目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第26話 告白の盆踊り

「ダン、ダダン、ダダン、タタン……いくぞ!」

「おお、真田さまが叩くぞ!」

「キャーッ、真田さまー!」


 太鼓の音が境内に響き渡る。


「ダン、ダダン、ダダン、タタン、ダン、ダダン、ダダン、タタン、ダン、ダン、ダン、タタン、ダン、ダン、ダン、タタン……」


 俺は何もかも忘れるように、一心不乱に太鼓を叩き続けた。その音に呼応するように、踊り手たちの動きはどんどん激しく熱を帯びていく。境内はまるで熱気の渦の中だ。


「それ、それ、それええええ!  踊れ、踊れええええ!」

「サノヨイヤサノ、ヨイヤサノサッサッサ!」

「サッテモ、ヤノコレ、ヨイヨイヨイ……!」


 ふと気づくと、いつの間にか太鼓を叩く俺の周りに、村の娘たちが集まっていた。

「真田さまーっ!」

「キャーッ! すごい迫力!  もっと叩いてえ!」

「こっちを向いてくださーい!」

 熱狂する女たちの声に、俺は少しだけ戸惑いを覚えた。それでも手を休めることなく、無心で太鼓を叩き続ける。

 叩けば叩くほど、境内全体が一体となり、まるでその瞬間だけ、自分の抱える不安や葛藤がどこかへ消えていくような気がした。


「あの……大助さま、そろそろ僕と交代しませんか?」

「まだまだだ!」

「えっと……あ、大助さま、国宗の皆さんが来られましたよ」


 一心不乱に叩き続けていた俺だったが、その言葉に思わず手が止まった。顔を上げると、忠次郎たちと共に女衆の中に「お久」の姿を見つけた。珍しくお化粧をしているお久は、少し恥ずかしそうにしながら俺を見ている。そして、女衆たちはお久を押すようにして俺の近くまで連れてきた。


─ ─ ど、どうする……今年もお久と踊らないのか?


 その時、見覚えのある男が現れた。神田喜左衛門の弟だ。彼はお久に声をかけ、どうやら踊りに誘っているらしい。だが、お久は困惑した表情を浮かべ、ちらりとこちらを見た。


─ ─ お久が俺を待ってる。行かないと……今年こそは行かないと!


 胸の中で覚悟を決めた。このままではお久を悲しませてしまう。俺は、お久が好きだ。それをようやく認め、腹を括った。


「……忠吾郎、太鼓に入れ。交代だ」

「はーい! 待ってましたあ!」


 震える身体を意識しながら、俺は意を決してお久のもとへ向かった。

「真田さまー! わたしと踊ってくださーい!」

「キャーッ! こっちを見てえ!」

 群がる女たちの声を背中に受けながら、お久の前に立つ。深呼吸を繰り返しても、胸の高鳴りは全く収まらなかった。


「お久……」

「大助さま……」

「踊ろうか」

「……あい」


 その瞬間、まるで胸の中で鐘が鳴り響いたかのようだった。公衆の面前で告白したような感覚に陥り、心臓が止まりそうになる。


「えええええええっ!? なんでぇ!?」


 驚きと羨望が混じった声が周囲から上がる中、女衆たちが口々にお久を祝福し始める。

「お久さま、良かったですねぇ!」

 お久は恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、目には喜びの色が浮かんでいた。俺はその手を取ると、踊りの輪に加わる。


 もう周囲の目など気にならなかった。ただ、目の前にいるお久だけがすべてだった。


─ ─ さあ、踊ろう。


 その光景を遠巻きに見ていた一人の女が、不満げに声を上げた。

「六郎、これ、どういうことだい!?」

「……そういうことですなぁ」

「とーんだ伏兵がいたもんだね! お久は妹分じゃないのかい!」

「お雪さん、僭越ながらここは儂がお相手いたしましょうか!」

「……仕方ないね。よし、六郎、踊るよ!」

「おお、こりゃ大金星じゃ!」


 満月が照らす山村の盆踊りの中、俺はお久と向き合いながら踊っていた。お久が時折見せる笑顔に、胸が温かくなる。


「あ、大助さま、お久と踊ってる。私も入ろっと」

「これこれ、忠次郎さま! 邪魔したら駄目ですよ!」

「え? 邪魔も何も……」

「もー、分からないんですか!」

「何がだよ?」

「ほんと、野暮だねぇ!」

「またそれだ! 私は野暮じゃない!」


「サノヤレコノ、ヨイヤサノサッサッサ!」

「サッテモ、ヤノコレ、ヨイヨイヨイ……!」


 太鼓の音に合わせて踊りの輪が広がり、声が境内に響き渡る。山村の盆踊りは熱気と笑顔に包まれながら、夜通し続いた ─ ─



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?