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第6話 服部半蔵、宝刀を狙う

 瀬戸内海、因島付近の無人島に辿り着いた。これまで追っ手の気配を感じることもなく、俺たちはようやく気を緩めることができた。


「六郎、見てくれ! 貝がこんなにある!」


 干潮になると、海面から顔を出す磯の潮だまりや岩の窪みに、さまざまな貝が生息している。マツバガイ、イシダタミガイ、イボニシ、ヒザラガイ……いずれも食べられる種類だ。


「おお、これなんか美味そうじゃな」

 六郎はマツバガイを岩から器用に剥がし取る。その手つきは慣れたものだった。


※マツバガイ(カサガイ目ヨメガカサ科)

巻貝の一種で、殻長5cmほどの個体が多い。温暖な岩礁海岸に生息し、食感はアワビに似てコリコリとしている。


 俺は才蔵が用意してくれた釣り道具を使い、魚を釣ることにした。糸と針、そしてエサだけで行う「手釣り」と呼ばれる方法だが、コツさえ掴めば意外と簡単に釣れる。イサキやカサゴなどが次々と釣り上がる。


※イサキ(スズキ目イサキ科)

海水魚の一種で、成魚は45センチほど。白身で柔らかく、岩礁域に生息する。


※カサゴ(カサゴ目メバル科)

海水魚の一種で、成魚は30センチほど。岩礁や海中林などに生息し、身は弾力があり美味。


「若、よくもまあそんなに釣れるもんじゃのう」

「コツを掴んだからね」


 釣果を持ち帰り、さっそく調理に取りかかる。マツバガイは塩茹ですると身が縮んで殻から外れやすくなる。そのまま口に放り込むと、磯の香りとコリコリした食感がたまらない。

 イサキは素焼きに、カサゴは刺身にする。そして、わずかに持ち込んだ米に小さな貝を散りばめて貝飯を作り、豪華な夕餉が完成した。


「うまいな、若。カサゴのさばきは面倒じゃが、この味には代えられん」

「ああ、これだけ新鮮なら手間も惜しくないさ」

「若、しばらくはこの島で過ごしますか?」

「そうだな。船の生活にも飽きたし、この島なら食材が豊富だ。魚を干物にして保存食を作っておきたい」

「では、わしは小山の湧水を汲んできましょう。寝床も探さねばな」


 六郎が小山に登っていくのを見送り、俺は岩場に寝転がって空を見上げた。穏やかな海風が心地よい。


「明日は素潜りしてみるか。その方がもっと獲れそうだな……」


 ついウトウトしてしまった。




 生暖かい風を感じて目が覚めた。その瞬間、喉元に冷たい金属の感触が走る。


「ハッ……誰だ!?」

「お前、隙だらけだな。油断したのか? 真田の忍びにしては未熟だな、フフフ……」


 喉元に刀を突きつけた男は嘲笑を浮かべる。俺は体を動かせず、顔だけを覗き込むようにして相手を見た。


「これまで追っ手の気配を感じなかった……だから油断してた」

「その程度か、小僧」

「俺を殺すつもりか?」

「殺しはしないさ。ただ、渡してもらいたいものがある」


 男はニヤリと笑う。


「お前、『秀頼公の刀』を持ってるだろう?」

「……ああ。殿下からいただいた」

「豊臣家に伝わる『念仏』のことも知っているな?」

「念仏……? ああ、あれか。それがどうした?」


 男は刀を引き、ゆっくりと名乗った。


「俺は服部正就。いや、服部半蔵と名乗った方がいいか」

「服部半蔵だと!? 生きていたのか!」

「フフフ……宝刀の噂を耳にしてな。戦場を抜け、山里曲輪に潜んでいたのさ」

「この刀を狙って俺を追ってきたのか?」

「その通り。それは高値で売れる。さあ、大人しく渡してもらおうか」

「……断ったら?」

「小僧相手に無粋な真似はしたくないがな」

「なら、勝負しよう。俺にも意地がある」

「ほう……死ぬ気か?」

「そのつもりだ」

「フフ……面白い小僧だ。立て、遊んでやる」


 俺はゆっくりと立ち上がり、刀を構えた。戦いの幕が、今切って落とされる。




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