豊臣秀頼には、側室との間に8歳になる息子、国松と7歳の娘がいた。しかし、家康や秀忠はその存在を把握しておらず、大坂城落城後、数日が経ってからようやく捜索命令を下す有様だった。
5月12日、京極忠高により秀頼の娘が発見される。千姫の嘆願が功を奏し、娘は仏門に入ることで命を救われた。
一方、5月21日、伏見で国松が側近の
その後も戦後処理は粛々と進む。
その頃、伏見城では、徳川二代将軍・秀忠の側近である安藤重信と、伊賀の頭領・藤林長門守が、誰にも聞かれぬよう密かに言葉を交わしていた。
「おおせの通り、何とか間に合わせました」
「福島正則はどう応じた?」
「ふふ……真田の倅を一旦匿い、頃合いを見て『生け捕り』とする ─ ─ 確かに、そのように承りましたと」
「倅は少し泳がせておく。もしや真田信繁が生きているなら、いずれ引き寄せられよう。その時こそ、信繁もろとも仕留める」
「倅を餌にするとは……さすがにお見事。しかし、福島殿をそこまで信用してよろしいので?」
「信用などしておらんさ。だからこそ、逃げ場のない無理難題を押しつけているのだ。上様は福島正則を減転封するため、虎視眈々と機を狙っておられる。それを見越した布石よ」
「ほほ……では、福島殿がどう転ぼうとも ─ ─」
「ああ、いずれにせよ詰んでいる。長門守よ、伊賀の者に監視を続けさせろ。そして逐一報告せよ。服部半蔵の動きも、一つ残らずな」
「承知。ふふふ……隠し事は、我ら伊賀には通じませぬゆえ」
藤林は背中をかすかに揺らしながら、喉の奥で湿った笑いを漏らした。
寂れた港に小舟をつけると、そこには粗末な武具で武装した雑兵数名と、羽織袴を
「若、敵ですかな? 伊賀の者なら厄介ですが、こいつらクソ弱そうです」
「うーん、敵には見えないが……」
俺たちは慎重に陸へ上がり、戦闘態勢を整える。すると、役人風の男が汗だくになりながら頭を下げつつ近づいてきた。
「真田さま……でしょうか?」
「……そうだが、お前は何者だ?」
「おお、間に合いました。
「迎えだと?」
「はい。真田さま一行を匿うよう、主君からの厳命がございました」
にわかには信じがたい話だった。六郎が眉をひそめる。
「若、恐らく伊賀の者が近くで監視しておりますぞ」
「だが、この者たちに敵意は感じられない」
「……如何致しますか?」
俺は状況を試すべく、大声で問いかけた。
「芸州といえば福島正則さまのご領地。我らを匿うとは本当か?」
「は、はい。今朝、江戸より早馬が到着し、その命を受けて準備を整えた次第です!」
福島正則は大阪夏の陣の際、江戸にて待機を命じられていた。江戸からの早馬が本物であるなら、信憑性はある。だが、腑に落ちない。俺たちは伊賀の者によってこの地に導かれたのだ。つまり、徳川方と芸州藩は通じている可能性が高い。
「ささっ、ご案内いたします。山越えになりますが、屋敷を用意しております」
「う、うむ……宜しく頼む」
「若……!? 本当に従うのですか?」
「六郎、ここは従ってみよう。いざとなれば、この者たちを倒して逃げればよいだけだ」
「た、確かにこいつらなら……。ですが油断なさらぬよう。伊賀の者が背後に控えていますゆえ!」
「分かっている。気をつけるさ」
六郎の不安げな視線を受け流し、俺たちは代官の案内で山越えの道を進み始めた。不安と疑念を抱えながらも、足を止めるわけにはいかなかった。