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第7話 無敵の伝説

 風の如く、半蔵の姿は一瞬で消えた。次の瞬間、俺の背後にその気配を感じた。そして、刀を振り下ろされる音が耳を裂いた。


 カキーン!


 間一髪でその一振りを受け止める。だが半蔵は攻撃の手を緩めない。


 キンキンキンッ……! 


 俺は防戦一方だ。このままでは押し切られる。咄嗟に宙返りを繰り返し、辛うじてその鋭い斬撃をかわす。だが、このままでは勝てない。刺し違える覚悟で勝機を狙うしかないと悟った。


「行くぞ!」


 俺は刀を突き出し、全力で突進する。半蔵が構える目前で姿勢を低くし、刀を足元へ向けた。


 シュンッ!


 忍び装束の袴を斬ったつもりが、半蔵がかわして脚絆きゃはんの脛当てをかすめた。


「フン。その程度か、小僧」

「くそっ、ちょっと待ってろ!」


 俺は刀をさやに納め、木船に置いてあった木刀を二本手に取り、再び半蔵に向き直った。


「フフフ、それで私を倒せるとでも?」

「俺はこっちの方が強いぞ!」

「二刀流か……面白い」


 カッカッカッ……! 


 暫く刀と木刀の叩き合いが続いたが「ガッ」と半蔵の刀が木刀に食い込んだ。 


「むっ!」


 俺はこれを待っていた。すかさず、もう一本の木刀で半蔵の耳元を突く。


「うおっ!」


 狙いは外れ、耳には届かなかったが、半蔵の頭巾を裂いた。彼が怯んだ一瞬の隙をつき、今度は木刀を振り下ろし、首元を狙う。


 シュ……!


「うっ!」


 半蔵は瞬時にかわそうとしたが、木刀は彼の肩を微かにかすめた。


「はぁはぁはぁ……」

「フフフ……小僧、なかなかやるな」

「あんたこそ、手加減してるだろ!」

「まあな、だが『秀頼公の刀』の力は確認できた。お前はもっと強くなるだろう」

「どういう意味だ?」

「その宝刀を所持する者が、ある念仏を唱え修行を重ねれば、無敵になるという伝説があるのさ」

「無敵だと? 馬鹿な……そんな迷信、信じられるか!」


 確かにあの刀は殿下より賜ったもの。だがそれは「あの世」で豊臣家と会うための念仏を刻む、宗教的な刀だと聞いている。無敵になるなど、ただの流言に過ぎない。


「フン、宝刀だけでも価値はあるが、その伝説が真実なのか確かめてみたいな。お前を殺したら念仏も分からないし、しばし考える時間をもらおうか。それまで死ぬなよ」

「また襲うつもりか?」

「どうかな。ただ、襲うのは私だけじゃない。『秀頼公の刀』を持ち続ける限り、常に誰かに狙われて生きることになる」

「これは殿下から頂いた刀だ。誰にも渡さん」

「一つ忠告しとこう。藤林長人守の配下がお前を追っている。いや、既に先回りしてる者もいる」

「……伊賀の者か」

「ああ……十人は下らん。生け捕りの指示だそうだ。油断するなよ」


「若ーっ!!」


 六郎が山から駆け下りてきた。俺と半蔵が対峙してる光景を見つけ、大声で叫んでいる。


「じゃあな、小僧。また会おう」

「…………」


 服部半蔵はふっと海へと消えた。


「若、何奴! 無事ですか!?」

「ふぅ……ああ、何ともないよ。あれは服部半蔵だ。伊賀の者が俺を追ってるってさ」

「服部半蔵! 討ち死にしてなかったのか!」

「親切に危険を知らせてくれたよ」

「まさか……!?」

「六郎、長くここにはいられないな」



 数日後。


 食材を多く積んだ木船で瀬戸内海を西へと進む途中、何者かに監視されてる気配を感じ始めた。遠くに浮かぶ四隻の木船が、東西南北から距離を保ちながら、同じ速度で俺たちの進路を追尾している。


「若、どうやら狙われていますな」

「妙だな。攻撃してくる様子がない。ただついてくるだけか?」

「どこまで行くか様子を見てるのでしょうか……。いっそどこかで撒きますか」


 大崎下島を過ぎたあたりで、俺たちは進路を変えることにした。豊島との間を抜け、敵の視界から外れることを狙って舵を切る。だが、それに合わせるように、敵の木船がさらに2隻加わり、進路を完全に塞いできた。


「くそっ……六隻に増えたぞ。半蔵の言った通りだ。待ち伏せしてたのか!」


 焦っても仕方がない。俺たちは火鉢を取り出し、イサキの干物をあぶって腹ごしらえをすることにした。


「うん、美味いな。六郎、食え」

「ははっ、有難く頂きまする」


 しかし事態はさらに悪化する。程なく上蒲刈、下蒲刈島を過ぎて南下しようとすると、再び進路を妨害される。木船の動きが俺たちを陸地に追い詰めているのが明らかだった。


「俺たちは誘導されている……のか」

「この辺りは芸州ですな。敵はここらで仕掛けてくるつもりかもしれません」

「ザッと見積もって、十人ほどか。陸地で決着をつけるつもりなら、受けて立つまでだ!」

「御意。行きますぞ、若!」


 俺たちは敵に追われるままに舵を切り、芸州のある港へと木船を進めた。腹を括り、いよいよ陸での戦いに備える。



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