山をいくつも越えた末、広々とした盆地にたどり着いた。そこには再び羽織袴の役人と雑兵らしき一団が待ち構えている。
「真田さまですね。山越え、ご苦労様でした。
「真田大助だ。厄介者の我らを匿うと?」
「はい、主君よりの命にて」
「そうか。福島さまにはご迷惑をおかけするが、世話になるとしよう」
「かしこまりました」
山林郷はその名の通り、四方を山々に囲まれた自然豊かな盆地である。芸州藩の直轄領として林業と農業が主な生業だが、村全体は決して裕福ではない。
郡廻りの一行に導かれ、俺たちはとある地侍の屋敷に到着した。地侍といっても、その一族は林業を中心に生計を立てている。
「こちらが
「……国宗忠兵衛でござる」
屋敷の主である老人が、どこか不満げな表情で挨拶してきた。どうやら急な話に納得していない様子だが、「藩には逆らえない」という空気を感じさせる態度だ。
「真田大助だ。こちらは家臣の望月六郎。よろしく頼む」
「……はい」
あまりにも愛想のない応対に、挨拶は早々に切り上げられた。俺たちは屋敷の「離れ」に案内され、居間に腰を落ち着ける。
緊張の糸が切れたのか、俺はそのまま大の字になって転がった。
「あー、この感覚、久しぶりだ……」
板の間ですら心地よく感じるほどだった。
「若、人前で失礼ですぞ!」
六郎が慌てて頭を下げる。
「あいすいません。こうして床で横になるのは半月ぶりなもので……」
木嶋が場を和ませようと微笑む。
「お疲れでしょう。しばしごゆっくりお休みください。ああ、水をお持ちしましょう。夕食時にはお呼びいたします」
「お気遣い、ありがとうございます」
俺が横柄だからか、六郎はやけに
「若、わしが見張りますゆえ、しばらくお休みを」
「ああ、そうするよ」
国宗家は林業を生業とするだけあり、「離れ」とはいえ立派な造りの屋敷だった。村で伐り出した木材を用いて建てられたこの屋敷は、豊臣秀吉が厳島に建立した
そんな中でも、今宵の食卓には特別な料理が並んだ。
「すごいご馳走じゃ! 有難いっ」
六郎が勢いよく頬張り、一同の視線が集まる。
「おい、六郎。もう少しゆっくり食わんか」
「はは、これは……モグモグ……あまりにも美味しくて……ははは」
食卓には、家主の忠兵衛のほか、実質的に国宗家を切り盛りする息子の忠左衛門、その息子の忠次郎が座していた。また、代官の梶山、郡廻りの木嶋も同席している。給仕には忠左衛門の妻と娘のお久、女中たちが立ち働いていた。
黙って不機嫌そうに座っていた忠兵衛に代わり、忠左衛門が口を開く。
「真田さまは、息子の忠次郎と同じ年頃かと思いますが、しっかりされておりますな。さすがはお武家さまでございます」
「俺も豊臣家に仕えていた身、食事作法くらいは叩き込まれましたので」
「それはそれは……こんな貧村でお迎えできるとは光栄の至り。何なりとお申し付けください」
その時、忠兵衛が話に割り込む。
「村々は生きるのが精一杯だ。今日は特別な食事なれど、普段は質素そのもの。このような馳走は滅多にないと思ってもらいたい」
「お、親父……!」
「本当のことを言って何が悪い。藩が扶持米でもくれればまだしも……なあ、木嶋様」
「忠兵衛殿、その件はこれから評議することだ。急な命令ゆえ、まだ整っておらんのだ」
忠兵衛はあからさまに不満を見せた。
俺たちが歓迎されていないことは明らかだった。この地で匿われるに至った背景を知る術はないが、国宗家にとっては迷惑以外の何物でもないのだろう ─ ─ そう思わずにはいられなかった。