「こ、こんなに?」
国宗忠兵衛は、目の前に差し出された大量の魚や野菜を見て驚きを隠せなかった。小ぶりなアユ、ヤマメ、ドジョウ、大根、
山村の庄屋・面前作兵衛と神田家の若き当主・神田喜左衛門は、先日富盛辰太郎との揉め事を解決した御礼に国宗家を訪れていた。そして俺たちも母屋に招かれている。
「真田様は、まだお若いのにお強いですなあ。あの辰太郎をあっさり叩きのめすとは、まこと大した御仁です」
「これは神田家からの感謝の品でございます。どうかお納めください。……忠兵衛殿、よろしくお願いいたしまする」
「有り難く頂戴致します。この食材は、真田様のために使わせていただきます」
「いやいや、忠兵衛殿、せっかくのことだ。国宗家の皆さんと召し上がろう。な、六郎?」
「ははっ」
俺はただ富盛の横暴を抑えたかっただけだった。それはこの地の平穏を守るためであり、個人的な武功を誇るつもりなどない。
「忠兵衛殿、この喜左衛門とも相談したのですが、今後、真田様にこの山村の警護をお願いできないでしょうか?」
「作兵衛殿、それは真田様にお伺いしなければ……」
「俺で良ければ構わないよ」
「おお、有り難い! 実はお恥ずかしい話ですが、これまで村の治安は富盛家に頼んでおりました」
「そうなのか?」
「はい。時おり流れ着く悪人や盗っ人を、辰太郎たちが追い払っていたのです」
「だが……」と忠兵衛が口を挟む。
「それが裏目に出たのです。我々も含めて……」
庄屋の作兵衛によれば、富盛家に村の警護を任せているうちに、次第にその立場が増長し、村の些細な問題にまで口を挟むようになったという。やがて、富盛家は領主のように振る舞い始め、川の縄張りを守らず、村人とのいざこざも頻発するようになった。しかし、武力で圧倒する富盛家に対して、村人たちは反抗することもできず、ただ耐え忍ぶしかなかったそうだ。
つまり、村の「警護役」が次第に「厄介者」へと変貌していったのだ。そして、それを許してしまった村の有力者たちにも責任があるということだった。
「事情は分かった。俺が新たな警護役として、この山村を守ることを富盛辰太郎にも伝えておこう」
「それは私らも富盛家に出向き、正式に話をする必要がありますな」
「では、近いうちに皆で参りましょう」
皆が納得した雰囲気の中、俺はあえて水を差した。心の中で、いずれ芸州藩が攻めてくる可能性を考えていたのだ。
「ただな……俺らもずっとここにいられるか分からないんだ。もし、そうなったら申し訳ない」
少し沈黙が流れた後、作兵衛が口を開いた。
「実は真田様のこと、我らも詳しくは知らないのです。代官殿に伺っても、はっきりした答えが返ってきませんでした。それに、藩からの扶持米の件も進んでおらず……のう、忠兵衛殿」
「うむ。儂は
「真田さま、差し支えなければ、どのような事情でここにおられるのか教えていただけませんか? 神田としても、ぜひご支援申し上げたく存じます」
いつの間にか女衆や下人たちが物陰からこちらの様子を伺っているのが見えた。忠兵衛がそれに気づき、忠次郎に目で合図する。
「さあ、お前たち、向こうへ行った、行った!」
「あとで教えてくださいね、お坊っちゃん」
「約束はできないよ!」
ピシャンと忠次郎が襖を閉め、座敷の端に座る。だが、襖一枚を隔てた向こう側で、女衆たちは聞き耳を立てていた。奥方も興味があるのか止める気はないらしい。
俺は自分の素性をどこまで明かすべきか迷った。下手に話が広まれば、俺自身や国宗家にどんな災難を招くか分からなかったからだ。
「若、ここは儂が」
「六郎?」
六郎が一歩前に出て、場の空気を正した。
「オホン……皆さま、儂は真田家に仕える望月六郎と申します」
おいおい、六郎……大丈夫なのか?