目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第22話 真田大助の生い立ち

「おお、六郎殿。貴殿が話してくださるのですか」

「この場限りの話としてお聞きいただければ」

「承知しました。お約束いたします」

「では……。まず、若の叔父上は信濃上田藩主、真田伊豆守信之さまでございます」

「な、な、なんとっ!?」


 その場にいた全員が驚きの声を上げた。忠次郎も驚きのあまり「ガタッ」と襖に倒れ込む。


「六郎、何も叔父のことまで話す必要はないだろう」

「いえ、これは重要なことです」

「だ、大名のご血筋とは……」


 六郎は静かに続けた。

「真田家は関ヶ原の戦いにおいて、お家存続のため、親子兄弟が敵味方に分かれて戦った家系でして……」


 関ヶ原の戦いにおいて、俺の祖父昌幸と父幸村は西軍、父の兄信之は東軍に属し戦った。祖父らは徳川秀忠を足止めするなど奮戦したものの、西軍の敗北により流罪となり、高野山九度山で暮らすことを余儀なくされた。その地で俺が生まれた経緯を六郎が語ると、一同はただ頷くしかなかった。


「我々にとっては雲の上のお話ですな」

「それからどうなったのですか?」

「九度山での生活は困窮を極め、信之さまからの援助を受けながら何とか命を繋ぎました。しかし14年後、再び表舞台に立つことになるのです」

「いくさ……ですか」

「さよう。豊臣と徳川の決戦、大坂の陣です」


 六郎の語る内容は壮絶だった。大坂の陣では、真田軍の奮闘が目覚ましく、徳川家康・秀忠親子も「あわや討死」と言われるほど追い詰めた。しかし、徳川方の圧倒的な兵力に押され、次第に敗走を余儀なくされた。最後の手段として、『豊臣秀頼公の御出陣』を促すため、父・幸村の命を受けた俺は、陣を離れ単身で大阪城へ向かったのだった。


右大臣豊臣秀頼さまは若の説得に心を動かされ、出陣を決意されかけましたが、母君淀殿の反対により、それも叶いませんでした……。責任を感じた若は、最後まで右大臣さまの側にお仕えしたのです」

「それは……我々には計り知れないご苦労をなさいましたな。その若さで……」

「さよう。そして若は、右大臣さまの最期を見届けられた後、敵軍を突破しながら命からがら逃走されたのです」


 さて、ここからが肝心な話である。六郎が何を話すのか、俺は気が気でなかった。


「結局、徳川の残党狩りを逃れ切れず、逃走を諦め謹慎処分を受けました。そして幕府の意向により、この地に身を寄せることになったのです。この地が選ばれたのは、豊臣家に恩義を感じていた福島正則公が、若を不憫に思い申し出たためと聞いております。ただし、監視はするものの、援助をするつもりはないと思われます。叔父である信之さまも、同じ立場かと存じます」


「では、藩からの扶持米はないと? それはなぜですか?」

「これまで我らは幾度も徳川家に抗い続けてきたからです。流石に公然と支援することはできないのでしょう。幕府への配慮が働いているのかと」

「なるほど、そういう事情があったのですか……」

「ただし、あくまでも表向きの話でございます」

「表向き……とは?」

「真田家が徳川から信頼を得ているのは、常に『我ら反逆者』を徹底的に叩き潰しているからです。これは真田家の戦略であり、決して本当に仲違いしているわけではありません。いずれ、誰かが手を差し伸べてくれる時が訪れると信じております。それまでは、どうか若をお支え頂きたく存じます」


「……六郎殿、つまり真田さまは信濃に戻られるということでしょうか?」

「信濃、もしくは若の姉弟が保護されている仙台かもしれません」


 大坂夏の陣で敗北を悟った父・幸村は、かねてより親交のあった伊達家重臣、片倉重長に俺の姉・阿梅や弟・真田守信を託した。なんと、敵将に保護を依頼したのだ。


 しかし六郎、信濃や仙台など、さすがに考えが楽観的すぎないか……?


 俺は慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「すべては幕府の意向次第。最悪のケースでは切腹を命じられることもある。だが俺は、この芸州で生涯謹慎したいと思っている。そのためにも、この山村で役立つ存在でありたいのだ」


 しばらくの沈黙の後、忠兵衛が意を決したように口を開いた。

「よおく分かりました。藩の扶持米など当てにせず、真田様をこの山村の警護役としてお迎えいたします。ここに居る我々が、生活を支えて参りましょう」

「その通りでございます。この面前、山村の庄屋として警護の謝礼米を納めさせて頂きます」

「神田からも同じく!」

「ありがとう、皆さんのお力添え、感謝します」

「ははっ!」


 福島正則公の申し出など、一部には推測の要素も含まれていたが、大筋では間違いではなかった。ただ、肝心の芸州藩襲来の話については触れられていない。もしその時が来て俺が逃げれば、山村に迷惑をかけるのは必至だ。そのことを考えると、逃げる選択肢はなかった。


 俺は不安を胸に押し込みながら、皆の信頼に応えようと心に誓った ─ ─。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?