木津川へ向かう途中、俺たちは斬り倒した足軽の具足を剥ぎ取り、着替えることにした。赤備えの甲冑は目立ち過ぎる。六郎も忍び装束を脱ぎ捨て、足軽兵の姿に変装する。こうして徳川方の足軽になりすまし、畦道を駆け抜け、ついに木津川付近まで辿り着いた。
しかし、他の部隊が俺たちを不審に思い近づいてくる。
「おい、お前ら、どこの隊だ?」
「ああ、田中隊だ。ちとはぐれたんでな」
「田中隊?」
「急遽、この近辺を応援するよう命じられたんじゃ」
六郎が巧みに誤魔化そうとするが、敵の目には疑念が浮かんでいる。相手は足軽中隊、百五十人ほどの規模だ。
「若、才蔵が河岸におります」
「よし、もう少しの辛抱だな」
「おい、待て! お前ら、本当は何者だ?」
「だから田中隊だと言ってるだろうが」
しかし、敵の足軽兵たちに取り囲まれる。
「田中隊なんて聞いたこともないぞ」
「ほうか……だが、俺たちは急ぐんでな」
六郎が足軽兵を振り切ろうとした瞬間、腕を掴まれる。咄嗟に六郎は敵を投げ飛ばした。
「仕方ない。やりますぞ、若!」
「おう!」
ザクッ! ザクッ! ザクッ……!
俺たちは足軽兵を斬り伏せ、囲いを突破しようとする。
「ひっ……ざ、残党だ! みんな集まれぇー!」
「やかましい!」
ザクッ! ザクッ! ザクッ……!
木津川周辺は一気に騒乱と化した。敵の数は多いが、俺たちは木舟を目指して斬り進む。六郎が隠し持っていた爆薬を何発も炸裂させ、砂煙が立ち上る。敵が怯んだ隙に木舟へ飛び乗った。
「若殿、よくご無事で。それにしてもお強くなられましたな!」
「ああ、才蔵も無事で何よりだ」
才蔵が木舟を漕ぎ出すと、川の流れが俺たちを岸から遠ざける。だが、才蔵は眉をひそめた。
「しかし、油断はなりませぬ。どうやら伊賀者が監視している気配があります」
「伊賀だと? なぜ襲ってこない?」
霧隠才蔵は元・伊賀流忍術の使い手であり、彼らの手の内を熟知している。
「恐らく、若殿がどこへ向かうのかを探っているのでしょう。攻撃は最小限に留め、行方を追っているのです」
「俺のような小者を監視する必要があるのか?」
「若、これはただ事ではありませんな」
「……分からんが、才蔵、俺たちはどう動けばいい?」
「瀬戸内の、できるだけ西の無人島を目指してください」
「才蔵、お前は戻るのか?」
「は。淡路を越えた先で落ち着けば……ただ、伊賀者の動きが気がかりです」
「若には儂がついておりますよ!」
「ああ、六郎、頼むぞ」
「船には武器と僅かな食糧、釣り道具を積んでおります。逃げ切るよりも食が心配です。これからは、自給自足の旅となるでしょうから」
「才蔵殿、若は食材探しの才があるんじゃよ」
「ほう、それは頼もしい!」
数日後、伏見城にて……。
幕臣・安藤重信は屋敷で伊賀の頭領・
「木津川の騒ぎ ─ ─ あれは真田の倅だと?」
安藤が問うと、藤林は口角をわずかに吊り上げ、押し殺した声で答える。
「はっ、さようにございます。あの界隈で若き赤武者が暴れてると耳にしましたのでな……くふふ……目を光らせておりました」
「それで、逃げられたのか」
「無念にございます。木舟に飛び乗り、波間に消え申しました。ですがご安心くだされ……我が手の者が既に追っております。ふふ……必ずや、仕留めてご覧に入れましょうとも」
重信は渋い顔を作り、ゆっくりと問いかけた。
「手強いのか?」
藤林は口元をわずかに歪め、湿った声で答える。
「ほほ……かなりの手練れにございます。逃げ足の速さも、並ではございませぬ」
「ふむ。長門守、必ず生け捕りにせよ。これは上様のご命令だ」
「ははっ、承知仕りました」
ややあって、重信が話題を変える。
「ところで、
藤林は一瞬、目を細めると、湿った喉を鳴らしながら答える。
「はっ、討死と申す報告は確かに。しかし……その首、未だ見つかっておりませぬ。行方知れず、というのが実のところにございます」
「正就は、もはや上様の直臣ではない。あのような男を野放しにしておくのは危険だ。見つけたら、お前の配下で使ってみるのも一つの手だろう」
「……宿敵ではございますが、心得ました。ふふふ……」
その言葉には、忠義とも皮肉ともつかぬ含みがあった。
安藤重信は、服部正就が『秀頼公の刀』の存在を知り、独断で動くことを懸念していた。彼を取り込むか、排除するか。いずれにせよ、対策を練る必要があると考えていた。