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第5話 木津川の騒乱

 木津川へ向かう途中、俺たちは斬り倒した足軽の具足を剥ぎ取り、着替えることにした。赤備えの甲冑は目立ち過ぎる。六郎も忍び装束を脱ぎ捨て、足軽兵の姿に変装する。こうして徳川方の足軽になりすまし、畦道を駆け抜け、ついに木津川付近まで辿り着いた。


 しかし、他の部隊が俺たちを不審に思い近づいてくる。

「おい、お前ら、どこの隊だ?」

「ああ、田中隊だ。ちとはぐれたんでな」

「田中隊?」

「急遽、この近辺を応援するよう命じられたんじゃ」

 六郎が巧みに誤魔化そうとするが、敵の目には疑念が浮かんでいる。相手は足軽中隊、百五十人ほどの規模だ。


「若、才蔵が河岸におります」

「よし、もう少しの辛抱だな」


 霧隠才蔵きりがくれさいぞう(48歳)は船頭に扮装し、木舟に荷物を載せながらこちらをじっと伺っている。


「おい、待て! お前ら、本当は何者だ?」

「だから田中隊だと言ってるだろうが」

 しかし、敵の足軽兵たちに取り囲まれる。

「田中隊なんて聞いたこともないぞ」

「ほうか……だが、俺たちは急ぐんでな」


 六郎が足軽兵を振り切ろうとした瞬間、腕を掴まれる。咄嗟に六郎は敵を投げ飛ばした。

「仕方ない。やりますぞ、若!」

「おう!」


 ザクッ! ザクッ! ザクッ……!


 俺たちは足軽兵を斬り伏せ、囲いを突破しようとする。


「ひっ……ざ、残党だ! みんな集まれぇー!」

「やかましい!」


 ザクッ! ザクッ! ザクッ……!


 木津川周辺は一気に騒乱と化した。敵の数は多いが、俺たちは木舟を目指して斬り進む。六郎が隠し持っていた爆薬を何発も炸裂させ、砂煙が立ち上る。敵が怯んだ隙に木舟へ飛び乗った。


「若殿、よくご無事で。それにしてもお強くなられましたな!」

「ああ、才蔵も無事で何よりだ」


 才蔵が木舟を漕ぎ出すと、川の流れが俺たちを岸から遠ざける。だが、才蔵は眉をひそめた。

「しかし、油断はなりませぬ。どうやら伊賀者が監視している気配があります」

「伊賀だと? なぜ襲ってこない?」

 霧隠才蔵は元・伊賀流忍術の使い手であり、彼らの手の内を熟知している。

「恐らく、若殿がどこへ向かうのかを探っているのでしょう。攻撃は最小限に留め、行方を追っているのです」

「俺のような小者を監視する必要があるのか?」

「若、これはただ事ではありませんな」

「……分からんが、才蔵、俺たちはどう動けばいい?」

「瀬戸内の、できるだけ西の無人島を目指してください」

「才蔵、お前は戻るのか?」

「は。淡路を越えた先で落ち着けば……ただ、伊賀者の動きが気がかりです」

「若には儂がついておりますよ!」

「ああ、六郎、頼むぞ」

「船には武器と僅かな食糧、釣り道具を積んでおります。逃げ切るよりも食が心配です。これからは、自給自足の旅となるでしょうから」

「才蔵殿、若は食材探しの才があるんじゃよ」

「ほう、それは頼もしい!」



 数日後、伏見城にて……。


 幕臣・安藤重信は屋敷で伊賀の頭領・藤林長門守ふじばやしながとのかみを呼び出し、経過報告を受けてた。


「木津川の騒ぎ ─ ─ あれは真田の倅だと?」

 安藤が問うと、藤林は口角をわずかに吊り上げ、押し殺した声で答える。

「はっ、さようにございます。あの界隈で若き赤武者が暴れてると耳にしましたのでな……くふふ……目を光らせておりました」

「それで、逃げられたのか」

「無念にございます。木舟に飛び乗り、波間に消え申しました。ですがご安心くだされ……我が手の者が既に追っております。ふふ……必ずや、仕留めてご覧に入れましょうとも」


 重信は渋い顔を作り、ゆっくりと問いかけた。

「手強いのか?」

 藤林は口元をわずかに歪め、湿った声で答える。

「ほほ……かなりの手練れにございます。逃げ足の速さも、並ではございませぬ」

「ふむ。長門守、必ず生け捕りにせよ。これは上様のご命令だ」

「ははっ、承知仕りました」


 ややあって、重信が話題を変える。


「ところで、服部正就三代目服部半蔵が天王寺口で討死したと聞いたが、本当か?」

 藤林は一瞬、目を細めると、湿った喉を鳴らしながら答える。

「はっ、討死と申す報告は確かに。しかし……その首、未だ見つかっておりませぬ。行方知れず、というのが実のところにございます」

「正就は、もはや上様の直臣ではない。あのような男を野放しにしておくのは危険だ。見つけたら、お前の配下で使ってみるのも一つの手だろう」


「……宿敵ではございますが、心得ました。ふふふ……」


 その言葉には、忠義とも皮肉ともつかぬ含みがあった。


 安藤重信は、服部正就が『秀頼公の刀』の存在を知り、独断で動くことを懸念していた。彼を取り込むか、排除するか。いずれにせよ、対策を練る必要があると考えていた。




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