「忠次郎、あれは誰だ?」
「と、富盛の三男坊、辰三郎とその郎党です……」
忠次郎は小さな声で、吐き捨てるように言った。
「うぃーっ、忠次郎よぉ、こっち向けよぉ!」
「な、何ですか」
「お前、いつになったらワイと勝負してくれるんじゃ?」
「そんな約束はしていません」
三男坊の後ろに控えていた若い輩が、俺たちをじりじりと囲む。一人の男が、俺を値踏みするように睨みつけてきた。
「ええから、勝負せぇや。そんな度胸もないんか? へへへ」
「辰三郎さん、コイツ、算術ばっかで武術はからっきしなんですよ!」
「ほぉ、国宗家の次男坊がよぉ、それは情けないのぉ」
「はっははははは!」
面倒な連中だ。俺は深くため息を吐いたが、その瞬間、辰三郎の視線が俺に向けられた。
「あぁ? お前、誰じゃ?」
「俺か? 国宗家に世話になっている者だが?」
「ふぅん、なんや、お前、ワイらを馬鹿にしてるんか? 勝負したろか!」
「勝負って、素手か? 木刀か? それともこれか?」
俺は腰に差していた秀頼公から頂いた太刀の柄を軽く押し上げ、わずかに刃を覗かせた。
「なっ、なんじゃお前、武士か!? 一体誰じゃ!」
「どうする? ここでやるか?」
「おもしろい……ワイらの道場へ来い! 勝負じゃ!」
「だ、大助さまっ!」
「おい、忠次郎、お前も来いや!」
「いやです!」
「で、お前らの道場ってどこだ? 近いのか?」
「大助さま、やめときましょう!」
「いや、身体がなまってる。行くぞ」
「そ、そこには強者が沢山いると聞いております!」
「お前、行ったことないんじゃないのか? よく言うな」
「はっはははは!」
嫌がる忠次郎を六郎がなだめながら、俺たちは輩に連れられて富盛家の道場へ向かった。国宗家から二郷川を挟んですぐの場所だ。
「近いな。目と鼻の先じゃないか」
「だから、揉めるんです!」
「揉めるって、一方的にコイツらが仕掛けてるんだろう」
「ま、まぁ、そうですが……」
「なるほど……俺たちが国宗家に滞在している理由が少しわかった気がする」
「若、どういうことですか?」
「六郎、元武家には落武者で牽制させる。そういう狙いかもな」
「深い考えですな。ただし、ほどほどにしてくださいよ」
「ああ、わかっている」
富盛家の領域に入ると、広大な田畑と整備された水路が目に飛び込んできた。この地で生き残るために、相当な努力をしてきたのだろう。その奥にそびえる武家屋敷は、まるでこの地域を支配する領主の館のようだ。そして、その敷地内に道場らしき建物がある。
「ほぉ、大したものだな」
道場の隣にある井戸の周りでは、女衆が灰汁桶に衣類を浸して手もみ洗いをしていた。そこに立って見守る若い娘が、俺たちに気づいた。
「辰三郎、誰だい?」
「姐御、国宗忠次郎とその郎党や。ワイと勝負するんよ。へへへ」
「あらまあ、国宗さん? 珍しいじゃないの。どういう風の吹き回しかしら」
忠次郎は顔を背けて無言だ。
「辰三郎、手加減しておやりよ。木刀じゃなく竹刀でね。怪我をさせるんじゃないよ」
「チッ、わかったよ、姐御」
姐御と呼ばれる娘は辰三郎の姉で「お雪」と呼ぶ。18歳くらいだろうか。山林郷でも評判の美人らしい。
「若、べっぴんですね。少しスレた感じがまた……」
「六郎、黙ってろ」
道場に入ると、十人ほどが稽古をしていた。指導しているのは辰三郎の兄、辰二郎だった。
「辰三郎、どうした? その方々は?」
「兄い、こいつと勝負するんじゃ!」
「こいつ?……まさか国宗の……?」
「忠次郎やない。その若造や」
辰三郎が無造作に竹刀を放り投げてきた。俺はそれを咄嗟に掴む。
「若造呼ばわりか。歳は大して変わらんだろうに」
「おい、辰三郎。手加減しろ。怪我をさせたら面倒だからな」
「わかっとる! おう、来いよ、若造!」
「どんだけ強いんだよ、お前」
俺は竹刀を構えながら考えた。この片田舎の豪族に負けるわけにはいかないが、本気でやって怪我でもさせれば、国宗家に迷惑がかかる。まずは、こいつの実力を確かめるか……。
「どうした、若造? 口だけかぁ!」