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第16話 大きな溜池

 今日は朝から富盛の道場で、辰三郎をはじめとする門下生たちに稽古をつけていた。


「おーい、忠次郎。お前も竹刀を持ったらどうだ?」

 辰三郎は忠次郎を見るたびにからかうのが常だ。

「私は結構です!」

「じゃあ、何でここにいるんだ?」

「大助さまのお供をしてるだけです。私に構わないでください!」

「ああ、そうかい! チッ!」


 忠次郎は、俺が富盛家を訪れるのを嫌がっているようだ。辰三郎が苦手なのだろう。監視役として仕方なく付き合っているのだ。本来なら「福島藩お預かり」の俺を見張るのは役人の仕事だが、その役目は国宗家に押し付けられている。まあ、その方が気楽だが。


「辰三郎、よそ見せずにかかってこい!」

「おう、大助! 今日こそは倒してやる!」


 辰三郎はいつもの変則的な動きで俺の隙を狙う。

「あぃやややあああああっ!」

 正面から竹刀を縦に振ると見せかけ、左前に踏み込みながら横から攻めてくる。だが、その動きは完全に読めている。

「はい」

 俺は竹刀を払いつつ、辰三郎の顎を軽く叩いた。

「あ痛っ!」

「もう一丁だ」

「ク、クソお!」


 辰三郎はすぐに感情的になる。無茶苦茶に竹刀を振り回して突進してきたが、それを軽くかわして背中を叩いた。

「あー痛っ! なんでお前、そんなに強いんだ!?」

「お前より冷静だからかな?」

「なるほど! 冷静か、冷静だ!」

「単純だな。あ、ちょっと待て」

「何だ、大助」

「お前はもういい」

「おいおい、わいはもう終わりか?」

「師範代はいるのか?」

「さあな。今日は見てないぞ。それより勝負だ!」


「辰二郎は親父らを迎えに出かけたわよ」

 ふいにお雪が姿を見せた。

「あ、姐御! 今日、親父が帰ってくるのか!?」

「ああ、そうみたいだね」

「じゃあ、あれはうまくいったんか!?」

「お黙り、この馬鹿!」

「お雪、帰ってきたら御当主に挨拶したいんだが」

「大助、しばらくはやめときな。機嫌悪いだろうから」

「姐御、もしかして不首尾だったのか?」

「だから、馬鹿は黙ってなさい!」

「チッ」

「大助、外歩こうか?」

「ん?」

「富盛の縄張り、案内してあげるよ」


 ほう、これはいい機会だ。山村の東側が見られる。

「そうだな。溜池とか見たい」

「お安い御用さ」


 お雪に連れられ、道場の裏手から畦道を進んで溜池まで歩いていった。一面に広がる立派な田んぼは壮大な景色だ。途中、富盛の下人と見られる男たちが用水路を修繕していた。お雪に会釈している。


「ねえ大助、辰三郎の馬鹿が口走ってたのはね、仕官が駄目だったって話だよ」

「仕官? 福島さまの旗本になろうとしたのか」

「うん。ウチはね、今は郷士だけど、もともとは武家の出なの。いつか返り咲くのが親父の夢なんだ」

「そうか。まあ、残念だったな」

「うふふ。辰三郎なんか、山村の知行地をもらって、大助を家来にするって期待してたらしいよ」

「それは勘弁だ」

「まあ、私は今のままでいいんだけどね。親父ったら木嶋の嫡男と夫婦にしようと画策してさ、迷惑だったんだよ」

「なに!? それは誠でございますか!?」

「なんで六郎が反応するんだ?」

「い、いやあ……つい。へへへ」


 溜池の前で、お雪が縄張りを説明してくれた。

「この池の向こうは押村。だから、ここは共同の水場なんだよ。あの杭までは富盛の領域さ」

「大きな溜池だな。よく見ると魚もたくさんいる」

「そうだよ。ウナギとかね。たまに釣れるよ」

「ウナギとはご馳走ですな。お雪さん、ところで、さっき用水路を修繕していた男たちは富盛家の方ですか?」

「六郎、なんでそんなこと聞くんだ?」

「いやあ、知り合いに似てたもんで、はい」

「ああ、ウチに下働きで雇った兄弟だよ。よく働くんだ。出身はたしか……摂津だったかしら」

「摂津ですか。それじゃ、私の勘違いですな」


 六郎はむりやり会話に入ろうとしているようだったが、何か気になるのだろうか。


 それにしても富盛の縄張りは見事だ。


 溜池や二郷川上流の滝など、水の確保がしっかりしており、田畠に供給する用水路も整備が行き届いている。国宗家とは一概に比べられないが、村づくりには見習うべき点が多い。俺は感心しながら、彼らの努力を目に焼き付けていた。



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