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第17話 喧嘩の仲裁

「若、ついに見つけましたぞ!」

「何の話だ、六郎?」


 俺は離れの裏にある畑で、草原に自生していた大豆の苗を定植していた。


「富盛の田んぼで働いていた男たちでござる!」

「だから、彼らがどうしたと言うんだ?」

「あやつら、伊賀の者ですぞ!」

「!? 伊賀の者だと?」

「山村に土着するとは、これは長期戦になるやもしれませんな」

「待て、六郎。何で分かった?」

「あの身体つき、身のこなし、どう見ても百姓ではありません」

「いやいや、チラッと見ただけだろ? 断言できるのか?」

「お雪さんが“最近、富盛で雇った”と言ってたではありませんか」

「それだけで……? にわかに信じがたい話だな」

「奴らは『草の者』と呼ばれましてな、百姓に成りすまして村に溶け込み、監視や諜報活動を行う者たちです」

「六郎、服部半蔵が前に言っていたが、俺は生け捕りにしたいらしいぞ。それなら、そこまで慎重に動く必要があるか?」


 六郎はしばらく考え込んだ後、口を開いた。


「若、これは儂の推測ですが……伊賀の者は直接手を出さず、見張りをする役目かと。若を襲うのはむしろ芸州藩ではないかと存じます」

「何だと?」

「よく思い出してくだされ。我らは伊賀の者の先導で芸州へ流れ着きました。最初から幕府と芸州で裏取引があったとしか思えませぬ」

「ふむ……。その疑念は確かにある。では、芸州藩は頃合いを見て部隊を派遣してくるのか?」

「すべては幕府や福島正則公のご意向次第かと」


 福島勢百五十人の足軽に囲まれたら逃げ切れるだろうか。いや、それ以上の数が来るかもしれない……だったら今のうちに……。


「なあ、六郎。父上幸村は俺がここにいることを知らないよな?」

「今のところ、連絡は途絶えておりますな」

「このままだと連絡しようがないだろうな」

「確かに、もう一人誰か頼れる者がいれば良いのですが……」

「六郎、お前が行けばいいじゃないか」

「な、何と! 若を置いて都へは行けませぬ!」

「そうか……」

「若っ!」

「何だよ」


「ここから逃げ出しますか?」


 六郎の言葉に、俺の中でもそれが選択肢として浮かび上がっていた。もし芸州藩が本腰を入れて部隊を投入してきたら、逃げ切る自信はない。しかし……。


「大助さまー、お水を汲んできました!」

「ん?  ああ、お久」

「あれ?  何かあったんですか?」

「いや、何でもないよ。ありがとうな」

「うふふ、大豆、うまく育つと良いですね!」

「実ったら真っ先にお久に味見してもらうからな」

「あい、楽しみにしてます!」



 翌日、六郎は富盛に潜んでいる『草の者』を警戒しながら、芸州藩襲来に備えて見回りを強化していた。一方、俺は現実逃避でもするかのように忠次郎やお久と畑の手入れに没頭していた。


「大助さま、土地の半分が大豆畑ですけど、残りはどうするんですか?」

「うーん、大豆は連作できないから、来年のためにそのままにしておくか、自生してる何かを植えるかな。良い案が浮かばないけど」

「では、裏山を探してみましょうか? そういえば案内していませんでした」

「ほう、それは良いな。近いし、お久も一緒に行くか?」

「あい! 行きたいです!」


 畑の隣にある裏山は、忠次郎たち兄妹が幼い頃によく遊んでいた場所のようだった。はしゃぐお久に案内されながら登っていくと、山菜の強い匂いが漂ってきた。それはマタタビだ。


※マタタビ(ツバキ目マタタビ科マタタビ属)

山野の林縁や沢筋に生息する植物で、辛味があり食用や薬用にされる。


「大助さま、これって食べられるんですか?」

「ああ、焼いたり味噌漬けにしたりすればな。少し辛いが」

「えー、私、食べたことないです!」

「俺もほとんどないけどな。ははは」


 お久と黄緑色の実や若い芽を摘んでいる最中、六郎が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「若、何やら下が騒がしい様子ですぞ!」

「え?」


 まさか……芸州の部隊か!?


 しかし、六郎は首を横に振った。俺と忠次郎が木々の隙間から母屋を覗いてみると、数人の領民が国宗家に何やら申し出をしている様子が見えた。


「あれは神田家の者たち。一体何だ?」

「忠次郎、神田って山村の大農家だったな」

「はい、大助さま。一旦山を降りましょう」


 俺たちは収穫したマタタビを手にしながら下山した。


「ああ、忠次郎殿、大変じゃ! 富盛の嫡男がまた川で暴れておる! ここは噂に聞く『真田さま』に仲裁に入っていただきたい!」

「なに、富盛が? しかも暴れん坊の嫡男だと!? だ、大助さま、どういたしましょう!?」

「大助さま、危ないです! 行っちゃ嫌です!」

「だが……行くしかないだろう。大丈夫だ、お久。マタタビは水に浸けておいてくれ。すぐに戻るさ」

「だ、大助さま……」

「行こうか、忠次郎」

「は、はい! とっても怖いですが、監視役として同行します!」


 心配するお久を置いて、俺たちは二郷川へ向かった。




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