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第12話 川の縄張り

「とぅりややややあああああっ!!」

 辰三郎が竹刀を大きく振り上げ、勢いよく上から下へと振り抜く。


「ひゃああああああああっ!!」

 今度は縦に振ったかと思うと、次は横に振る。攻撃の軌道が読みにくい。さらに一歩踏み出すと見せかけて右斜め前に回り込み、渾身の斜め振りを繰り出してきた。


 だが、それらすべての攻撃を俺は軽々と避け、スッと辰三郎の横へと身をかわす。


「うるさいな、お前」

「な、なんじゃ!?」


 辰三郎の動きは、ただの力任せの変則的な剣法だ。何の流派にも属さない田舎剣法に過ぎない。大した脅威ではない。


 焦った辰三郎は一歩下がりながら竹刀を縦に振る。しかし、その竹刀を俺は払いのけ、逆に「バシン!」と横腹を軽く叩いた。


「あっ!?」

 道場内に驚きの声が響く。


「い、いやいや……」

 辰三郎は信じられないという顔をしている。


「やるじゃねぇか。手加減は無用じゃのう!」

「お前、もう死んでるぞ。それでもまだやるのか?」

「うっせえ! 手加減しとる言うたやろ!」

「手加減してるのは俺だが……な」


 辰三郎が再び竹刀を振り回す。


「ほぅわわわああああっ!!」

 ブンブンと振り回す竹刀の軌道を読みながら、俺は軽快にそれを避けつつ、「バシッ、バシッ、バシン!」と辰三郎の横腹、肩、太ももを次々と叩いた。


「うわぁっ!」

 辰三郎は片膝をつき、疲れ果てた様子で息を切らしている。その首元に、俺は竹刀の先を当てた。


「もういいだろう」

「はぁ……はぁ……お前、一体何者なんじゃ!?」

「国宗家の居候だと言ったろ」


「ははははは……辰三郎、勝負ありだね。アンタの負けだよ」

 道場の入口で腕を組みながら、お雪が声をかけてきた。


「姐御!」

 辰三郎が悔しそうに顔を上げる。


「居候さん、アンタ強いね。でも、富盛にも意地があんだよ。辰二郎、次はお前が相手しな!」

「はい。国宗の方、続けてお相手つかまつるがよろしいか?」

「ああ、構わないさ。で、おまえが師範か?」

「いえ、師範代を務めております」

「ふーん」


 師範は嫡男か当主といったところだろう。まあ、いずれにせよ、今この道場で一番強い彼に勝てば十分だろう。


「では、いざ!」

「参る」


 辰二郎は落ち着いた構えから、じりじりと間合いを詰めてくる。竹刀の先が微かに動いたかと思うと、「ドッ」と床を踏み鳴らしながら正面から突き込んできた。


 その突きをギリギリでかわし、すかさず振り下ろしてくる竹刀を「ガシッ、ガシッ」と受け止める。なるほど、なかなかの怪力だ。すると、不意に足元を狙って竹刀を横に振ってきた。俺は、咄嗟に跳ぶ。


「ブゥン!」

 竹刀が空を切る音が響く。


「やるのう、国宗の方……」


 道場の端では、忠次郎が怯えた表情で戦いを見つめている。その隣で六郎が「大丈夫じゃ」と声をかけているのが聞こえた。


「はぁーーーーっ!!」

 突如、辰二郎が突進して竹刀を突き出した。それに合わせ、俺も竹刀を突き出す。


「!?」


 辰二郎の竹刀はわずかに俺の首元を外れたが、俺の竹刀は彼の喉元寸前でピタリと止まっていた。


 道場が静まり返る。俺たちはその姿勢のまましばらく動かなかったが、辰二郎がやがて竹刀を下ろし、静かに言った。


「参りました……」


「すごい! 大助さま!」

 忠次郎が歓声を上げた。


 辰二郎は息を整える。

「お主の名は?」

「真田大助だ」

「真田殿……貴殿ほどのお方が、何故国宗家に?」


「大助さまは、国宗家の客人です!」

 忠次郎が横から口を挟む。


「ほう、客人とな。では、いつまで滞在なさるのですか?」

「うーん、しばらく居候するつもりだ。いや、もしかしたら永住するかもな」


 俺が軽く言うと、辰二郎、辰三郎は驚いたような表情を見せた。

 その時、お雪がゆったりと近寄ってくる。


「アンタ、気に入ったわ。ねぇ、大助。富盛の道場破りをしたからには、何か褒美が欲しいんじゃないのかい?」


「褒美? そうだな……二郷川に入りたい」

「あはははは、なんだいそりゃ。二郷川なんて、勝手に入ればいいだろう。富盛の川じゃないんだからね」

「あっ、姐御!」

 辰三郎が慌てて声を上げる。


「なんだい、辰三郎。文句でもあるのかい?」

「い、いや、何でもないわ」

「そうか。国宗家と富盛家は近すぎるから、水争いでも起きてるのかと思っただけさ」 


「そうなのか、辰三郎?」

 お雪が尋ねると、辰三郎は気まずそうに顔をそむけた。


「ちょっと揉めただけじゃろ!」

「この馬鹿! あたいらには溜池があんだろうが! それに二郷川だって、使っていい場所が決まってるのくらい知ってるだろ。いちいち揉め事増やすんじゃないよ!」


「……チッ、わかったよ」

 辰三郎が不服そうにうつむく。


「ねぇ、大助。そういうことだから、国宗家の縄張りはアンタの好きにしていいよ」


─ ─ さっきから大助って馴れ馴れしいな、この娘……。


「俺は家主と話がしたいんだが」

「親父と兄者はしばらく留守だよ。だから、今はアタイが家主みたいなもんさ」

 お雪が肩をすくめて答える。


「辰二郎。一族郎党にしっかり伝えな。水争いなんてするんじゃないよ」

「は、はい、しかと承知しました。でも、兄者たちには?」

「ああ、兄者に話を通すのは骨が折れそうだね。あ、そうだ。条件があるよ、大助。アンタ、うちの道場に通ってくれないかい?」

「何でだ?」

「何でって……アンタの願いを叶える代わりだよ。親父や兄者を説得するのがどれだけ大変か分かるかい?」

「お雪さん、それっておかしくないですか!? 川の縄張りを守らないのはそちらなのに、条件をつけるなんて!」

 忠次郎が思わず抗議する。


「それだけじゃないんだよ。大助に稽古をつけてもらいたいんだ。うちの馬鹿どもを鍛えてほしいのさ」

「でも……」

 忠次郎が反論しようとするのを、俺は手で制した。


「まあ、待て。たまにで良いなら道場に顔を出すよ。お嬢さん」

「ほ、本当かい、大助!」

「ああ、俺も身体がなまるのは嫌だからな」

「よっしゃ、大助! ……それとね、『お嬢さん』じゃなくて『お雪』って呼びな」

「ああ、分かったよ。お雪」


 忠次郎を見ると、少し不満げな顔をしている。しかし、ここは俺に従うしかないといった様子だ。


「そうだ、忠次郎。二郷川に連れて行ってくれ。どんな川か見てみたい」

「!!」

 忠次郎が目を見開く。


「ん? どうした?」

「は、はいっ! 喜んで案内します!」


 二郷川に行くと言った途端、忠次郎の機嫌は急によくなり、俺の手を引っ張って道場から駆け出していった。




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