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第9話 山村の馳走

 山をいくつも越えた末、広々とした盆地にたどり着いた。そこには再び羽織袴の役人と雑兵らしき一団が待ち構えている。


「真田さまですね。山越え、ご苦労様でした。それがし、芸州藩・山林郷の郡廻り役人、木嶋五右衛門でございます」

「真田大助だ。厄介者の我らを匿うと?」

「はい、主君よりの命にて」

「そうか。福島さまにはご迷惑をおかけするが、世話になるとしよう」

「かしこまりました」


 山林郷はその名の通り、四方を山々に囲まれた自然豊かな盆地である。芸州藩の直轄領として林業と農業が主な生業だが、村全体は決して裕福ではない。


 郡廻りの一行に導かれ、俺たちはとある地侍の屋敷に到着した。地侍といっても、その一族は林業を中心に生計を立てている。


「こちらが国宗こくそう殿です」

「……国宗忠兵衛でござる」


 屋敷の主である老人が、どこか不満げな表情で挨拶してきた。どうやら急な話に納得していない様子だが、「藩には逆らえない」という空気を感じさせる態度だ。


「真田大助だ。こちらは家臣の望月六郎。よろしく頼む」

「……はい」


 あまりにも愛想のない応対に、挨拶は早々に切り上げられた。俺たちは屋敷の「離れ」に案内され、居間に腰を落ち着ける。


 緊張の糸が切れたのか、俺はそのまま大の字になって転がった。


「あー、この感覚、久しぶりだ……」

 板の間ですら心地よく感じるほどだった。


「若、人前で失礼ですぞ!」

 六郎が慌てて頭を下げる。

「あいすいません。こうして床で横になるのは半月ぶりなもので……」


 木嶋が場を和ませようと微笑む。

「お疲れでしょう。しばしごゆっくりお休みください。ああ、水をお持ちしましょう。夕食時にはお呼びいたします」


「お気遣い、ありがとうございます」


 俺が横柄だからか、六郎はやけにへりくだった態度を見せる。

「若、わしが見張りますゆえ、しばらくお休みを」

「ああ、そうするよ」



 国宗家は林業を生業とするだけあり、「離れ」とはいえ立派な造りの屋敷だった。村で伐り出した木材を用いて建てられたこの屋敷は、豊臣秀吉が厳島に建立した豊国神社千畳閣の資材調達にも携わったという。しかし、こうした技術力があっても村は裕福ではない。この時代、農業生産力は低く、重い年貢の負担で村民たちは常に飢えと隣り合わせの生活を強いられていた。


 そんな中でも、今宵の食卓には特別な料理が並んだ。玄米麦飯、カブとセリの味噌汁、どじょうの串焼き、しいたけの煮つけ、梅干し。役人への気遣いから用意されたに違いない。


「すごいご馳走じゃ! 有難いっ」

 六郎が勢いよく頬張り、一同の視線が集まる。

「おい、六郎。もう少しゆっくり食わんか」

「はは、これは……モグモグ……あまりにも美味しくて……ははは」


 食卓には、家主の忠兵衛のほか、実質的に国宗家を切り盛りする息子の忠左衛門、その息子の忠次郎が座していた。また、代官の梶山、郡廻りの木嶋も同席している。給仕には忠左衛門の妻と娘のお久、女中たちが立ち働いていた。


 黙って不機嫌そうに座っていた忠兵衛に代わり、忠左衛門が口を開く。

「真田さまは、息子の忠次郎と同じ年頃かと思いますが、しっかりされておりますな。さすがはお武家さまでございます」

「俺も豊臣家に仕えていた身、食事作法くらいは叩き込まれましたので」

「それはそれは……こんな貧村でお迎えできるとは光栄の至り。何なりとお申し付けください」


 その時、忠兵衛が話に割り込む。

「村々は生きるのが精一杯だ。今日は特別な食事なれど、普段は質素そのもの。このような馳走は滅多にないと思ってもらいたい」

「お、親父……!」

「本当のことを言って何が悪い。藩が扶持米でもくれればまだしも……なあ、木嶋様」

「忠兵衛殿、その件はこれから評議することだ。急な命令ゆえ、まだ整っておらんのだ」


 忠兵衛はあからさまに不満を見せた。


 俺たちが歓迎されていないことは明らかだった。この地で匿われるに至った背景を知る術はないが、国宗家にとっては迷惑以外の何物でもないのだろう ─ ─ そう思わずにはいられなかった。



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