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第14話 山菜採り

 朝早くから国宗家の女衆や領民たちが、生活用水を求めて二郷川へ集まっていた。俺は六郎と忠次郎を伴い、国宗家の縄張りである川岸を巡回することにした。川沿いの距離は六町(660メートル)ほど。心配していた富盛家の者が現れることはなく、無事に水汲みが終わったようだ。

「真田さま、ありがとうございます!」

女衆や領民たちが口々に感謝の言葉をかけてくれる。こういう瞬間は嬉しいものだ。


 その後、さらに一里(約4キロメートル)ほど歩いて西側の沢に到着した。だが、小さな沢で水量も乏しく、ここでは満足に水汲みはできないだろう。二郷川の水がどれほど貴重なのか、改めて実感する。


「忠次郎、国宗家の縄張りはどの辺までだ?」

「山の麓までです。沢もその範囲内です」

「そうか。少し下ってみよう」


 俺たちは沢に沿って山道を下った。その途中で何かの匂いを感じ、沢の岩をいくつか持ち上げると、そこにはたくさんのサワガニが隠れていた。


「あ、蟹だ!」

 忠次郎が目を輝かせる。


「サワガニがいるなら、これを食べる猪もいる可能性が高いな」

「猪が……ですか?」

「忠次郎、山に入るぞ。ただし、蛇に気をつけろ」

「は、はい!」


 獣道をたどりながら山中を探索していくと、「コシアブラ」と呼ばれるブナの木周辺に生息してる山菜を見つけた。


※コシアブラ(ウコギ科ウコギ属の落葉高木)

若芽が独特の苦味と風味を持つ山菜で、山菜の女王と呼ばれる逸品。


 俺たちはこれを収穫しながらさらに奥へと進んだ。途中、木の幹がえぐられ、周囲の苔が剥がされた跡を発見する。これは猪の痕跡だ。

「やはり、猪がいるな」

「い、いるんですか……?」

「忠次郎、ヌタ場を知らないか?」

「ヌタ場……?」


 俺は泥地のような水たまりを説明したが、この山の奥深くまでは忠次郎も詳しくないらしい。

「まぁ猪がいることがわかったから、今日は引き返そう。遭遇すると危険だからな」

「わかりました。でも、大助さまが行きたいならお供します!」

「いや、今日は引き返す。沢へ戻るぞ」


 沢の周辺に戻ると、山菜の香りが漂ってきた。「ウワバミソウ」だ。


※ウワバミソウ(イラクサ科ウワバミソウ属)

渓流わきや、沢など水気の多い岩場などに群生する多年性植物。シャキシャキした歯ごたえとトロっとした舌触りが特徴で、煮物に最適な山菜。


「大助さま、これも山菜とは良くご存知ですね」

「俺はな、武家と言いながら日々の暮らしは、畑を耕して山菜を集めてたんだ。あれは農民の生活そのものだったよ」

「そうだったんですか。どおりで詳しい訳ですね」


 ウワバミソウを収穫すると、沢の中へ足を踏み入れた。

「忠次郎、サワガニも捕まえとくか」

「はい。ご馳走です!」


※サワガニ(カニ下目・サワガニ科)

淡水域に生息する甲幅30mmと小さなカニの一種。美味だが、火をしっかり通さなければ安全に食べられない。


 岩をめくり、小さなサワガニを次々と捕獲していく。忠次郎の小さな桶はすぐに一杯になり、彼は満足げに笑顔を浮かべた。

「大助さま、今日はたくさん収穫できましたね! みな喜びます!」

「そうだな。猪も確認できたし、有意義だった。明日はどこへ行こうか?」

「南側はどうでしょう。庄屋の面前家や神田家の縄張りが入り組んでますので、案内します!」

「うむ、任せたぞ」


 本日の収穫はコシアブラ、ウワバミソウ、そしてサワガニだ。これらを持って、俺たちは国宗家へ戻ることにした。



「六郎、どうだった?」

「若、西側には何の気配も感じませぬ。伊賀者の小屋はないと思われます」

「だが、どこかに拠点を作っているはずだろう?」

「さよう。私は北側の山が怪しいと睨んでおります」

「北か……林業の山々だな。支流の川付近も調べる必要があるかもしれないな」

「はい。しかし、焦らずいきましょう」

「そうだな。ところで、今晩は国宗家で飯だそうだ」

「それは嬉しい話です!」


 土間では女衆たちが忙しそうに夕食の支度をしていた。その中にはお久の姿もある。

「あ、大助さま!  差し入れありがとうございます!」

「お久、サワガニは好きか?」

「あい!  大好きです!」

「それはよかった。たくさん食べるといい」

「あい! うふふ」


 食材が揃えば、皆の笑顔が増える。こうして今日も俺は国宗家のために役立つことができた。晩飯の囲炉裏を囲みながら、また明日の計画に思いを巡らせていた。



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