「うりゃあ!」
ザクッ! ザクッ! ザクッ……!
木津川へ向かう途中、
「はぁ、はぁ……」
「若、ここまで来ればひとまず安心でしょうか」
「いや、木津川付近は徳川の警戒が厳しい。油断できないな」
俺たちは山林の入口にある土手沿いで仰向けに倒れ込み、荒い息を整えた。
「若、その陣笠……もしや?」
「六郎、腹が減った」
「なるほど、山菜鍋といきますか」
足軽の
俺は嗅覚を頼りに食材を探し始めた。鼻を利かせると、どこかでネギのような香りが漂ってくる。土手沿いを歩いていると、その正体を見つけた。
「
※野蒜(ヒガンバナ科ネギ亜科ネギ属)
日当たりの良い土手や畦道に自生する多年草。根元には直径2センチほどの玉ねぎ状の球根があり、これを食用とする。味はニンニクとラッキョウの中間のような風味が特徴。
さらに山林へ入ると、枯れ木の幹に重なるように生えているキノコを発見した。
「これはヒラタケだな」
※ヒラタケ(ハラタケ目ヒラタケ科ヒラタケ属)
広葉樹の幹や根元に自生する食用キノコ。香りに癖がなく、平安時代から人々に親しまれてきた代表的なキノコ。
「若、よくこんな短時間で見つけられますな」
「ああ、こういう時だけは自分の鼻が頼りになる」
食材を手にした俺たちは、山林の奥へ移動し調理の準備を始めた。六郎が火を起こし、俺がヒラタケと野蒜の下処理を進める。小枝で箸を作り、木片を削って
「うーん、ヒラタケのダシが効いてるな」
「野蒜も良い風味ですぞ。これはうまい!」
俺たちはしばし山菜鍋を囲み、束の間の安らぎを楽しんだ。
一方、その頃……
岡山口の徳川本陣では、二代将軍・徳川秀忠が側近の
「大野治房も死んだか」
「はい。奴には一時、本陣を脅かされましたが……」
秀忠本陣は一時的に大野治房の隊に追い詰められた。しかし、前田利常の奮戦と、家臣に止められながらも秀忠自身が槍を手に取り応戦したことで、何とか持ちこたえた。
「親父からは徹底した残党狩りを指示されておる。……わしが総大将なんじゃがのう」
秀忠は自嘲気味に笑った。家康の指示のもと、残党狩りは日に五十~百人が処刑されるほど凄惨を極めていた。さらに、徳川方の雑兵たちは乱取りに走り、大阪城下の民衆を襲い、財産を略奪。混乱が続いていた。
「大御所さまも、真田には相当手を焼いたようで、
「天王寺口の戦いでは、真田隊の突撃で親父も肝を冷やしただろうな。わしも関ヶ原で
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、秀忠軍は真田昌幸の守る上田城攻めに手間取り、本戦に間に合わなかった。その屈辱が甦る。
「左衛門佐は討ち取られたのではないのか?」
「重傷は間違いないようですが、
「親父も気が気でないだろう。ははは」
その時、安藤が妙な報告を持ち出した。
「秀頼公のご遺体を検分した際、一級品の太刀が無くなっていたとのことです。また、曲輪から逃げ出した赤備えの子供が、その刀を持ち去ったらしいと」
「赤備えだと! それは真田ではないのか?」
秀忠は考え込んだ。その太刀が豊臣家の家宝であるならば、一国以上の価値があるとされる。
「豊臣の宝刀が世に出れば、また争乱を招く。重信、伊賀の者を使え。真田の倅を生け捕りにし、刀を奪え!」
「生け捕り、ですか?」
「左衛門佐が生きているなら、その倅は利用価値がある」
「はっ、かしこまりました!」
幕府は新たな指令を受け、動き出した。