾郎、太鼓に入れ。交代だ」
「はーい! 待ってましたあ!」
震える身体を意識しながら、俺は意を決してお久のもとへ向かった。
「真田さまー! わたしと踊ってくださーい!」
「キャーッ! こっちを見てえ!」
群がる女たちの声を背中に受けながら、お久の前に立つ。深呼吸を繰り返しても、胸の高鳴りは全く収まらなかった。
「お久……」
「大助さま……」
「踊ろうか」
「……あい」
その瞬間、まるで胸の中で鐘が鳴り響いたかのようだった。公衆の面前で告白したような感覚に陥り、心臓が止まりそうになる。
「えええええええっ!? なんでぇ!?」
驚きと羨望が混じった声が周囲から上がる中、女衆たちが口々にお久を祝福し始める。
「お久さま、良かったですねぇ!」
お久は恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、目には喜びの色が浮かんでいた。俺はその手を取ると、踊りの輪に加わる。
もう周囲の目など気にならなかった。ただ、目の前にいるお久だけがすべてだった。
─ ─ さあ、踊ろう。
その光景を遠巻きに見ていた一人の女が、不満げに声を上げた。
「六郎、これ、どういうことだい!?」
「……そういうことですなぁ」
「とーんだ伏兵がいたもんだね! お久は妹分じゃないのかい!」
「お雪さん、僭越ながらここは儂がお相手いたしましょうか!」
「……仕方ないね。よし、六郎、踊るよ!」
「おお、こりゃ大金星じゃ!」
満月が照らす山村の盆踊りの中、俺はお久と向き合いながら踊っていた。お久が時折見せる笑顔に、胸が温かくなる。
「あ、大助さま、お久と踊ってる。私も入ろっと」
「これこれ、忠次郎さま! 邪魔したら駄目ですよ!」
「え? 邪魔も何も……」
「もー、分からないんですか!」
「何がだよ?」
「ほんと、野暮だねぇ!」
「またそれだ! 私は野暮じゃない!」
「サノヤレコノ、ヨイヤサノサッサッサ!」
「サッテモ、ヤノコレ、ヨイヨイヨイ……!」
太鼓の音に合わせて踊りの輪が広がり、声が境内に響き渡る。山村の盆踊りは熱気と笑顔に包まれながら、夜通し続いた ─ ─