「わりゃああああああっ!」
辰太郎の手下や川辺にたむろしていた輩どもが一斉に奇声を上げ、こちらへ襲いかかってきた。総勢十人ほどか。油断は禁物だ。これまで剣を手にして戦うことはあっても、素手での乱戦は経験が少ない。まずは冷静に敵の動きを見極めることに集中した。
「このガキャァーーーー!」
喧噪の中、騒がしい相手の攻撃をひとつひとつ冷静にかわしながら、攻撃に転じた。近づいてきた輩に「ヒザ蹴り」を鋭く叩き込む。背後から迫る敵には即座に振り向きざまの「後ろ回し蹴り」を浴びせ、正面から突進してきた者には怯まず「頭突き」をお見舞いする。その動きはすべて、本能と経験に従ったものだ。
一連の攻防は一瞬のうちに終わり、十人ほどいた敵の半数が地面に沈んだ。
「ええぞー! ええぞー! 真田さまぁ!」
領民たちから歓声が上がる。その声援は、次第に場の空気を熱気に包み込んでいく。
「く、クソお……」
一人の輩が砂を握りしめ、俺に投げかけようとした。しかし、その手を六郎がしっかりと掴む。
「アンちゃん、卑怯なマネはよさんか」
「何じゃ、このおっさん!?」
輩が怒鳴る間もなく、六郎はその男を軽々と投げ飛ばした。
「ひぃっ!」
「若、雑魚どもはわしに任せなされ。大将と決着をつけるがよろしい」
「六郎、ありがとう。でも、くれぐれも手加減してやれよ」
六郎は軽く頷いただけで返事もそこそこに、敵へ向き直った。そして、「背負投げ」「内股すかし」「大外刈り」と、柔術の技を次々と繰り出しながら、輩たちを地面に叩きつけていく。
流れるような動きと的確な技で、相手を制圧するその姿に、周囲で見守る領民たちは息を呑んだ。
「はいやああああああっ!」
六郎の気迫に満ちた声が響くたび、一人、また一人と地面に沈んでいく輩たち。その圧倒的な力と技術に、敵の士気はみるみるうちに削られていく。
「……あっ、手加減するの忘れてた」
六郎は投げ飛ばした男たちを
しかし、これで残ったのは辰太郎と辰三郎の二人となる。
「お、お主ら、何モンじゃ!?」
辰太郎が苛立ち混じりに叫ぶ。
「兄者、ワイも二郎兄ィも大助には敵わんかった。今じゃ道場で稽古をつけてもろうとる」
「ああ!? お前ら、なに勝手なことしとるんじゃ!」
辰太郎は怒りを露わにし、拳を震わせる。
「辰太郎、お前が富盛の師範か?」
冷静に問いかけると、辰太郎は威圧するように胸を張った。
「おう、そうじゃ! お主ら、儂のおらん間に好き勝手やっとるみたいじゃのお!」
「……師範殿、川の縄張りを守ってもらおうか」
俺が一歩前に出ると、辰太郎はニヤリと笑った。
「ふん、儂を倒せたならの……面白い。かかってこんかい、小僧!」
辰太郎は腰元から木刀を二本取り出し、独特な構えを見せる。
「ほう、二刀流か」
俺は軽く感心しつつ、辰三郎に声をかけた。
「辰三郎、太刀しかない。お前の木刀を貸せ」
「ああ、ほらよ。大助、兄者は強え。油断するなよ」
「ありがとうな、辰三郎」
木刀を受け取り、構えを整えた。
「いくぞ、小僧!」
辰太郎が鋭く木刀を振りかぶりながら叫ぶ。
「おう!」
俺も気合を入れ、正面から立ち向かった。
「むぁちゃああああああああああああっ!」
辰太郎が叫び声を上げながら、二本の木刀を勢いよく振り回す。左右交互に繰り出される攻撃はまるで嵐のようだ。一本を受け止めても、すぐさまもう一本が迫ってくる。カンカンカンッと木刀の打ち合う音が響くが、辰太郎の猛攻は止まらない。
「いやあああああああああああああああっ!」
突然、辰太郎の一本が俺の喉元を狙って突き出される。俺は反射的に仰け反ってかわすが、もう一本の木刀が斜めに振り下ろされ、足元を狙ってきた。咄嗟に木刀を振り、なんとかその一撃を払いのける。
「隙ありいいいいいいいいいいいいいいっ!」
辰太郎は素早く右前方に飛び、先ほど突き出した木刀を振りかぶり、渾身の力で俺の首元を狙って振り下ろしてきた。
ドスッ!
「あっ!?」
「な、なんだ? どうなった?」
「おい、よく見えねえぞ!」
俺と辰太郎は、互いに木刀を構えたまま立ち尽くしていた。領民たちは一瞬の出来事に何が起きたのか分からず、ざわついている。
「ふはは……やるのぉ、小僧。だが、儂には勝てんじゃろう?」
辰太郎が余裕の笑みを浮かべる。
「師範殿、川を荒らすなよ。約束したからな」
俺は冷静に返す。
「なにを……ぐわっ!」
突然、辰太郎が地面に崩れ落ちた。
実は、彼の振り下ろす木刀をギリギリでかわしつつ、同時に横っ腹へ木刀で一撃を入れていたのだ。その衝撃で辰太郎は倒れたが、俺の小袖もかすかに裂かれていた。
「わーーーーーーーーーっ!」
「真田さまが勝ったぞー! なんて凄いお方なんだー!」
領民たちの歓声が辺りを包む。
「大助さま、やりましたね!」
「真田さま、ありがとうございます!」
忠次郎や喜左衛門たちが駆け寄ってくる。だが、俺は倒れた彼の様子が気になった。
「辰三郎、師範殿を連れて帰れるか?」
「……ああ、何とかして連れて帰るわ。それにしてもお前、やっぱり強えな」
辰三郎はそう言うと、捕まえていたフナを川に戻し、傷ついた手下たちと辰太郎を抱えながら帰ろうとする。
「お前、人として成長したな」
そう声をかけると、辰三郎は顔を赤らめ、照れくさそうに笑った。
「へん、よせやい! ……大助、川の縄張りを守れんですまん。姉御は必死に兄者に訴えとった。じゃが聞いてもらえなんだ。これで分かってもらえると思うが……」
「まあ、そうだろうな。お雪を責めるつもりはないよ」
「ありがとう。じゃあ、また道場でな」
「おう。またな」
辰三郎の背中を見送りながら、俺は今回の一件が村の秩序を守るための一歩になればいいと思った。
─ ─ と、その時だった。
「若、奴がいる!」
六郎が突然叫び、素早く駆け出した。どうやら富盛家に潜む『草の者』の姿を見つけたのだろう。六郎の勢いに、俺は反射的に危険を察した。
「六郎、深追いはするな!」
制止の声は六郎には届いていない。その背中からは一心不乱に相手を追う決意が感じられる。
「大助さま、どうされたのですか? 神田さまが屋敷でぜひ御礼したいと申されてますよ」
「忠次郎、お久が待ってるだろ。マタタビの調理方法を教えなくてはな。アレは鮮度が大事だから……」
「いや、でも?」
「先に帰るっ!」
俺は六郎を追って